雪女の娘
『──久しぶりだねぇ、雪女』
『この時をずっと待ってたんだ。アンタに復讐する機会をね!』
凍子が腕を覆っていた雪を砕き落として、私と小雪を睨みつける。
私は小雪を自分の後ろに下がらせた。
『……凍子。私が憎いのは分かる。だが、いくらなんでもやりすぎだ……!』
『私を殺すために、何人手にかけてきたんだ!』
『アタシだってやりたくてやったわけじゃないさ』
『アンタに砕かれた身体を元に戻すのに、何百年もかけて人間の生気をいただいてきた』
『リョースケで、ちょうど千人さ』
『な……』
「せ、千人……!?」
小雪が目を丸くする。
私も、思わず息を呑んだ。
『全員の顔と名前はよぉく覚えてるよ。みんな良い奴だった。アタシのために全てを捧げてくれたんだから』
『そんな奴らが死んだのも、元を辿ればアンタがアタシを殺したからさ!全部アンタが悪いんだよ、雪女!』
凍子が靴を踏み鳴らし、怒声をあげる。
小雪が不安げな瞳で、私を覗き込む。
その視線が、私の心に深く刺さった。
「雪女さん……どういうこと?」
『アンタは知るべきかもしれないね!アンタに憑いてるその女がどんな奴か!』
『そいつはアタシから男を奪ったのさ!アタシを利用して、アタシの愛した男を奪って!挙げ句の果てにアタシを殺したのさ!』
『違う!アレはお前が誤って陽平の弟に怪我を負わせたからだろう!』
『それに奪ったわけではない!陽平が私を愛してくれたから結ばれたのだ!』
凍子の言葉を強く否定する。
彼女の言い分は間違っている。私だけではなく、愛した夫の名誉まで汚されるのは、我慢ならない。
『小雪、とにかくここを離れよう』
『もうじきあの蜘蛛男たちも来てくれる。彼らに任せて──』
『おっと、そうはさせないよ!』
小雪の手を取って逃げようとした直後、氷の壁が四方から立ち塞がる。やがて天井を形作り、氷のドームに閉じ込められた。
『アタシはここでアンタを殺す。逃がさないし、邪魔はさせない』
『アンタへの復讐を果たすことで、ようやくアタシは救われるのさ!』
凍子が手を突き出すと、氷柱の矢が飛んでくる。
足元からは氷柱が道のように連なって迫り迫り、天井からも刺々しい氷の結晶が降り注いでくる。
『……っ!小雪……!』
「雪女さん……!」
氷柱の矢と結晶は吹雪で吹き飛ばそうとしたが、全てを防ぐことはできなかった。足元の氷柱は、小雪に刺さらないように庇うのが精一杯だった。
全身に氷柱を受けながら、小雪が傷つかないように守り切る。
「雪女さん!そんな……!」
『小雪……怪我はないか……?』
泣きそうな顔をした小雪の頭を撫でる。
凍子の苛立ちとも哀れみとも取れる声音が、ドームの中に響いた。
『なんでその娘をそんなに守るんだい?ただの楔みたいなもんだろう?』
『……子を守るのは、親として当然の務めだろう!』
『──は?』
凍子の顔が固まった。
小さな瞳孔が、驚きでさらに小さくなる。
『陽平と約束したんだ!生まれてくる子どもや孫、その先の未来まで守ると!』
『小雪の命を、健やかな未来を!誰にも奪わせはしない!』
傷口を雪で覆い固め、血を止める。痛みはあるが、動けないわけではない。
小雪を守るように立ち上がり、吹雪を起こして風の防壁を作る。
『……てことは、なにかい』
『アタシが苦労して、したくもない事して復活するまでの間に、アンタは幸せを享受してたってことかい?』
『それも、今に至るまで?』
──空気が、凍った。
『──許せない許せない許せない!』
『アタシだけが絶望のどん底だったなんて!そんな事許せるはずがない!』
『過去の幸福はもう壊せない、ならせめて!』
『“今のアンタ”の幸福、徹底的に奪い、壊してやるさね!』
無数の氷柱が生成され、一斉に射出される。
細く、鋭く、刺し貫く形。
『──吹雪鬼!』
吹雪を巻き起こし、氷柱を雪で押し返そうとする。だが傷が思いの外深かったのか、思った通りの力が出せなかった。
