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怪異に殺された俺は、“憑き人”として怪異を狩る  作者: 狛野カムイ
思い描く、未来と絵画

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絵師対決

『あーあー。熱々だねぇあの二人』

『狐火様。あまり揶揄わないであげてください』


 結界の外で、三人の怪異が内側の光景を眺める。

 狐火はニヤニヤしながら顎を撫で、墨香は微笑みを浮かべている。

 白來は真っ赤な顔を両手で覆い、指の隙間から覗いていた。


『にしても、白來ちゃんがそんなに初心だったとは、意外だねぇ』


『いやいやいや!あんな王道ラブコメみたいなの見せられたらこうなるに決まってんじゃん!ていうかなんで二人ともそんな落ち着いてるワケ!?』


『んー、年の功ってヤツ?』


 ニヤニヤしながら狐火が白來をからかう。

 墨香が咳払いをして空気を変える。


『さて、無事に終わりましたし、結界を解きましょうか』


 三人がそれぞれの武器へ向かい、地面から引き抜く。

 三重の結界が消えると、紫蜘蛛と暁人が並んで怪異たちの方を向いていた。

 その手は絡み合うように、しっかりと握り合っている。


『お疲れ、二人とも。僕らが手を出すこともなく終わって何よりだよ』


『八重原様が乗っ取られた時はどうなることかと肝を冷やしましたが、杞憂でしたね』


『ラクちゃん、もう目隠しなくても平気なんだね』


 三人が口々に労いの言葉をかける。

 かけられた側──紫蜘蛛と暁人は、少し顔を赤くしながら俯いていた。


『──ええ。暁人のおかげ』

「……もしかしなくても、見てたよな?」


『さて、どうかな?結界が厚かったから、少なくとも音は聞こえなかった、かな?』


 狐火がニマニマと口を緩ませると、暁人は空いた左手で頭を抱えた。

 和やかな空気の中、階段の向こうからバタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。


『皆さん!大変です!』

『筆鬼がまた出てきたよ!街で大暴れしてるって!』


 加古川さんの憑き人──お菊と蘭丸が血相を変えて飛び込んできた。


『──不出来なり』

『阿用の郷の鬼も、頭が硬く考えが古い』

『人目を忍んで驚かすのではなく、恐怖をもって支配する。これこそ新たな怪異の在り方である』


 筆鬼が眉間に皺を寄せたまま筆を振るう。

 墨の鳥獣や魚が、街へ解き放たれる。


 海沿いの観光地は、地獄絵図と化していた。

 人々は逃げ惑い、パニックに陥って海へ逃げ込む者もいた。


『かの怪人も、蛇の巫女も来ぬか。それならそれで好都合。』

『そうさな──あの島を、我が画廊としよう』


 筆鬼が橋の先にある島を見やる。

 木々に囲まれ、島の頂点には蝋燭のような白い塔が立っている。


 橋の入り口に立った筆鬼が、悠々と歩き出す。

 鬼の姿を見た人々は、悲鳴をあげて逃げ惑う。

 筆鬼は、満足気に笑みを浮かべていた。


 橋の半分ほどを歩いた時、ふと足が止まった。

 逃げる人混みの中にただ一人、動かない者がいる。


『貴様は、我を生み出した筆の持ち主か』

『何の用だ、人間の絵師よ』


「お前を止めに来たんだ、筆鬼」


 筆鬼に立ちはだかる一人の人間──水島茂夫が静かに口を開く。

 傍らには、虹色の瞳を持つ幽霊、エマが佇んでいる。


『──冗談はよせ。人間ごときに止められはせん。そこの女幽霊と組んだとしてもだ』


『いいエ。全くの無駄など、あり得まセン』

「ああ。倒せなくても、足止めはできる」


「僕たちなら」

『私たちナラ』


 二人同時に、左手を見せる。

 薬指には、鈍く輝く指輪。


「いこう、エマ」

『はい、マスター』


 エマが水島の身体に入ると、身体に虹色のラインが走る。

 眩い光が全身を包むと、ヒーローが現れた。

 白い鎧に虹色に輝くライン。

 背中には細く滑らかな、女性の腕を模した義手が一対取り付いている。


「──筆鬼。君の誕生には、僕も関わっている」

「君を生み出した者の一人として、責任を持って君を止めてみせる」


 右腕を横に出し、ペンを握る。


「さあ、絵師対決といこうか、筆鬼!」


 言葉と同時に手を動かす。

 カッチリした黒い線に、エマが色を乗せていくと、描かれた絵が実体を持って動き出した。

 カラフルなアニメ調の鳥や獣人が、墨獣を次々と倒していく。


『ほう、子が子なら親も親か』

