造られる怪異と、終われない俺たち
本棟を抜け、紫蜘蛛と並んで西棟を歩く。
平浪学校は歴史が長いが、特に西棟は生徒の間で妙な噂が絶えなかった。
理科室、音楽室、美術室──いわゆる実習室が集まっているからだ。
1階は理科室と家庭科室だ。
「……そういえば、昔"学校の怪談"ってのが流行ってたな」
ふと思い出し、呟く。
『──例えば、どんな怪談があるの?』
紫蜘蛛が前を向いたまま尋ねてくる。
「よくある話だよ。夜の理科室で人体模型が歩いてるとか、無人の音楽室からピアノが鳴ってるとか」
『──じゃあ、あそこにいる"アイツ"は?』
「……え?」
紫蜘蛛が暗がりに指差す。
懐中電灯を向けると──
──人体模型が、立っていた。
「うわっ!?」
思わず身体が跳ねる。
噂をすれば、だ。
『──暁人』
「ああ、分かってる!」
紫蜘蛛と共にスカーフを握る。
二つの影が一つに重なる。
「一応、学校の備品だ。なるべく壊さないようにいくぞ」
《──努力する》
牽制に糸弾を放つ。
当たれば繭のように絡みつき、拘束する。
アイツは動きが鈍い。どれかは当たる──はずだった。
一発が胴体、心臓へ飛ぶ。
「よし──」
捉えた、と確信した。
だが。
──避けた。
空間を歪んだように、一瞬で軌道から外れる。
「なっ!?」
反応が遅れる。
その一瞬で、眼前まで迫られる。
「っ!」
後ろへ飛び退き、盾を展開。
「なんだ今の!普通の動きじゃなかったぞ!?」
《──多分、"実体が無い"》
模型は変わらず、ぎこちなく歩いてくる。
《──試してみたい事が、ある》
「……分かった、合わせる!」
盾を解き、飛び込む。
目の前で身を沈め、蹴り上げる。
──手応えは、無い。
そのまま天井に張り付き、反転。
空間を蹴って跳ね回る。
「……やっぱり実体はないみたいだな」
《──ええ。でも──これは?》
糸が張る。
次の瞬間、人体模型が空中で締め上げられた。
「マジか。なにしたんだ?」
《──"存在"を、縛った》
模型がもがく。
だが、全身を固定され動けない。
《──どうする?》
「このまま大人しくしててもらおう。こいつは親玉じゃなさそうだし──」
──バキン。
プラスチックの割れる音。
人体模型が、砕けた。
床に散らばる。
──水音と共に。
《──そんなに強く、締めてない》
「いや、それよりも今の音……!」
床を見る。
あり得ない血溜まり。
その上に砕けた人体模型。
まるで──本物の死体だ。
《──でも、大人しくなった》
「……気分は最悪だがな」
動かない事を確認して、血溜まりを飛び越える。
その時──
足を、掴まれた。
「!?」
血塗れの指が足首に食い込む。
異様な力で、振りほどけない。
「っ、この!」
もう片足で踏みつける。
簡単に砕けたが──肉を蹴りつけたような、嫌な感触が残った。
《──暁人、あれ》
血溜まりを見る。
──さっきの模型が、動いている。
散らばった破片を血のようなもので無理やり繋ぎ止め、這ってくる。
「……ヤバいな、走るぞ!」
階段へ駆け、2階に上がる。
階段を上り切り、廊下に足を踏み入れると。
──異界が、広がっていた。
赤黒い灯り。
脈打つ壁。
窓の外は血のように赤い。
「なんだよ、これ……!?」
異様な光景に心臓が強く打つ。
──背後から"それ"が迫ってくる。
《──暁人、大丈夫》
紫蜘蛛の熱が伝わる。
「……ああ、大丈夫だ。紫蜘蛛」
息を整え、異形から逃げるように異界を駆ける。
──四方から音がする。
金槌の音、鋸の音。
筆が走る音、紙の破れる音。
部屋なんてないはずなのに、壁の向こうから聞こえてくる。
《──そこ》
「ああ」
立ち止まり、壁を殴る。
壁が崩れ、無いはずの部屋が現れる。
──人影。
いや、作られた"ヒト"。
人体模型、人骨標本、頭のない石膏像。
それらが、黙々と作業に勤しんでいる。
"それら"が、一斉にこちらを向く。
「……マジかよ」
──背筋が凍る。
手には凶器。
命はない。だが、狂気だけがある。
そして──
その奥に巨大な"骨"。
その先には、
未完成の"何か"。
《──来る》
"それ"が一斉に襲い来る。
散開、包囲。
振り下ろし──
「──紫蜘蛛!」
五指から糸を放ち、全てに絡める。
握って糸を引く。
軌道を逸らし、隙間に滑り込む。
《──このまま》
「砕く!」
腕を振り抜く。
模型同士が衝突する。
既に一つ壊した。もう二つも三つも変わらない。
重い音と共に、全員が砕ける。
また、血が飛び散った。
「……どうなってんだ、これ」
血の池を見下ろし、呟く。
血肉を得た模型たち。
"何か"に侵食された校舎。
そして──ここで"何かが造られている"。
──"学校の怪談"は、まだ終わらない。




