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怪異に殺された俺は、“憑き人”として怪異を狩る  作者: 狛野カムイ
冬の足音

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歪んだ純愛

 それは、俺──猪狩涼亮にとって、運命の出会いだった。

 学校で偶然見かけた、一年生の後輩。


 淡谷小雪(あわやこゆき)

 可憐で大人しそうな雰囲気、柔らかな笑顔。一目惚れだった。

 すぐに彼女に接触して、信頼を得ることができた。親身に接して、彼女に近寄る男は悪い虫と決めつけて容赦なく叩きのめした。その過程で何度か警察の世話になったりしたが、些細なことだ。


 ゴールデンウィークは小雪と何度か食事に行った。費用はもちろん俺持ちだ。小雪はとても喜んでくれた。すぐに金は尽きたが、その時はその辺にいた奴から分捕れば済む話だった。


 なのに。

 俺の告白は断られた。


「ごめんなさい。お気持ちは嬉しいですが、あなたとお付き合いはできません」


 頭が真っ白になった。

 なぜ?どうして?あんなに尽くしたのに。あんなに喜んでくれたのに。

 理由を聞いても、小雪は引き攣ったような笑顔を見せるだけで、答えてくれなかった。嘘をつきたくないから、言葉を選んでくれているのだと思った。


 俺は小雪の真意を知るために、彼女を追うことにした。

 住所、家族構成、友人、彼氏の有無。俺に教えてくれなかったあらゆる情報を求めて、彼女を追い続けた。

 小雪のことを知り尽くしたと思った頃、俺はもう一度告白した。

 彼女の好みのシチュエーションで、彼女の好みの服装で。小雪が愛してくれる、完璧な俺を演出したはずだった。


 だが、また失敗した。今度ははっきりと。


「あなたが怖い。もう付きまとわないでほしい」


 その一言が、俺の何かを壊した。

 俺は小雪を押し倒した。誰かのものになる前に、俺のものだという証を刻み込む。子どもの一人でも作ってしまえば、もう逃げられない。

 だが、その企みも失敗した。


 真っ白な女が、小雪の中から出てきて、俺の下半身が凍った。皮だけじゃない。肉も、血も。何もかも。


『殺されないだけマシと思え、人の皮を被ったケダモノめ』

『小雪。逃げるぞ』


 白い女は小雪を抱えて消え去った。俺は訳も分からないまま、気を失った。


 次に目が覚めた時、俺は病院にいた。

 医者と看護師、それと警察が俺を取り囲んでいた。

 凍りついたはずの下半身は、どこにも異常はなかった。

 残ったのは、パンツを下ろしたまま気絶していた情けない男という評価。大人たちの冷たい視線は、耐え難い屈辱だった。

 検査の結果、異常なしと診断された後、俺は逮捕された。容疑は小雪への暴行だった。

 何度目かも分からない警察の取り調べを受けて家に帰ると、親が泣きながら封筒を持っていた。

 中身は退学通知書だった。母親は泣き崩れ、父親からは何度も殴られて、家を追い出された。


 どうして何も上手くいかない。

 想いも遂げられず、居場所も失った。


 ──何もかも、小雪のせいだ。

 アイツが俺を受け入れてくれれば、こんなことにはならなかった。

 愛していたはずの彼女が、今はとても憎い。


 行くあてもなくブラブラしているうちに、気がつけば俺は廃墟の前に立っていた。理由は分からない。無意識だった。

 中に人がいないことを確認してから、俺はそこに住むことにした。雨風を凌げるなら上等だし、足りないものは盗ればいい。


 ──その日の晩、夢を見た。

 氷漬けになった廃墟の中、一人の女がいた。

 水色の髪。真っ白な肌。左腕は氷で作られていた。水色の小さな瞳孔が、俺を捉えて離さない。


「誰だお前!ここは俺の家だぞ!」

『それはこっちのセリフさね。勝手に人ん家上がり込んで寝るんじゃないよ』


 女が軽く息を吹くと、瞬く間に俺の首から下が凍りついた。白い女に凍らされたあの嫌な感覚を思い出して、冷や汗と涙が止まらなくなった。


『ふぅん?見た目の割に、随分泣き虫なんだねぇ』

「う、うるせえ!いいから早くこれ解けよ!」


 声を荒げて抗議するが、女は意にも介さず俺に近づき頭を鷲掴んだ。