『だが、子は親を超えるものよ。同じ土俵で勝てはしない!』


『──“雷鳥”!』


 筆鬼が空に筆を走らせる。

 真っ黒な墨で描かれた雲が、瞬く間に鳥の姿に変化する。


『──キョエエェェ──!!』


 漆黒の雷を纏った巨鳥が吠える。

 だが、水島は怯むことなく雷鳥を見据えていた。


「これでも絵を描き続けて二十年近いんだ。そう簡単には越えさせない!」


「──“サンダーバード”!」


 宙にペンを走らせ、エマが色を乗せる。


 エマが指先で描かれた絵を拡大すると、黄金の雷で形作られた巨鳥が雷鳥に向けて飛翔する。

 互いに雷を打ちながら、激しく揉み合い空へと昇る。


「“橋姫(はしひめ)”!“清姫(きよひめ)”!」


 水島とエマが二人の女を描く。

 水に濡れた鬼の女と、炎を纏った龍の女。

 橋姫が海水を操り、筆鬼を水の中に閉じ込めた直後、清姫が空から炎を纏った鐘を落とす。


「水責めと蒸し風呂の二段構えだ!いくら筆鬼でも耐えられないだろう!」


《仮に耐えられタとしてモ、暫くは動けナイはず。今のウチに、皆の避難を進めまショウ》


「──“安宅丸(あたけまる)”!」


 水島が再びペンを走らせる。

 描かれたのは、寂れた印象の客船。

 橋姫が逃げ遅れた人々を波に乗せ、船に移していく。


《出航デス!安宅丸!》

「海岸までよろしく!」


 返事をするように、安宅丸が警笛を鳴らす。

 ゆっくりと橋から離れ、遠く離れた海岸線に向けて進んでいく。


「これであとは筆鬼だけだ」

《人間でアレば、既に亡くなっていル時間デスが──》


 鐘の方に目を向けると、異変が起きていた。

 鐘は黒く染まり、火が消えている。

 鐘の中から、怒りに満ちた筆鬼の声が響いてくる。


『──不出来、不出来!』

『この程度で我を殺そうなど、あまりに浅慮!あまりに不出来!』


『──爆ぜよ!』


 言葉の直後、鐘が爆音と共に弾け飛ぶ。

 エマが咄嗟にヌリカベを描き、橋姫と清姫を内側に引き込む。


 鐘の破片がヌリカベに食い込み、身体の一部を破壊する。


 爆発音が消えると、ヌリカベが一枚の紙に変化した。


『そこの女どもも、不出来なり!』

『均衡もなにもあったものではない顔!身体!時代にそぐわぬ装束!』

『お前たちは逸話に語られる怪異などでは断じてない!』


《ッ!マスター!下がっテ!》


 飛び退いて筆鬼の墨を躱す。

 橋姫と清姫は間に合わず、墨を被ってしまった。

 二人の姫が、紙に変わる。

 筆鬼は二枚の紙を握りつぶし、破り捨てた。


「筆鬼──!」

「お前は他人の成果物を、価値を認められないのか!?」


 筆鬼に殺されたろくろ首たちを思い出し、水島が震える声で問いかける。

 筆鬼は怒号にも似た大声で答えた。


『然り!我こそ最高にして最上の絵師なり!』

『我の描く作品こそが至高にして至宝!それ以外は取るに足らぬ駄作なり!』


 筆鬼が大筆を振り回して攻め立てる。

 墨に触れれば、紙に変えられ死に至る。

 水島とエマは必死に躱し、躱せなければ即座に適当な図を描いて身代わりにする。


 気がつけば橋を渡りきり、島に足を踏み入れていた。

 誰かが捨てていったゴミに足を取られ、水島が姿勢を崩す。

 筆鬼がそれを見逃すはずもなく、筆の柄尻で胸を突く。


「かはっ……!」


 肺の空気を吐き出し、地面を転がる。

 立ちあがろうとするが、身体に力が入らない。

 辛うじて仰向けになり、這うように後退することしかできなかった。


『お前たちも大概不出来だが──』

『仮にも我を生んだ者の一人。その名誉を讃え、我が画廊に飾ってやろう』


 筆鬼が大筆を振りかぶる。

 このままでは、墨に斬られて紙に変わる。

 逃げなければならないのに、身体が動かない。

 痛みと恐怖の前に、震えることしかできない。


 やはり僕は、ヒーローにはなれない。


 水島がそう悟り、目を閉じたその時──


『──そこまでだ!筆鬼!』


 空を裂き、蜘蛛のヒーローが飛来する。

 黒い和装に、紫のスカーフ。


「──暁人くん!」


 その頼もしい背中に、思わず声をかける。


 名前を呼ばれた彼は、装束を解いて少女と並び立つ。

 少女の方は、以前身につけていた目隠しを外していた。


「水島さん、ありがとうございます」

『──悪いけど、もう少し頑張って。力を貸して欲しい』


 二人の言葉と笑顔は、諦めかけた水島の心を再び奮い立たせた。

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