取り戻した絆と、正夢の戦い
紫蜘蛛の声が、聞こえた。
幻聴じゃない。
聞き間違いでもない。
「──紫蜘蛛……!」
朦朧とした意識の中、声を絞り出す。
身体の外側と内側、両方から糸で折れた骨を無理やり固定する。
まだ、動ける。
激痛に顔を歪めながら、ゆっくりと立ち上がる。
『──あら?もう立てるの?』
『──良いわね!じゃあ第二ラウンドいきましょう!』
ハミィが歓喜に口元を吊り上げ、俺の元に糸を放つ。
「──返せ」
「それは、お前のじゃない」
俺の胴に張り付いた糸を掴み、力一杯握りしめる。
普段と比べればあまりにも弱々しい。
だが、意地でも離すものかという意思だけで握り続ける。
『──へぇ?なかなかタフじゃない』
『──なんだかんだ、アンタもだいぶ“こっち側”に馴染んできたんじゃないかしら!』
ハミィが大きく手を振り上げる。
魚を釣るように大きく円弧を描く糸。
だが、獲物である俺はその場から動かなかった。
『──あら?』
俺の足元は、繭のような糸の塊に覆われていた。
何があっても床から離れないように、自分で足を縛りつけておいた。
『──どういうつもり?』
『──あ!もしかして、さっきみたいにタコ殴りにされるのがお望みってこと!?』
『──見かけによらずそういう趣味があるなんて、やっぱり人間って面白いわね!』
言葉と同時に、ハミィが俺の元へ飛び込んでくる。
目の前に着地して、顔面に向けて蹴りが飛んでくる。
何もせず、そのまま顔で受け止めた。
「……っ!」
衝撃で大きくのけ反る。
身体が悲鳴を上げるが、無理やり声を押し殺す。
鼻血が止まらない。
だが、拭き取る余裕もない。
腫れ上がった顔で、ハミィを睨みつける。
敵意と殺意を込めて。
その上で、薄ら笑う。
「……どうした?」
「まだ、俺は立ってるぞ」
精一杯の強がりで煽る。
ハミィが次にどんなことをしてくるかは、もう分からない。
ただ、俺の望む動きをしてくることだけを祈りながら、口を開いた。
「紫蜘蛛がついていながら」
「一人殺すことも、できないのか」
「大したこと、ないんだな」
『──黙って聞いてれば、調子に乗んないでくれる?』
ハミィが眉間に皺を寄せて、俺の首を絞める。
「がっ……!」
『──ホントならアタシ一人で十分なのよ!』
『──アンタ一人殺すくらい!今すぐにでも!』
首を絞める力が強くなる。
息ができない。
思考が回らない。
身体が力を失い、紫蜘蛛の糸を握る手がダラリと落ちる。
──これでいい。
俺の望む動きを、ハミィがしてくれた。
「──捕まえた」
『──は?』
操り人形のように、自分の身体を内側の糸で無理やり動かす。
死に体とは思えない、力と速度。
ハミィの首元めがけて手を伸ばし、見慣れた紫色のスカーフを掴む。
「……紫蜘蛛」
「朝だぞ」
「いつものカステラ、一緒に食べよう」
言葉の直後、スカーフが脈動する。
ハミィが纏っていたパーカーがほつれ、裂けていく。
『ちょっと!何勝手なことしてんのよ紫蜘蛛!』
『今はアタシがアンタの“八重原暁人”なのよ!?』
ハミィがスカーフに向けて叫ぶ。
スカーフから、声が響いてくる。
《──あなたは》
《──お前は》
《──暁人じゃ、ない──!》
ハミィが纏っていた、紫蜘蛛の糸が弾け飛ぶ。
衝撃で俺もハミィも吹き飛ばされる。
『紫蜘蛛!アンタ──!』
弾けた糸が、布が。
人型に再構築されていく。
見慣れた着物。
見慣れた姿。
『──暁人!』
「──紫蜘蛛!」