『……ほほう?アンタ、随分難儀な内面してるんだねぇ。久しぶりだよ、こんなに愛憎入り混じった頭の中を見るのは』

『……ん?』


 女の指に力が入る。

 皮膚の下で骨が軋む音がした。頭蓋がミシミシと音を立て、今にも握り潰されそうだった。


「ま、待て!何する気だ!殺す気ならその前にお前を殺──!」


『アンタ、雪女(ゆきめ)に会ったんだね』

『通りで見つからないわけだ。まさか人間に取り憑いてるなんてね』


 女の手が離れると、一気に頭に血が巡る。

 グラリと視界が揺れ、吐き気に抗えず胃の中身をぶち撒けた。


『なあアンタ。アタシと手を組まないか?』

『アタシは雪女(ゆきめ)を殺したい、アンタは雪女(ゆきめ)が憑いてる女を手に入れたい。利害は一致してると思うけど?』


「……はあ?」


 女が俺の胸に触れると、氷が一瞬で砕け散った。


『アタシは氷柱女(つららおんな)凍子(とうこ)っていうんだ。アンタは?』

「……猪狩、涼亮」


『なるほど、リョースケね。それで?アタシと組む気は?』

「断ったらどうする」


『そうさねぇ……』

『その時は、このまま夢の中で凍え死ぬだけさね』


 凍子は考えるそぶりを一瞬見せた後、屈託のない笑顔で言い放った。


「断る選択肢なんて無いじゃねえか」

『大丈夫さ。アタシとリョースケが組めばなんでもできる。小雪とかいう女も手に入れて、居場所も作れる。全部思い通りさ』


『起きたら右手を確認してみな。アンタがその気になってるなら、良いものがその手にあるはずさ』


 凍子が蝋燭の火を消すように俺に息を吹きかけると、視界が白に染まった。


「──なんだ?これ」


 翌朝、右手を見てみると。

 氷で作られたメリケンサックが嵌め込まれていた。冷たさは感じないし、溶けている様子もない。だが、確かにそれは氷だった。


『おはようリョースケ。よく眠れたかい?』

「っ!?」


 声の方を見ると、凍子が立っていた。

 右肩が大きく開き、へそが覗く丈の短いTシャツに、レギンスとサンダル。近所に似たような格好の子連れがいたのを思い出した。


「あんな夢見て寝れると思うか?」

『あっはは。でも、しっかりそれ、握ってるじゃないか』


 凍子が左手を出すと、氷の鎖で繋がれた、同じ形のメリケンサックが垂れ下がった。


『これでアタシたちは契約成立ってわけさ』

『早速だけど、雪女のところに行くよ。善は急げさ』


 凍子が俺の中に入ると、身体が勝手に動いた。

 いや、違う。凍子に操られている。


「ちょっ、待て待て!まずは飯だ!朝飯食わせろ!」

《良いじゃないか、その辺で菓子でも買って食えば》


 言い合いながら、小雪の家に行く。

 慣れた手つきで壁を登り、部屋の窓から様子を伺う。


「……は?」


 小雪の部屋は、もぬけの空だった。

 慌てて降りて、リビングを見に行く。ここにも小雪はいない。それどころか、家具の一つもなかった。


「──まさか」

《おや、逃げられちゃったね》


 そういえば、最後に小雪に会ってから半月以上経っていた。それだけあれば、逃げるのは容易か。


「……クッソ!また上手くいかねえのかよ!」


 腹の底から怒鳴り、力任せに外壁を殴りつける。

 次の瞬間、轟音と共に外壁が崩れ落ちた。


「うおっ……!?」

「……これ、俺がやったのか?」


 破片は凍りつき、煙を上げていた。

 凍子の笑い声が響く。


《そうとも。正確には、アタシとリョースケの二人でさ》

《言っただろう?アタシたちならなんでもできるって》

「……ああ、確かに、これならなんでもできそうだ」


 無意識に口角が上がる。

 この力があれば、あの雪女を殺して、小雪を手に入れられる。警察からも逃げられる。


 もうすぐ小雪は俺のものになる。だったら、もうこの家は不要だろう。

 俺は凍子と二人で高笑いしながら、家主を失った小雪の家を瓦礫の山に変えた。


「待ってろよ小雪!必ず、必ず!お前を手に入れて見せるからな!」


 ──全てを失った俺は、全てを取り戻すための力を手に入れた。

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