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怪異に殺された俺は、“憑き人”として怪異を狩る  作者: 狛野カムイ
冬の足音

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雪女の選択

 陽平への告白から数ヶ月。

 私はすっかり淡谷家に迎え入れられていた。

 陽吉の傷も良くなり、屋敷の中であれば歩き回れるようになった。

 陽平と正式な祝言を上げる時期を相談するかどうかを考えていた頃、屋敷の近所が騒がしくなった。

 どうも、陽平のお父様が陽吉に怪我を負わせた者を探して捕らえるために協力を呼びかけたらしい。


 凍子は、あの日以降姿を見せていない。

 彼女の家はそっくりそのまま残っていて、凍子だけが消えた。

 当然みんな怪しんで凍子を探したが、結局城下町から凍子はいなくなっていた。


「……雪女さん。陽吉に手を出したのは、本当に凍子さんなんでしょうか」

「もちろん、状況的に彼女が怪しいのは分かります。ですが、凍子さんは僕や陽吉にも優しくしてくれましたし、貴重な氷を売ってくれたりしましたし……」

「それに、凶器だってまだ不明確なのに、決めつけるのもどうかと思うのです」


 疲れた顔をした陽平の側に座る。

 私だけは凍子が犯人だと知っている。だが、このことを話すべきかはまだ悩んでいた。

 なにしろ、自分の正体すら陽平以外の誰にも明かしていないのだ。

“凍子の正体は氷柱女という怪異で、氷柱を刺して殺そうとしたのだ”と話しても、信じる者はどれだけいるか。

 陽平のお父様の気持ちに応えたい思いもあるが、今の自分の幸せと天秤にかけると、どうしても言い出せずにいた。


『……私からは、何とも言えません。ですが、これほど多くの人が探しているのです。見つかるのは時間の問題でしょう』

『……もし見つかったら、陽平さんはどうするんですか?』


 私の問いに、陽平は目を泳がせた。


「もちろん、お白洲の場で全てを明らかにしてもらいます。ですが……」

「感情の話をするのなら、せめて一発くらいは殴らせてほしい。なぜこんなことをしたのか、死んだらどう責任を取るつもりだったのか、徹底的に問い詰めたいものです……」


 陽平が肩を震わせ、拳を握る。

 私はただ、側で彼の思いを聞くことしかできなかった。

 半月ほど過ぎて、事態が急速に動き出した。

 捜索隊に死者が出たのだ。

 被害者は、私も良くしてもらっていた商人だった。

 死因は腹部への刺傷。陽吉のそれと同じような傷だったという。


 私は、覚悟を決めた。

 捜索隊とは別で、一人で凍子を探し始めた。

 彼女が隠れそうな場所には、心当たりがあった。同じ冬の怪異であるなら、雪山へ潜むはず。私がそうであったように。

 予想通り、雪山に向かうと凍子のいた痕跡が残っていた。

 不自然な場所にできた氷柱に、凍った枝葉。

 奥へ進むたびに、雪以外の存在が消えていった。


『──来るな!人間!』


 背後から怒声と共に、凍子が氷の刀を振り下ろしてくる。

 吹雪を起こして刃を受け止めることで、どうにか回避できた。


『……っ!凍子……!』

『おや、雪女じゃないか。今まで動かなかったのに突然アタシを探しにくるなんて、どういう風の吹き回しだい!』


 凍子の姿は、城下にいた頃とは変わっていた。

 氷の角に、氷粒混じりの白い息、鋭く伸びた牙。

 そこに、笑顔で氷を売っていた凍子の姿はなかった。

 目の前にいるのは人ならざる怪異、氷柱女だ。


『凍子!なぜ陽吉に怪我をさせた!捜索隊の人間を殺した!』

『それはこっちの台詞だよ!アタシの計画を邪魔して陽平を横取りするなんて、どういう了見だいこの泥棒猫!』


 凍子が氷の刀で立て続けに斬り掛かってくる。

 雪風で軌道を逸らしつつ、距離を取って雪の薙刀を作り出す。


『計画?何のことだ!』


『とぼけんじゃないよ!あの日あの時間は、陽平があそこに現れるはずだった!』

『アタシは氷柱で軽く傷を負わせて、それを治す名目で陽平に近づくつもりだった!』

『なのに、現れたのは陽吉だった!どこで知ったか知らないが、陽平を守るために陽吉を代わりに行かせたんだろう!』

『あの子が大怪我したのは、アンタのせいなんだよ!』

『死んだ捜索隊の奴も、そうしないとアタシの身が危なかった!アレは正当防衛さ!』


 凍子の無茶苦茶な主張に、思わず歯を食いしばった。


『……ふざけるな!何から何まで矛盾だらけだ!』

『あんな大きな氷柱針で軽い怪我だと!?下手をすれば死んでいたぞ!』

『それに、もしもお前の計画とやらを知っていたなら、陽平も陽吉も近づかせない!』

『捜索隊の彼だって、お前を殺そうとしたわけでもないだろうに正当防衛だと!?』

『自分に都合の良い解釈と妄想で語るな!』


