結びつく想い
「小雪……なのか?」
目の前にいる少女に問いかける。
姿は確かに小雪だ。だが、着ている服も髪の色も、瞳の色までも雪女のものだ。
《身体は小雪だが、操っているのは私だ》
《小雪と両親を守るには、これしかなかった》
吹雪が小雪を包み、やがて霧散する。そこには、小雪を抱えた雪女が立っていた。
《すまない雪女。僕たちがもう少し気を遣えていれば》
「小雪ちゃんを追ってきた猪狩を足止めしてたんだけど……雪女を見た途端に力が増して」
火那森先輩たちの弁明に、雪女は静かに首を横に振った。
『私も予想だにしていなかった。まさか本当に凍子が生きていて、しかもあんなに力をつけていたなんて』
『私の知る凍子であれば、あの熱気に耐えられなかったはずだが……』
「熱気と冷気の衝突で起きた衝撃波で、小雪ちゃんが気絶して……」
《──さっきの爆発は、そういうことだったのね》
みんなの話を聞いて、状況は大体分かった。
あとはこの後どうするかだが──。
「雪女は小雪ちゃんたちを連れてここを離れて。猪狩を倒すのは骨が折れるけど、やってみせるわ」
「それと海月も乱入してきた。そっちは俺と紫蜘蛛がやる」
先輩と顔を見合わせて、やるべきことを確認する。そして雪女の方を見ると、彼女は考え込むように俯いていた。
『……いや、もっと良い方法がある』
『多少危険は伴うが、これ以上消耗することもない』
雪女が小雪を車に乗せると、俺たちの前に進み出た。
『凍子、いるんだろう!』
『隠れなくてもいい!姿を見せろ!』
《なにさ。せっかく後ろから刺してやろうと思ってたのに、バレてたのかい》
コンテナの上に巨大な氷柱が生える。氷柱が砕けると、その中から猪狩が現れた。
「小雪!小雪はどこだ!」
《車の中で寝てるよ、あの子は。アイツら倒せば好きに出来るさね》
猪狩が鼻息を荒くしながら小雪を探す。先輩と二人で車を守るように立ち塞がり、臨戦体勢に入った。
『あら。ここにいたのね』
『良かったわぁ。後で倒すなんて言っておいて、約束を反故にして逃げたのかと思ったわ』
猪狩の隣に、海月が現れた。クルクルと薙刀を回しながら、青黒い液体を振り撒いている。
猪狩が液体を見て顔をしかめた。
「おい、汚ねえもん振りまくんじゃねえ。つか誰だよテメェ」
『そうねぇ。今は味方ってことにしといてあげるわ』
海月は猪狩を一瞥することもなく、淡々と答える。あくまで興味の対象は俺と紫蜘蛛だけのようだ。
「……まあいいか。俺の邪魔だけはすんなよ!」
『そっちこそ、あの蜘蛛男に手を出したら容赦しないわよ』
二人が言い合いながら、同時に飛び出してくる。
だが、その二人の動きはすぐに止まった。
『──吹雪鬼!』
雪女が口から真っ白な吹雪を放つ。猪狩と海月は一瞬で雪に覆われ、雪像のような姿で空中に留め置かれた。
『今のうちだ!逃げるぞ!』
雪女が車のドアを開けて、小雪を抱える。
俺と先輩も車から小雪の両親を引っ張り出し、抱えてその場を後にした。
「──この度は、大変ご迷惑をおかけしました」
いぶきさんが予約を取っていた個室の料亭。
俺たちは小雪の両親に深々と頭を下げていた。
和やかな空気感で臨むはずだった小雪の食事会は、ひどく気まずい空気だった。
俺や先輩、加古川さん、いぶきさんも同席し、まずは小雪の両親に謝罪した。
次に事情の説明をした。怪異の存在は話しても信じてもらえないだろうから、伏せた上で。
小雪の両親は、黙って聞いてくれた。
「……分かりました。こちらこそ、助けていただき、ありがとうございます」
「悪いのはあなた方ではなく、あのストーカーです。だから顔を上げてください」
促され、顔を上げる。二人の顔は明るくはなかった。だが、怒っているわけでもない。
「ひとまず、食べましょう。暗い顔を見るために会いにきたわけではありませんから」
小雪の父親が手を合わせ、並んだ料理を食べ始める。俺たちも続いて食べ始めた。
『──私も食べたかったわ、イカの刺身』
「またの機会にな。あの場で紫蜘蛛たちが出ても、話がややこしくなるだけだったし」
食事会を終えて、全員で今昔堂に戻った。
小雪の両親も一緒に来るか聞いてみたが、そこまで迷惑はかけられないと断られた。
今は小雪も含めた関係者全員で、今後に向けた会議を始めようとしている。
「それじゃあまずは、雪女くんの所感を聞かせてもらおうかな」
「君から見て、氷柱女の凍子はどうだった?」
加古川さんが机の上で組んだ手に顎を乗せる。
今回はコーヒーを淹れることもなく、眼差しも真剣そのものだ。
『……私の知る凍子とは別人といってもいい』
