終わらない廊下と、超えていく俺たち
散らばった破片を糸繭で縛る。
「さっきのアイツみたいに動かれたら、困るからな」
《──それが、賢明》
改めて異界化した景色を見る。
元がよく知る校舎とは思えない変貌ぶりだった。
「ここまでの変化が起こせるとか、どんな化け物だよ……」
あの夜出会った磯姫──海月を思い出す。
アイツも相当なものだったが、現実に影響を及ぼしている今回の黒幕は、それ以上だ。
《──暁人、集中》
首元にチクリと、爪を立てられたような痛み。
「悪かったよ、ちょっとあの磯姫を思い出しただけだ」
《──なら、もっとダメ》
「痛たたたたッ!?」
さらに深く、強く爪が押し込まれる。
思わず首に触れる。
「分かった、分かった!集中するから勘弁してくれ!」
痛みが消える。
ひとまず機嫌は治ったか。
気を取り直して、走り出す。
──壁や床、天井から模型や像が生えてくる。
「流石にもう慣れたよ」
糸弾、糸縛り。
"拘束"は紫蜘蛛に任せる。
あいつの糸は、決して逃さない。
だから俺は、"破壊"に集中すればいい。
拘束、破壊、前進。
拘束、破壊、前進。
「──長いな?」
階段が見えない。
どこまでも同じ景色が続いていく。
《──目印、置く?》
「ああ、そうだな」
梁に糸を放ち、巣を張る。
中心部に黒い糸で"弌"と綴る。
「目印のタイミングは任せる」
《──分かった》
再び拘束、破壊、前進。
3回壊すごとに、巣の目印を張る。
巣の数字が"什"を超え──
"弌"の巣が見えた。
……さっき、張ったはずの巣が。
同じ場所に、ある。
「……マジかよ」
息を吐く。
ループしている。
つまるところ、閉じ込められた。
しかも、繭がなくなっている。
脱出したか、消滅したか。
「どう思う、紫蜘蛛」
《──こういう時は、最悪を想定するべき》
最悪。
それはつまり──
──一階で見た"異形"が、大挙して目の前に湧いてきた。
動きがない。
次の瞬間──
波のように動き出した。
床を軋ませながら、押し寄せてくる。
「なるほど、想定してて正解だ!」
天井に跳び、四肢で張り付く。
今まで壊してきた連中が、異形の怪物となって、廊下を埋めていた。
……隙間がない。
足の踏み場さえも。
目の前だけじゃない、背後からもだ。
異形の中に、壊れていない像もわずかな隙間を埋めるように混ざっている。
真下の連中は、俺を捕まえようと手を伸ばしている。
「これ、無限に増え続けるやつだな?」
《──そうね》
無限に湧く怪物、無限に続く廊下。
詰みだ。
──本来なら。
「紫蜘蛛。さっきみたいに壊せる壁、探せるか?」
《──当然。任せて》
俺には紫蜘蛛がいる。
二人でなら、乗り越えられる。
「──行くぞ!」
息を吐き、目の前の群れに突っ込む。
一周目と同様に拘束して、壊す。
──はずだった。
だが。
怪物が、糸を引き千切った。
「っ!」
《──!》
腕の糸を力任せに引き千切る。
胴の繭は血肉を内側から膨らませ──弾き飛ばす。
紫蜘蛛からも明確な驚きが伝わってくる。
今まで、この糸を破られたことは──一度もなかった。
「怯むな!紫蜘蛛!」
《──大丈夫》
異形が腕を伸ばしてくる。
糸で軌道を逸らし、そのまま括って切断する。
他の異形も血肉の部分を糸で括って切り離していく。
《──ここ》
「よし!」
壁を蹴破り、突入する。
──壊した先には、同じ景色があった。
「クソ、ハズレか!」
《──いえ。違うところも、ある》
視線を移す。
一周目で見た、巨大な腕のようなもの。
──もう一本、ある。
《──あれ。まだ作り途中みたい》
「ついでだ、壊していくぞ!」
自分の拳を糸で固めて、突っ込む。
異形たちが守るように立ち塞がる。
「紫蜘蛛!」
《──!》
両腕を前に出し、注連縄ほどに束ねた糸を放つ。
異形の壁に差し込み、無理やりこじ開ける。
《──今度は、切らせない》
腕から縄を切り離し、巨大な繭に変える。
繭の門を突っ切り、跳び上がる。
巨大な腕の"骨"。
奴らが造っている"本体"の、一部が見えた。
「壊れろ──!」
思い切り身体を捻り、叩き潰すように拳を骨に叩き込む。
骨は、真っ二つに割れた。
「まだまだ!」
割れた骨に追撃を加える。
細かく砕き、修復不可能な状態へ。
《──これで、仕上げ》
糸弾を数発撃ち込み、繭に変える。
「こっちもやるぞ!」
《──ええ》
未完成の骨の方を向き、拳を握り──
──空間が、揺れた。
「っ!?」
周囲を確認する。
〈────イタイ────〉
声が響く。
低く、重い声。
「っ!?なんだ!?」
繭に変化はない。
湧いてきた異形と像は、時が止まったように動かない。
〈────ユルサナイ────〉
声が響くたび、空間が揺れる。
〈────オマエも────コワス────〉
声が止んだ瞬間。
──異形が、凄まじい速さで襲ってくる。
「っ!!」
《──まずい》
糸を横の壁に放ち、真ん中で結ぶ。
身体を糸に預け、張る。
《──飛ぶわ》
「待──」
言い終わる前に、足が床から離れる。
「────っ!!」
弾丸のように身体が飛ぶ。
うつ伏せの姿勢に変え、腕を顔の前でクロスする。
《──このまま、壁を壊す》
「壁!?廊下はループしてるはずだろ!」
舌を噛まないように、紫蜘蛛に聞く。
《──この速度なら、振り切れる》
《──怪物も、この空間も》
《──覚悟、決めて》
紫蜘蛛が言うや否や、壁が見える。
激突する。
「──っ!」
頭を守るように、腕に力を込める。
壁を打ち壊し、その先へ。
──階段が見えた。
糸を放ち、即席の巣を張る。
巣にかかり、停止。
《──念の為》
壁の穴に向けて、糸弾を数発。
穴を塞ぐ。
「……なんとか、なったか?」
《──ええ。少なくとも、先には進める》
巣から下り、階段へ向かう。
「……2階でこれだ。3階は──」
《──暁人。私が、ついてる》
また紫蜘蛛の熱が伝わる。
繋がっていると意思を込めるように。
階段に足をかける。
──ああ、そうだ。
二人でなら、乗り越えられる。