 薙刀を握り込み、飛ぶように近づき斬り掛かる。

 風を巻き込みながら振り回し、風の刃と氷の礫で凍子を徐々に削り取る。


『なっ……!アンタ!こんな力を、どこから……!』

『やあっ──!』


 礫で刃こぼれを起こした刀を、薙刀で叩き折る。


『終わりだ!』


 無防備になった凍子の身体を、袈裟斬りにする。

 真っ白な冷気を吹き出しながら、凍子は倒れた。


『フ、ハハ……!やっちまったねぇ、雪女……!』

『アタシは表向きは人間。アンタは、殺人者として裁かれる……!』


 悪い笑みを浮かべながら、凍子が私を睨みつける。

 私もまた、彼女を睨み返した。


『……覚悟の上だ』

『私が怪異の存在を明かさなかったせいで、死ななくてもいい人が死んだ。その責任は、取らないといけない』

『お前がこれ以上人を殺める前に、私が終わらせる』

『私は、私の幸福を捨てて、皆のより良い未来を守る。それが私の償いだ』


『ハハ……!見上げた自己犠牲精神だね……!』

『でも、そんな程度でアタシの恨みは消えない……!』

『アタシと同じところまで、堕ちてきな……!』


『……ああ、いずれな』


 凍子の首を、一思いに刎ねる。

 私は彼女の髪を切り取り、束ねた。

 直後、彼女の身体は、雪の中に溶けていった。


 その日の晩、私は人目を避けて屋敷に戻り、手紙を残して出ていった。

 かつて暮らしていた、あの雪山の小屋に帰るのだ。


 陽平様

 突然の別れを、お許しください。

 私は、殺しの咎を背負いました。

 この手紙に添えた凍子の遺髪が、その証です。

 彼女が、陽吉くんを傷つけ、捜索隊の方を襲ったのです。

 彼女は、氷柱女と呼ばれる怪異でした。

 私と同じ、人ならざる者。

 あなたに受け入れられたにも関わらず、私はまだ、自分の正体を──怪異という存在を他の者に明かす事を恐れていました。

 その結果、死ななくてもいい人が死んでしまった。私はその責任を取るべきです。

 彼女を討たねば、人が死ぬ。

 ですが私が凍子を殺した事実は、決して消えない。

 そして罪人を娶れば、淡谷家の名に傷がつく。

 陽平様。

 私のことは忘れて、良い人を見つけてください。

 あなたとの思い出を抱いて、私は消えます。

 あなたに出会えて、本当に良かった。


 ──凍子と戦った日から数ヶ月。

 冬は終わり、再び春が訪れた。

 私が陽平と出会った日から、ちょうど一年。

 一人で暮らす山小屋を出て、いつも通りに川へ水を汲みに行く。

 川の畔に、見ないはずの姿があった。


『よ……陽平さん……!?』


「やっと見つけた!雪女さん!」

「ひどいじゃないか雪女さん!僕を置いて行くなんて!」

『お、置いていくも何も、私はあなたとはもう一緒にはいられなくて、というか、どうしてここに……?』


 困惑と歓喜で涙が止まらない。

 陽平も同じように、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


「言っただろう。君は僕にとって、不可欠な存在だって」

「手紙、読んだよ。君は僕だけじゃなく、僕の家族や町の人たちみんなのことも思ってくれていたんだね。とても嬉しかったよ」

「でも、もうその心配もない。もう僕は淡谷家の人間じゃないからね」


『え……?』


 信じられない言葉に、つい息を呑む。

 陽平は私の手を取って、話を続けた。


「先日、父上に絶縁を申し出たんだ」

「僕も犯人を探していて、一人でいる時に凍子さんに襲われ、やむを得ず手に掛けた。彼女の正体は怪物で、遺体はあの遺髪を除いて全て消えた。そういうことにしたんだ」

「……我ながら苦しい言い訳だし、父上には何度も真偽を問われた」

「でも、父上は最後には僕の話を信じてくれた。遺体は本当に見つからなかったし、僕以外の証言も証拠も出てこなかったから」

「息子が人を殺めたとなれば、淡谷の名に傷がつく。だから父上も許してくれたよ。とても辛い思いをさせてしまったけどね」


「でも、これでずっと一緒にいられる」

『そんな……どうして……家を継げば、お金も土地も、立場も得られたのに』


 泣き続ける私を、陽平は静かに抱きしめてくれた。


「そこに君がいないと、なんの意味もないよ」

「それに、財も立場も、また一から築き上げればいい。君と一緒に」

『私は……私は、陽平さんがいてくれればいいです。陽平さんと、共に暮らせればそれで……』


「……うん。君がそういうなら」

「ああ、でも。一つ欲しいものがあるんだ」


「──水を一杯、いただけないかな?雪女さん。喉が渇いてしまって」


 あの日と同じ言葉に、笑顔で返す。


『──はい。あなたが望むなら、いくらでも』

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