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怪異に殺された俺は、“憑き人”として怪異を狩る  作者: 狛野カムイ
思い描く、未来と絵画

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好きの答え

 紫蜘蛛との戦いは、熾烈を極めた。

 彼女を傷つけたくない。

 そんな迷いを差し引いても、紫蜘蛛は強かった。

 蜘蛛らしい身軽さと、巨体から繰り出されるパワーは、八重蜘蛛を纏っていても押され気味だった。


 それだけじゃない。

 この状況になって分かったのは、八重蜘蛛だけだと力を発揮しきれていない。

 紫蜘蛛や海月たちのような、他の怪異もいないと身体が耐えきれず壊れそうになる。

 筆鬼の言っていた“不出来”とは、そういうことだったのか。


『もう少し気張れないか、八重蜘蛛!』

《テメェの身体寄越してくれんならな!》


 紫蜘蛛の蜘蛛脚を躱しながら、八重蜘蛛にも気を配る。

 そろそろこっちの問題──乗っ取りも時間の問題だ。

 八重蜘蛛の主張が激しくなる。

 俺と八重蜘蛛は確かに同一の存在ではあるが、だからといって主導権を渡せば紫蜘蛛がどうなるか分からない。


 紫蜘蛛との一騎打ちは、実質二対一に変わり始めていた。


『──アアァァ──!』


 紫蜘蛛が糸弾を複数投げつけてくる。

 俺と一緒の時とは違う、弾というよりは砲弾とでもいうべき大玉が顔面と足元を狙い撃つ。


『くっ──!』


 飛び退いて回避し、紫蜘蛛の両腕に向けて糸弾を放つ。

 当たれば糸が広がり、腕を拘束できるが──そこに紫蜘蛛はいなかった。

 頭上に影が生まれる。


『な──っ!?』


 影の主に視線を向けると、紫蜘蛛の紫色の瞳が、俺を捉えていた。

 両掌を突き出し、糸弾を放つ。


《反応が遅え!》


 八重蜘蛛が背中の蜘蛛脚を振り回し、糸弾を引き裂く。

 バラけた糸すらも拘束される前に細切れにし、紫蜘蛛がいた場所へと飛び込む。


《やっぱテメェじゃダメだ、オレにやらせろ》

『ダメだ、俺がやる!』

《そうかい。なら──》


 紫蜘蛛の方へ向き直り、蜘蛛脚を構える。

 前に出ようと脚に力を込めるが、動かない。


《約束、ここで果たしてもらうぜ》


 黒の外殻が赤雷を帯びる。

 八重蜘蛛の意識が、俺の意識を暗闇に押し込める。


『待て!なにしやがる──!』

《テメェが死にかけた時に言ったよな?傷を肩代わりしてやる代わりに、オレの願いを一つ叶えろって》

《今がその時だ。オレにやらせろ!》


 視界が黒に染まり、次に赤に染まる。

 自分の身体が、自分のものではなくなる。


 ──身体の主導権が、完全に入れ替わった。


『──⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎──!』


『ようやくだ!この瞬間を待ってたんだ!』

『紫蜘蛛もいねえ、アイツが断れねえ今!オレは唯一、自由を謳歌できる!』


 八重蜘蛛が大地を抉って紫蜘蛛へ挑み掛かる。

 手足と蜘蛛脚の先端が赤雷で赤く染まり、さらに加速する。


『──アアァァアア──!』


 紫蜘蛛が吼え、拒絶するように糸を張り巡らせる。

 縦横無尽に張られたそれは、まるで壁のようだった。

 八重蜘蛛は隙間が無くなる前に飛び込み、糸の壁を抜ける。

 だが、僅かに身体が触れてしまい、糸が一本引っ張られる。

 連動するように糸が身体を縛りつけようと追随し、腕に、脚に絡みつく。


『効くかよ──!』


 力任せに腕を振り抜き、蜘蛛脚で糸を切断していく。

 紫蜘蛛の懐に潜り込み、意趣返しとして蜘蛛脚に糸を絡めていって、尻から抜けると同時に糸を引く。


『──アァ──?』


 紫蜘蛛の巨大な蜘蛛脚が、強引に一点へまとめられる。

 バランスを崩した彼女は、うつ伏せになるように倒れ込む。


『そう邪険にすんなよ。オレもアイツと同じなんだぜ?』


 八重蜘蛛が静かに跳ね、身を翻しながら紫蜘蛛の頭上を飛び越える。

 紫蜘蛛は、身をよじりながら立ちあがろうとし、じりじりと後ずさる。


『そんじゃあ、どうしてやろうか』

『そのバカでけえ蜘蛛の身体を千切れば、多少はやりやすくなるか?』


 八重蜘蛛が背中の蜘蛛脚をさらに伸ばす。

 四本の脚が紫蜘蛛の上半身と蜘蛛の下半身の境界に差し込まれる。


