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怪異に殺された俺は、“憑き人”として怪異を狩る  作者: 狛野カムイ
冬の足音

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忘却の海月

 十一月。

 夏の名残はすっかり消えて、冷たく乾いた風が肌を撫でる。

 世間は本格的に冬の装いに変わり、あちこちでクリスマスの準備が始まっていた。

 俺と紫蜘蛛は、以前筆鬼と戦った島の近くを再び訪れていた。


『──なんだか、みんな楽しそうね』


 紫蜘蛛が子供のように目を輝かせながら、街を見渡す。

 目隠しを外してからの彼女は、とにかく色々と積極的になった。

 見えるようになった世界を目に焼き付けるように、毎日を過ごしている。

 好物のスイーツを目でも楽しめるようになったことで、食べる量と頻度が高くなった。

 路地裏、学校、街──今まで戦ってきた足跡を辿るように、暇を見つけては二人で歩き、思い出を語り合う。

 服装も黒い和服から、白い洋服に変わった。

 足首まで届くワンピースに、ふわふわの上着。裾から覗く足は、薄手の黒タイツに包まれている。デート中に見かけた服を、紫蜘蛛が自分の糸で編んだものだ。


「まあ、そろそろクリスマスだからな。世のカップルはそわそわするもんだ」

『──じゃあ、暁人もそわそわしてる?』

「……そうだな。でも紫蜘蛛とデートしてる時はいつもそんな感じだよ」


 そう言いながら、紫蜘蛛と繋いだ手の指を小さく絡める。紫蜘蛛は少しくすぐったそうに目を細め、小さく笑った。


『──暁人。かわいい』

「そう言うなよ……」


 初々しいやり取りの中、どんどん顔が赤くなるのを感じる。紫蜘蛛の頬も、少し赤くなっていた。


 二人で水族館に入り、のんびりと過ごす。

 紫蜘蛛は初めて生きた魚たちを見たらしく、水槽の前から離れようとしなかった。特にイカやタコがお気に入りらしい。


『──眠そうな目が、かわいい』


 とのこと。俺も、その気持ちはよく分かる。


 イルカのショーを見て、触れ合いコーナーでおっかなびっくりヒトデに触れる紫蜘蛛を微笑ましく見守り、休憩スペースでアイスを食べて過ごす。

 恋人らしい、ささやかな幸せと日常。

 穏やかな時間と共に、その幸せを噛み締めた。


『──楽しかったわ。ありがとう、暁人』

「ああ。喜んでくれて俺も嬉しいよ、紫蜘蛛」


 水族館を満喫して外に出ると、もう夕陽が沈みかけていた。時間を見ると、午後の五時。夜がすぐそこまで来ていた。


「島の方でイルミネーションもあるんだ。一緒に行かないか?」

『──もちろん。暁人と一緒なら、どこにでも』


 手を繋いで、橋に踏み込んだ直後、全身に違和感を襲った。紫蜘蛛も足を止めて、橋の脇に見える浜辺を睨みつける。

 ──この深海に沈むような感覚は。


『──また来たの、海月』

『あら?私のこと知ってるの?』


 紫蜘蛛の視線を追うと、浜辺に一つの影があった。

 闇に紛れるような黒い和服に、血のように赤い彼岸花の柄。

 僅かな光を反射する、透明感のある赤と青の触手のような髪。


「……海月、なのか?」


 俺の知っている彼女とは違う。

 どこか虚な瞳。禍々しい空気。

 紫蜘蛛奪還の手助けをしてくれた、あの海月はどこにもいなかった。


『あなたも、私を知ってるのね』

『でもごめんなさい。私はあなたたちの事を知らないの』


 重圧が一段と強まった瞬間、目の前から海月が消えた。

 紫蜘蛛が迷うことなく、島へと続く橋の方角に蜘蛛の巣を放つ。

 巣は海月の足を捉えて、動きを封じていた。


『──それ以上、近づかないで』

『──暁人は、私を選んだの』


『その子がどうしようが知ったことではないのだけど?』


 海月が触手の髪から毒を垂らし、蜘蛛の巣を溶かして俺たちの方へ歩き出す。

 険悪な空気こそ流れているが、どうにも会話が噛み合わない。まるで初対面のような反応だ。


「海月。もしかして、覚えてないのか?」

「紫蜘蛛を助けに行く時、手伝ってくれたじゃないか」

『……手伝う?私が、人間を?』


 信じられないものを見るような目で、海月が俺を見る。その反応からして、俺に関する記憶がないのは明白だった。


『私は悪五郎様のために生きてるの。あの方以外に手を貸すなんて──』

『貸す、なんて……?』


 海月が赤い毒液に染まった手を俺へ伸ばそうとした、その時。

 動きが止まった。目を固く閉じ、苦しそうに頭を抱える。


『……なに?頭が……』

「海月!」

『──暁人、ダメよ』


 海月に近づこうとする俺を、紫蜘蛛の糸が阻止してくる。手足を封じられ、まるで操り人形のようにその場に留め置かれた。


『──あなた達に何があったかは知らないけど、少なくとも今の海月は、あなたの知る彼女じゃない』


『──彼女は、敵よ』


 紫蜘蛛の冷たい言葉が胸に刺さる。だが、それを否定できない自分もいる。

 海月は頭を抱えながら、一歩、二歩と後ろに下がった。


『……不思議ね。あなた達を見ていると、頭にヒビが入るような不快感に襲われる』

『なのに、どこか私の心の渇きが、満たされるような感覚もある』

『興味深いわ。とても』


 真っ黒な泡を纏いながら、海月の姿が消えていく。


《──あなた達のこと、堕としてみせるわ》


 海月の声が響いた後の橋には、俺と紫蜘蛛だけが残った。


『──暁人』

「大丈夫だ。それよりも、一旦加古川さんのところに行こう。嫌な予感がする」


 紫蜘蛛を纏い、急いで街の方へと飛んでいく。

 空を駆け、屋上から屋上へと跳ねていく。

 あっという間に今昔堂の前に到着すると、先客がいた。

 黒髪の女性と、白黒の髪の少女。扉の前でじっと待ち構えている。


「あの、ここに何か用ですか?」

「ん?ああ、すまない。邪魔だったか」


 黒髪の女性が扉の脇に逸れると同時に、扉が開いて中から加古川さんが現れた。俺たちの姿を見て、少し驚いたような顔を見せる。


「おや、八重原くんたちじゃないか。今日はデートだったんじゃないのかい?」

「お客さん来てるのにデリカシーないですよ、加古川さん……」


 俺の言葉に思わず口を軽く押さえて、片手でごめんとジェスチャーをする。

 その様子を、黒髪の女性は見慣れたような感じで眺めていた。


「相変わらずだな、響吾郎」

「いやあ、お恥ずかしい……」


「えっと、お知り合いですか?」


 俺の質問に、二人が揃って俺を見る。


「ああ。私は雨宮文奈(あまみやふみな)。響吾郎の元カノだ」

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