お互いの名前を呼び合う。
それだけで、もう十分だった。
飛んでくる紫蜘蛛を抱き止めて、背中から地面に落ちる。
激痛が走るが、そんなことはどうでもよかった。
「紫蜘蛛!やっと会えた!」
「やっと言える!ごめん紫蜘蛛!」
「あの時、冷たく突き放してごめん!」
『──暁人、暁人!』
『──私こそ、ごめんなさい!』
『あなたの苦しみに、気づいてあげられなかった!』
二人で抱き合い、謝りあう。
“ごめん”。
この一言を言うために、ここまで来た。
もう一度紫蜘蛛と一緒になるために、ここまで来たんだ。
『──暁人、ひどい怪我』
『──大丈夫、じゃないわよね』
「ああ、もう死にそうだよ!」
「でも、命張った甲斐はあった!」
「──おかえり、紫蜘蛛!」
本当に死にかけているのか怪しい声量で、紫蜘蛛の名を叫ぶ。
思い切り紫蜘蛛の体を抱きしめる。
紫蜘蛛は、俺の身体を優しく抱き返した。
『──ただいま、暁人』
『はぁ〜〜〜……』
『白けることしないでくれる?』
呆れ返るハミィの声が響く。
紫蜘蛛の肩を借りて立ち上がると、ハミィが苛立った様子で腕を組んで俺たちを睨んでいた。
『そんなシナリオ望んでないの!』
『アタシが見たいのは悲劇!仲間同士で殺し合って、泣きながら全滅するような!』
『アタシの考えた最高のシナリオを!ぶち壊しにしないでよ!』
子供のように地団駄を踏みながら不満を叫ぶ。
俺も紫蜘蛛も、その様子を見て無意識に笑っていた。
「……最高のシナリオ、ねぇ」
『──壊して、正解だったわ』
紫蜘蛛の糸が身体に絡みつく。
身体の内側に入り込み、折れた骨を、千切れた筋肉を縫うように治していく。
力が戻ってくる。
自分の脚で、立てる。
「それじゃあ、もっと派手にぶち壊してやろうか」
『──ええ。一緒にね』
紫蜘蛛の身体が糸に変わり、俺の身体を覆う。
糸が黒く染まると同時に、大きく布がはためいた。
白い蜘蛛の巣模様が描かれた、黒い二重回しのコート。
黒い裾を、同じ黒いブーツで縛った袴。
手は黒く染まり、鋭い爪が鈍く輝く。
首元には、いつも身につけていた紫のスカーフ。
静かに瞼を開く。
左目が紫色に輝いた。
「──行くぞ、紫蜘蛛」
《──ええ。行きましょう、暁人》
紫と黒の瞳が、ハミィを見据える。
ハミィは怒りで顔を大きく歪めた。
『──あああああ!もう!』
『イライラするムカムカする吐き気がする!』
『もう良い!アタシ一人で二人ともぶっ殺す!』
ハミィが輝く風を纏って、変身する。
黒と金の、魔法少女のような姿に。
『ここはアタシの夢!』
『ここでのアタシは!主人公で!最強なのよ!』
魔法のステッキを掲げて、決めポーズをする。
だが、顔は鬼のように真っ赤で歪んでいた。
対する俺と紫蜘蛛はといえば。
真っ黒なコートに刺々しい爪。
側から見れば、完全に悪役の格好だ。
「──上等だ」
「なら、俺たちを倒してみろよ!ヒーロー!」
魔法少女ハミィに向かって、啖呵を切る。
紫蜘蛛のクスクスとした笑いが耳に届いた。
《──ノリノリね、暁人》
「ああ!お前と会えてテンションがおかしくなってるみたいだ!」
ハミィのステッキからピンク色のビームが放たれる。
「──はっ!」
手を合わせて、大きく開く。
巨大な蜘蛛の巣を展開して、ビームを受け止め包み込む。
《──お返しよ》
巣を開いて、ビームを返す。
ハミィが再びビームを放ち、相殺する。
魔法少女と、蜘蛛の怪物。
最後の夢の戦いが、始まった。