氷柱が吹雪を引き裂いて迫り来る。
『……っ!ダメか……!』
「……ふ、吹雪鬼──!!」
聞き慣れた声が、そばで響く。
咄嗟に声の方を見ると、隣で小雪が吹雪を起こしていた。
自分のものと比べると、いくらかは劣る。
だが、彼女が起こしたということが衝撃だった。
私の吹雪鬼と合わさり、空気が冷えて雪が固まる。雪の塊は、やがて氷柱を遮る壁となった。
「で、できた……!」
『小雪……!』
小雪の身体に霜が降り、髪が白く染まっていく。
彼女が私に近づいていく。
『小雪、下がってくれ。あとは私が──』
「いえ!私も戦います!」
小雪が今までで一番大きな声をあげた。
氷のベールの下で、驚きで目を見開く。
「今まで守らいっぱなしだったはんで、今度は私が守る番!」
「私だって、八重原先輩たちみたいにけっぱれる!」
小雪の心意気を示すように、さらに吹雪が強まっていく。
(……これは、もう折れないな)
心の中でため息をつき、小雪の頭を軽く撫でる。
『分かった。ただし、小雪の身の安全が最優先だ』
「はい!」
手元に冷気を吹きかけ、武器を作る。
極限まで圧縮して硬化させた、真っ白な雪の薙刀。
『──いくぞ!』
掛け声と同時に、小雪の吹雪に乗る。
一瞬で凍子の背後に周り、心臓に向けて突きを繰り出すが、氷の壁に阻まれた。
『そんなありきたりな攻めで勝てると思ってるのかい!?』
『随分舐めた真似するようになったねぇ!雪女!』
氷柱が伸びて、薙刀を掴む。
すぐに手を離して距離を取り、再び冷気を集める。
「やあっ──!」
『そこだ──っ!』
私の振り下ろす薙刀に合わせるように、小雪が見よう見真似で作った短刀を構えて突っ込んでくる。
凍子はニヤリと笑い、小雪の方を見た。
『おっと、良いのかい!?アタシが死ねば、アタシの中のリョースケも死ぬよ!』
『アンタも人殺しの業を背負いたいなら、やるが良いさ!』
「……っ!」
『小雪!』
凍子の言葉に足を止めたところに、氷柱の矢が飛んでいく。咄嗟に氷柱に薙刀を投げ当てて軌道を逸らした直後、凍子の蹴りが直撃した。
氷柱のヒールが突き刺さり、傷口から冷気が身体の奥へと流れ込んでくる。
『ぐっ……!』
『そら!』
ヒールが引き抜かれ、再度蹴りが入る。
今度は冷気に押し込まれ、抗う間もなく吹き飛ばされた。
「雪女さん!」
『甘いよ小娘!』
動揺して駆け寄ろうとする小雪の元へ、凍子が滑るように接近して横腹を蹴り込む。そのまま遠心力を利用して、こちら側へと飛ばされてきた。
吹雪を起こして無理やり互いの位置を調整し、辛うじて小雪を受け止める。
『あーあー。見ててイライラするよ』
『なんでアンタはアタシが欲しかったものを全部持ってるんだい』
凍子が手に氷の剣を作り出す。
クルクルと手元で回しながら、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
『ただ殺すのもつまらないねぇ……』
『そうだ、小娘。アンタ、アタシを殺してみなよ』
『アタシの中のリョースケは、アンタに随分怖い思いをさせたろう?恨みつらみの一つ二つ、あるんじゃないかい?』
『今なら、その恨み晴らせるよ』
『気の済むまで刺して、斬って、砕いてバラして』
『ああ、安心しな。アンタに斬られた程度じゃ、アタシは死なない。リョースケは知らないけどね』
凍子が小雪の手を取り、引っ張りあげる。
空いた手に、自分の剣を持たせた。
『さあ、本当はその怒りや恨みをぶつけたいんだろう?ここならアタシと雪女しか見てない』
『思う存分、やっちまいなよ!さあ!』
おままごとの人形のように、怯える小雪の身体を操作する。
震えるその手に持った氷の剣は、凍子の首元に添えられ──
『──待ちやがれ!!』
氷のドームが砕け、空から紫色の彗星が降りてきた。