『さて、どっちだ?そこに脚が埋まってるか、それとも完全に変質してんのか──』

『暴れんじゃねえぞ。無駄な痛みを味わうだけだからな』


 グッと奥まで脚を刺すと、血が滲み出してきた。

 透明に近い薄い青色の血は、本物の蜘蛛のそれとそっくりだった。


『──アアアァァァァァ──!』


 紫蜘蛛が叫び、起きあがろうと両手を地面に押しつける。


『暴れんなって言ってんだ!余計に苦しむだけ──』


 紫蜘蛛の身体が少し浮き上がる。

 隙間ができた蜘蛛の頭にあたる部分から、薄青い液体が付いた鋏角が勢いよく伸び、足首を挟み込もうと閉じる。


『おっと──!?』


 蜘蛛脚を引き抜き、大きく跳ねて宙返りする。

 およそ生物から発せられたとは思えない金属を打ち合わせたような音と共に、紫色の爆発が鋏角の内側で発生した。


『──アァ、アアァァ──!』


 縛られた蜘蛛脚が解放され、紫蜘蛛が再び立ち上がる。

 紫の瞳に焔が灯り、傷口から溢れる血は蒸発して青紫の蒸気に変わる。


『ハッ、随分怪異らしくなってきたじゃねえか』

『半端者のオレとは、大違いだなァ!』


 赤い残光を残しながら、紫蜘蛛へ突っ込む。

 鋏角の射程の寸前で横に飛び、脚に糸を放って引きながら宙へと跳ねる。


『縛ってダメならへし折るだけだ!』


 引かれた紫蜘蛛の脚が真っ直ぐに伸びる。

 関節に向けて踵落としを当てるため、脚を大きく振り上げる。


『まずは一本──!』


 身体の内側に糸を張り巡らせ、筋力と耐久性を強化する。

 落下し始めたその時──


 パキン、と何かが砕ける音がした。

 紫蜘蛛の脚を覆う外殻の一部が、剥がれている。


『──アァ──』

『──ヤメ、テ──』


 外殻の内側から、血が吹き出す。

 血は大気に触れた途端に発火し、紫色の炎に変わる。


『なっ──!?』


 炎が八重蜘蛛を直撃する。

 糸は燃え落ち、姿勢を崩して背中から地面に落ちる。


『ぐっがあ、あああ──!』


 慌てて地面を転がり、鎮火する。

 青紫の煙を上げながら、片膝をついて紫蜘蛛を睨む。

 炎を浴びた八重蜘蛛の鎧はドロドロに溶け、背中の蜘蛛脚は半ば溶け落ち、原型を失っていた。


『テ、メェ……!』


 怒りのボルテージを示すように、音を立てながら赤雷を纏う。

 赤い瞳が煌々と輝き、沈み込むほど強く地面を踏み締める。


『良い気にさせておけば調子乗りやがって!』

『今度は──!』


《──俺の番だ》


 兜にヒビが入る。

 違う、八重蜘蛛の指が、兜を引き剥がそうと食い込んでいる。


『なっ──!?』

『テメェ!まだオレの戦いは終わってねえ!邪魔すんな!』

《邪魔すんなは俺のセリフだ!充分暴れただろ、引っ込め!》


 兜が音を立てて剥がされていく。

 赤い視界が、本来の色を取り戻す。


『テ、メェ──!ガアアァァ──!』


 腕を振り抜き、兜を完全に引き剥がす。

 自分の瞳で、紫蜘蛛を見据える。


『──待たせたな、紫蜘蛛』

『今度は、俺の番だ』


 鎧が黒い霧に変わる。

 八重蜘蛛を内側に押し込めたおかげで、鎧の維持が難しい。

 次の行動が、最後だ。


 静かに駆け出し、紫蜘蛛へ近づく。

 糸弾を躱し、鋏角を踏み台にして紫蜘蛛の上半身の前に立ち、霧を解く。


「紫蜘蛛。俺を見ろ」

「目の前にいるのは、お前が大好きな人間だ」

「紫蜘蛛にとっての“好き”は、どっちの意味だ?」


 紫蜘蛛の瞳に灯る焔が揺らぐ。

 ぎこちなく腕が動き、彼女に抱きしめられる。

 直後、首筋に歯が立てられた。

 少しずつ、歯が食い込んでいく。

 血が滲んでくる。


「っ……!紫蜘蛛、どっちだ?」


『──アァ──』


『──あき、と──』


 紫蜘蛛の声が、柔らかくなった。

 いつも聞いていた、あの声。


『──暁人。ありがとう』


『──私は……』


 首筋から歯が離れ、紫水晶に似た美しい瞳が、しっかりと俺の瞳を捉える。


『──私は、あなたのことが好き』

『食べ物じゃなく、愛する人として、あなたが大好きよ。暁人』


 青紫の蒸気が、爆発するように俺と紫蜘蛛を覆い尽くす。


 蒸気が晴れる。

 強く、強く抱き合う二人がその場に残っていた。


「──ああ」

「俺も好きだ、紫蜘蛛」

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