あやかし荘の悲劇
水嶋さんの取材を受けた翌日。
学校終わりに今昔堂に立ち寄り、加古川さんたちに取材のことを話した。
火那森先輩はもちろん、今日は珍しくいぶきさんたちも来ていた。
「なるほどね。近いうちに僕らの話も聞きにくるかもしれないと」
『へえ?てことは、僕たちも漫画デビューしちゃうってこと?』
事務所の空気が色めき立つ。
「いつ頃訪ねてくるのか、具体的な日程は分かっているんですか?」
いぶきさんが両手を口の前で合わせながら聞いてくる。
抑えようとしているようだが、明らかに普段よりも浮き足立っていた。
「いえ、まだそこまでの話は。日程に空きが出たら電話で知らせるとしか──」
「八重原さん!いますか!」
バタバタと慌ただしい足音と共に、水嶋さんが今昔堂に駆け込んでくる。
青ざめた顔で、目には涙を溜めている。
「はあっはあっ……こ、これを……!」
息を切らせながら、よろよろと机に向かって歩き、手に持っていた紙を叩きつけるように置いて、一気に広げた。
「ど、どうしたんですか水島さん!」
明らかに様子がおかしい。
全員が、水島さんの元へ駆け寄る。
机に広げられたのは、乱雑に引き裂かれた紙。
黒いインクがあちこちに飛んでいる。
『なんだいこの紙?何か描いてありそうだけど』
狐火が顔を近づけ、紙切れを見る。
水島さんは、今目の前にいる男が怪異であることに気がつく余裕もなかった。
「これは……四枚の絵だったんです」
言いながら、水島さんが紙切れをパズルのように動かしていく。
無数の紙切れが、絵が描かれた四枚の紙に戻っていく。
そこに描かれていたのは、昨日あやかし荘で見た四人の怪異だった。
……いや。
正確には、四人だったものだ。
ろくろ首、狸地蔵、砂かけ婆、化け猫。
墨で身体のほとんどを塗りつぶされ、頭と胴を分けるように裂かれている。
四人とも驚いたような、あるいは苦しそうな顔をしていて、まるで封印されたようだった。
『えっ……これ漫画に出てるロッ子たちじゃん。なんで破っちゃったの』
白來が目を丸くして紙を見る。
水島さんが目から大粒の涙をこぼしながら、声を荒げた。
「僕がこんなことするはずがないでしょう!」
「これは……あの鬼がやったんです!」
「昨日の晩に突然ぬらりひょんが現れて、僕のペンから鬼を産んで……!」
「今朝、目が覚めたら誰もいなくて、他の部屋を見にいったら、全員こんな状態に……!」
水島さんは紙切れをかき集めて、胸に抱いて嗚咽を漏らす。
加古川さんが立ち上がり、水島さんの背中をさすりながら声をかけた。
「落ち着いて。まずは詳しく話を聞かせてください。もしかしたら、力になれるかもしれない」
──水島さんが落ち着いて、しばらく。
一通りの事情は聞かせてもらった。
「なるほど。ぬらりひょんと筆鬼ね……」
加古川さんが顎をさすりながら静かに呟く。
『ぬらりひょんはともかく、筆鬼は聞いたことがありませんね。付喪神の類でしょうか?』
墨香も紙に目を向けながら、考え込む。
机に広げられた紙切れは、再び四人の姿を形作っていた。
「筆鬼自体は中国に伝わる怪異なんだが、特徴を鑑みるに名前だけ借りた別物だろう」
『ぬらりひょんのことも気になる。アレは随分昔に封印されたはずなんだけど』
狐火が尻尾の毛をわずかに逆立てて口を開く。
ぬらりひょん。
俺も名前は聞いたことがある。
怪異を束ねる総大将。
俺以外の全員は、その名前を聞いた途端険しい顔になった。
『──画魔は?』
『──紙に変えられては、いなさそうだけど』