『直接姿を見た訳ではないが、憑いている猪狩が振るう力を見ても、強くなっているのは明白だ』
『なぜあそこまで力が増したのかは、分からないが……』
雪女が考え込むように顎に手を添える。
以前聞いた話を鑑みても、氷柱を使った悪戯なんてレベルはとうに超えている。猪狩が無意識に避けているだけで、人を殺すくらい簡単にできるだろう。
「……そういえば、怪異は人に憑くと強くなる、みたいな話はあるのか?」
ふと、疑問を口に出す。
猪狩と凍子が憑き人なら、そこに何か関係があるかもしれない。
『私たちが、というよりは人間が強くなる、と言った方が正しいでしょうか』
『あーしたちはあくまで源泉、どのくらい蛇口を捻って水を出せるかは、その人次第って感じ?』
墨香と白來が並んで答える。
『その人との関係が深まるほど、出来ることは増えていく。それこそ暁人くんと紫蜘蛛ちゃんたちみたいにね』
狐火もニヤニヤしながら続いた。その言葉に、少し頬が熱くなるのを感じる。
俺の反応を見て満足したのか、狐火は口を結んで真剣な顔つきに戻った。
『ただ、会って一ヶ月そこらで劇的に変わるなんてことは考えにくい。それに、それだけじゃ氷柱女自身が強くなった理由にも繋がらない』
「例えば、氷柱女が人喰いに手を染めたか。あるいは雪女くんへの怨念が原因の可能性もある」
「どちらにしても、まだまだ強くなる可能性はあるかな。早いところ対処しないと、手がつけられなくなる」
加古川さんが立ち上がる。手には鍵束が握られていた。
「……僕は少し調べ物をするよ。みんなも今日はゆっくり休んでくれ」
「もうですか?まだ海月のこととかも……」
「もしかしたら、氷柱女と猪狩涼亮も、その海月と同じように外的要因で強くなってるかもしれない」
「そしてそんな風に他者を強化出来るのは──」
「神野悪五郎、ただ一人」
加古川さんの目に、何か炎のようなものが宿った気がした。
「考えすぎかもしれないが、可能性があるなら潰すべきだ。僕なりに確証を得たいんだよ」
「だから、少し調べてくる。雪女くん、小雪くんを頼むよ」
雪女が一言、当然だと返す。
そこで、今日の会議は終わった。
──紫蜘蛛と二人で家に帰り、自室のベッドに寝転がる。
なんだか、急にどっと疲れた。
もしもあの場に雪女がいなければ、小雪の両親は死んでいた。
海月の様子も相変わらずおかしいし、猪狩の狂気じみた執着心も、今になって少し恐ろしくなってきた。
色々と考えていると、ベッドに腰掛けた紫蜘蛛が、静かに口を開いた。
『──ねえ、暁人』
「どうした、紫蜘蛛」
身体を起こして、紫蜘蛛の方を見る。
紫蜘蛛は、目を伏せてもじもじしていた。
『──あの場では言わなかったけど』
『──氷柱女が強くなった理由、もう一つ考えられるの』
『──人と怪異の急速な結びつきの深化。例えば……』
紫蜘蛛が自分を落ち着かせるように、一度大きく深呼吸をする。
『──肉体関係を持つ、とか』
「っ!?」
紫蜘蛛の言葉に、一気に顔が熱くなる。
紫蜘蛛も、自分の言葉に顔を赤くしていた。
『──ねえ、暁人』
『──あの二人は、きっともっと強くなる』
『──今のままじゃ、勝てないかもしれない』
紫蜘蛛が身を寄せて、ゆっくり俺の肩に手を添えてくる。
『──だから、私たちも……』
「……待った、紫蜘蛛」
紫蜘蛛の肩に手を添える。
紫蜘蛛が俺にそうしたように。
『──嫌?』
「そうじゃない。ただ……強くなりたいとか、そんな理由ですることじゃないと思う」
悲しげな顔をする紫蜘蛛の瞳を、しっかりと見据える。
吸い込まれそうな紫の瞳。紫蜘蛛の甘い匂いや息遣い。
その全てに理性が溶かされそうになるが、必死に堪える。
肩から腰に手を回し、軽く抱きしめる。
そして、そっと唇を重ねた。
紫蜘蛛の表情が、驚きから少しずつ蕩けていく。
「……俺たちならやれるさ。俺たちの想いは、強くなるためだけの薄っぺらい結びつきとは違うんだから」
『──ええ。そうね……』
少しの沈黙。
そして、紫蜘蛛が意地悪そうに目を細めた。
『──でも、本音は?』
「……まあ、健全な男子なら?好きな人としたくないわけないし……?」
紫蜘蛛の意地悪な視線に晒され、しどろもどろになりながら答える。
「でも、やっぱり今じゃない。今したら、猪狩たちと同じになる」
「だから、まあ……」
一度言葉を切り、紫蜘蛛を見る。
「するなら、この事件を解決した後、とか?」
『──分かった』
語尾にハートがついていそうな甘い返事と共に、紫蜘蛛からキスのお返しをされる。
恥ずかしさと嬉しさで胸がいっぱいになる。
『──暁人のそういうところ、大好きよ』




