無視できない既読虫と、無視しない私たち
──八重原くんと分断されてから、しばらく経った。
目の前の怪異──既読虫との戦いは、正直ジリ貧だった。
あいつの特性についても、掴みきれていない。
反応すれば、傷がつく。
だから、”無視して”斬る。
でも、一手足りない。
どれだけ斬っても、追い詰めている感覚がない。
むしろ、追い詰められている気さえする。
「どうする……」
八重原くんのこと、怪異の攻略。
思考が堂々巡りを始めた、その時。
⦅主よ、一つ提案があるんだが⦆
狐火の声が刀を通じて響いてくる。
「なに?狐火」
《あいつは"無視された"と感じると攻撃してくる⦆
《いや、”中途半端に反応したから”攻撃してくるんじゃないか?》
──なるほど。
最初から反応しなければ、いないのと同じ。
一度でも反応してしまえば、その先は”無視”になる。
「だとしたら、もう術中にハマってるわけね……」
思わずため息が出る。
⦅だから、"無視しなければ"いいんじゃないか?⦆
《全部に反応してやればいい》
──つながる。
今までは、”見ても反応しなかった”。
それが条件を満たしてしまっていた。
「でも、全部は無理よ」
《大丈夫、そこは僕に任せてほしい⦆
狐火が自信ありげに返す。
⦅というわけで、身体半分借りるよ。主⦆
左の耳飾りが妖しく光り、視界が揺れる。
左目が熱を持つ。
彼が──”入った”。
『さてそれじゃあ─楽しい口喧嘩といこうか』
口が勝手に動く。
〈見た〉
『あぁ見たとも。それで?』
『あーでも、”見ている”が”見てないな”。眼中に無いってやつ』
〈…聞いた〉
『ハッ一本調子だな。それしか言えないのか?』
『国語の教科書でも読み直してこい』
自分の声で、容赦なく煽り倒す。
〈ギギギィィッ……〉
『おっと、効いてるみたいだな。歯軋りか?』
半笑いのまま煽り続ける。
ほんと──口悪いんだから。
目の前の虫がわなわなと震える。
次の瞬間、怒りのままに飛びかかる。
『主!』
反射的に上へ躱す。
そのまま背中に、一閃。
〈ギッ!〉
『おいおい、口でダメなら腕尽くか?それ"負けました"って言ってるようなものだぞ』
〈ウザ〉
〈なんだテメェ〉
〈消えろよクソ〉
『ハハッ語彙が貧弱だな。退屈だ』
脚と、言葉の矢。
全てを捌き、斬り払う。
──楽だ。
余計なことは考えなくていい。
”文字”は狐火が拾ってくれる。
それに、怪異の動きが目に見えて遅くなっている。
〈死ね〉
〈死ね!〉
〈殺してやる!〉
複眼を歪め、罵声を撒き散らす。
語気と攻勢が増す。
だが、威力は落ちていく。
もう避ける必要もない。
刀で受け止められる。
『あーあ、面白くもない。童でももう少しマシな罵倒をするぞ』
あくび混じりにまだ煽る。
『そういう短慮でガキっぽいところが──』
一拍。
『”無視される原因”なんじゃない?』
〈ギィィィィィイイイィッッッ!!!〉
……泣いた。
(狐火、やりすぎ….)
『主』
「ええ」
距離を詰める。
踏み込み──
──抜刀。
炎が走り。
両断。
一瞬の静寂。
──罵声が、止んだ。