『はイ。ここニ』
紫蜘蛛の疑問に答えるように、視界の外からエマが現れた。
火那森先輩たちが肩を跳ねさせる。
相変わらず心臓に悪い現れ方だ。
「幸い、エマだけは無事だったんです。なぜ彼女が狙われなかったのかは分かりませんが……」
『でモ、とても悲しいデス。みんな良イ隣人だったノニ……』
エマが俯き、纏う光が深い青に変わる。
その様子を見て、水島さんも再び肩を震わせ始めた。
「とにかく、調査が必要だ。僕はお菊と蘭丸と一緒に、ぬらりひょんや筆鬼について調べるよ」
『あーしたちは街の見回り行こう!その筆鬼ってのがどっかで悪さしてるかもしれないし!』
「俺と紫蜘蛛は水島さんの護衛につきます」
『──狐火、ついてきて。現場を見てほしい』
『了解。主、行こう』
とんとん拍子で役割が決まり、その場は解散となった。
『……これはまた、随分荒らされたね』
水島さんのアパートに着くや、狐火が口を開く。
外から見る分には、そんなに変わった部分はない。
あちこちに黒いインクのようなものが飛び散っているくらいだ。
「……中はもっと酷いですよ」
水島さんが一階の部屋の玄関を開ける。
いきなり開けたので面食らったが、似たような鍵に部屋番号が書かれたマスキングテープを貼り付けているのが複数見えた。
どうやらこのアパートの全部屋を借りているようだ。
『──お金持ちなのね、彼』
「……まあ、売れっ子漫画家だし……」
「エマがいますから、ここを離れるわけにもいかないんです」
俺たちの会話が聞こえていたようだ。
つい頭を下げる。
部屋の中は、信じられない惨状だった。
墨が飛び散った空間に、散らばった大量の紙切れ。
そして何より、砂だ。
あり得ない量の砂がバケツをひっくり返したように撒き散らされている。
「ここは、砂バアの部屋だったんですね」
「はい。おそらく、あの鬼に襲われて、抵抗したのでしょう」
先輩が部屋に上がり、砂を手に取る。
俺たちも上がり、中の様子を観察する。
『──家具も紙に変えられてるみたい』
『──なにか、紙に変える基準があるのかしら』
紫蜘蛛が紙切れをいくつか集めて組み合わせる。
そこに描かれていたのは、ごく普通のタンスだった。
「基準なんて、ないのかもしれません」
「筆鬼は僕の部屋の窓も破壊しましたが、その時にこう言ったんです」
「──“不出来”と」
水島さんが砂の前に屈み、静かに砂を掬う。
指の隙間から砂がこぼれ落ちる様子は、まるで彼の心に空いた穴のようだった。
『自分が気に入らないから不出来ってことか?なかなか性根の腐った奴だな』
狐火が苛立ちを乗せた声を上げる。
尻尾の毛はより鋭く逆立っていた。
「ねえ狐火。どうにかしてこの紙を──紙に変えられたものを元に戻したりはできないの?」
『……無理だろうな。破かれてなければ、まだ手の打ちようはあるかもしれないが』
『──首を落とされたら、繋げても蘇らない。それと同じ』
「……そう、ですよね」
狐火と紫蜘蛛の言葉に、肩を落とす水島さん。
この瞬間、ハッキリした。
このアパートで、漫画みたいな暮らしをしていた四人の怪異は、死んだ。
身勝手かつ理不尽な、一体の鬼の蛮行で。
「紫蜘蛛。絶対に倒すぞ、筆鬼」
『──ええ』
決意を固めた直後、スマホが鳴る。
相手はいぶきさんだ。
「はい、八重原です」
《八重原様。緊急事態です》
いぶきさんの焦りが滲んだ声が届く。
慌ててスマホをスピーカーモードに変える。
《街で怪異が大量に出現しています。すぐに来てください》




