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怪異に殺された俺は、“憑き人”として怪異を狩る  作者: 狛野カムイ
思い描く、未来と絵画

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憧れのヒーロー

「──やっぱり、すごいなあ。まるでコミックのヒーローだ」


 あっという間に空を駆け抜けていった二人の子どもを見送りながら、ふとそんなことを呟く。

 小さい頃に憧れたヒーローのような人が、現実にいた。

 初めて妖怪を見た時と同じくらい、胸が高鳴っている。


『マスターも、あんな風ニなりたいのデスか?』


エマが横に並び、虹色の瞳を僕に向ける。


「……いや。僕にはできないよ」

「彼らみたいに人助けのために身体を張れる勇気は、僕にはない」


エマから目を逸らし、顔を伏せる。


 そうだ。

ぬらりひょんにも、筆鬼にも。

僕は何もできなかった。

ただ震えて寝たふりをすることが精一杯だった。

そのせいで、ロッ子たちは殺された。


 みんなで暮らしていたアパートを見る。

昨日まで賑やかに、穏やかに暮らしていたのに。

今は息が詰まるほど静かで、虚しく感じる。


『──マスター。本当ハ、どうしたいのデスか?』

『仇討ちデスか?それとも──』


『ヒーローのようニ、誰かを護ることデスか?』


 エマが再び僕の前に現れる。

今度は目を逸らせない。

彼女の服に奔る光が、淡い緑に変わる。


「……僕は」


 正直なことを言うと、仇を討ちたい。

筆鬼が憎い。

大切な隣人たちを殺された恨みを晴らしたい。

でも、それは誰も望んでいないだろう。

それに、そんなことにエマを巻き込めない。

だから、僕は──


『──私ハ、マスターのお嫁さんデス』


『マスターが選んだ道ナラ、最期までついていきマス』


『マスターの、お手伝いをさせてくだサイ』


 エマが真っ直ぐ僕を見つめて、左手を差し出す。

僕の中に渦巻くドス黒い感情が、胸の奥に沈んでいく。


「……もういい歳の大人が、憧れていいものだろうか」


『マスターの作品を読ンデ、憧れを抱いた人モいるはずデスよ』


 微笑むエマの手を取る。

彼女の光が、緑から黄色に変わる。

直後、視界が光に包まれた。


 ──ビル街の宙を渡っていく。

雷鳥が現れてから、他の墨獣の数が目に見えて減っていった。

どうやら、筆鬼が操れる墨の量には限りがあるらしい。

それでも規格外の力を持っていることに違いはないが。


「止まれ──ッ!」


 逃げ惑う男を追いたてる墨獣を宙から蹴りつけ、男を逃す。

転んだ子どもを拾い上げ、目についた建物の中に避難させる。


《──発生源は、どこに──》


 一際高いビルの屋上に降り立ち、街に糸を張り巡らせる。

糸を通じて、紫蜘蛛がより妖気の強い場所を探る。


「どうだ、何か見つかったか?」


《──街全体が、妖気に満ちてて見つけにくい》

《──ここかしら?》


 一本の糸を手繰り、意識を集中させる。

数秒の沈黙の後、手繰った糸の色が黒に変わる。

紫蜘蛛が再び口を開いた。


《──ここね。行きましょう》

「了解!」


 ビルから飛び降り、黒い糸に沿って再び宙を渡る。

まだ外に人はいる。

墨獣を蹴散らし、逃げ遅れた人たちを助けながら目的地へ急ぐ。


《──ここよ》


 勢いを乗せて、一気に空高く舞い上がる。

たどり着いた場所は、海辺の公園だった。

 地上を見ると、公園の中央にある噴水の水が、真っ黒に染まっていた。

中からゾロゾロと墨獣が湧いてくる。


「あれか!」


 地上の噴水に向けて、雨のように糸弾を撃ち込む。

糸は蜘蛛の巣状に広がり噴水を覆うが、瞬時に墨に染められ、沈んでいく。


《──まだ、足りない》

《──もっとたくさん必要》


「でももう地上だぞ!」


 背中から糸で編まれたパラシュートが現れる。

落下速度が落ち、時間に余裕ができた。

さらに両手から糸弾を撃ち続ける。


「キリがない……!どんだけ撃ち込んでも墨に呑まれる!」


《──いけない、墨獣がくる》


 パラシュートを切り離す。

直後、飛来してきた鳥型の墨獣が、パラシュートを爪で切り裂いた。

 地上へ降り立つと、隠れ潜んでいた墨獣が一斉に襲いかかってきた。


「くそ!さすがに守りが固いな!」

《──構ってる時間は、ないのだけど》


 墨獣を倒しながら、隙を見て噴水に蜘蛛の巣を放つ。

着実に墨獣の発生速度は落ちているが、このままでは完全に止まるのはいつになるか分からない。

あまり時間をかけると、いぶきさんにも負担がかかる。


「何か手はないか……!」


《──暁人。あれを使いましょう》


 紫蜘蛛の引っ張る方向を見る。

道路に乗り捨てられたトラックが停まっていた。


「……アレで壊すってことか?」

《──そうでもしないと、止められない》


 もう一度噴水の方を見る。

未だに墨は湧き続け、墨獣が水底から這い出てくる。


「手段は選んでられないか……!」


 トラックに駆け寄り、車体の下に手をかける。

身体の内側に糸を張り巡らせ、筋力を強化する。


「ぐっ……!重た……!」

「──八重蜘蛛!力を貸せ!」


 全身を黒い霧が包み、甲殻の鎧を纏う。

さらに力が増し、トラックを頭上まで持ち上げ、その下に身体を潜り込ませる。


『──ガアアァァッ!!』


 トラックを噴水めがけて投げてから、全力で地面を蹴り、飛んでいくトラックを追い抜く。

空高く跳び上がり、トラックを糸で捕らえ、噴水に向けて投げ落とす。


 噴水が轟音を立てて壊れ、墨が周囲に飛び散る。

水源はトラックに押しつぶされ、墨獣も湧かなくなった。


 鎧が霧に変わり、霧散する。

直後、全身の筋肉が軋み、片膝をつく。


「はあっ、はあっ……!やっぱキツいな……!」

《──暁人!立って!》


《──まだ、来る!》


 紫蜘蛛に引っ張られ、床を転がる。

姿勢を立て直して自分がいた場所を見ると、地面に墨で描いたような一直線の斬痕が残っていた。


『──不出来』


『怪異でありながら人に与する者』

『人でありながら怪異でもある者』


『醜く歪んだその在り様、不出来なり』


 巨大な筆を肩に担ぎ、派手な着流しを纏った鬼。


筆鬼が、現れた。

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