がらんどうの城と、待ち望んだはずの再会
「──」
海月の残した最後の泡に手を伸ばす。
指先が触れそうになるが、その直前に弾けて消えた。
──後ろ髪を引かれてどうする。
自分の選んだ道だ。
城の方に向き直り、一歩踏み出す。
赤い屋根を見据え、一言呟く。
「──紫蜘蛛。今行くぞ」
城の中は、拍子抜けするほど殺風景だった。
豪奢なのは外側だけ、中は最低限の灯りしかなかった。
「随分派手なハリボテだな」
薄暗い城内に向けて声を上げる。
自分の声が反響して、より大きな声となって帰ってくる。
『しょうがないでしょー!アンタが観覧車ぶっ壊しちゃったせいで急遽新しく作るハメになったんだから!』
今度は甲高い声が城内に響いてくる。
虚空からスポットライトが灯り、ハミィが現れた。
以前見た時と、服装が変わっている。
ピンクと白のゴスロリ衣装から、黒いフリルスカートとピンクのブラウスへと着替えている。
以前よりも今風で、少し暗い雰囲気になった。
「どうしたんだその格好。前の人形みたいな服は飽きたのか?」
『アレはゴスロリって言うのよ。それと飽きたんじゃなくて雰囲気に合わせたのよ』
『当世の若い女の子って、こういう服着て遊園地に行くんでしょ?』
自身ありげに胸を張るハミィ。
「雰囲気?こんながらんどうに雰囲気も何もあるかよ」
『……ふぅん?そんなこと言っちゃうんだ』
ハミィが不機嫌そうに顔をしかめる。
コロコロと表情の変わるやつだ。
『これを見ても、そんなこと言えるかしら?』
『──来なさい、“紫蜘蛛”』
指を鳴らすと同時に、闇の中から紫蜘蛛が現れた。
ハミィの服に似た、紫と黒の服。
目隠しは、以前夢の中で見た時以上に傷だらけで今にも千切れそうになっている。
待ち望んだはずの再会なのに、歓喜よりも嫌な予感が勝った。
「──っ!紫蜘蛛!」
咄嗟に前に踏み出し、手を伸ばす。
紫蜘蛛を取り戻そうと、手から糸を放つ。
だが。
紫蜘蛛が、俺の糸を手で払い落とした。
鬱陶しそうに。
汚れでも払うように、あっさりと。
「な──!?」
『キャッハハハハハ!良いわ!その顔が見たかったの!』
『会いたくてたまらなかった相手に拒絶された時の、その理解不能って感じの顔!たまんないわ!』
腹を抱えてケラケラと笑うハミィ。
その様子を見て、沸々と怒りが込み上げる。
「──テメェ……ッ!」
『あーっと!まだやる気出すには早いわよ!本番はこれからなんだから!』
ハミィが手を前に伸ばして静止する。
それで止まるはずもなく、脚に力を込めてハミィめがけて跳ぶ。
拳を握りしめて、思い切り振りかぶる。
『──』
「っ!?どいてくれ!紫蜘蛛!」
ハミィを庇うように立ち塞がる紫蜘蛛に、思わず拳を握る力を緩める。
直後、紫蜘蛛の蹴りが腹に直撃した。
固い靴底がめり込み、胃の中身を押し出す。
「がっ──!?」
受け身を取る間もなく、地面に叩きつけられる。
そのまま二度、三度跳ねてからようやく止まった。
『せっかちさんは嫌われるわよー?』
『紫蜘蛛ちゃんも“落ち着け”って言ってるわ?』
手でメガホンを作って俺に向けて声を投げかける。
「そんなことしなくても、聞こえてるよ……!クソッ……!」
『あらそう?じゃあ、そこからなら見えるかしら』
ハミィが首元に触れて、何かを引っ張り出す。
『──これ、なーんだ?』
首元から出てきたのは、紫色のスカーフ。
俺と紫蜘蛛の“双縁”と、全く同じもの。
「──は?」
「どういう、ことだよ」
理解ができない。
紫蜘蛛は俺と憑き人になった。
今も俺の首には──
あるはずのスカーフが、無い。
何度も首元を確認するが、やはり無い。
色を失い黒く染まったスカーフが、どこにもなかった。
「なっ……は……?」
頭が真っ白になる。
何も考えられない、考えたくない。
『アッハハハハハハハ!!』
『最っっっ高!そうそう!もっと見せてちょうだい!その絶望に満ちた顔!』
『もうアンタなら分かるでしょ!このスカーフがどういう意味を持つか!』
ハミィがスカーフを後ろに流し、紫蜘蛛の手を掴む。
『さあ!行くわよ紫蜘蛛!』
『目の前の敵を、絞め殺しちゃいましょう!』
紫蜘蛛の身体が糸に変わり、ハミィの身体を覆っていく。
「嘘だ……」
「やめてくれ……!紫蜘蛛……!」
糸がハミィの身体にぴったりと張り付き、色がつくと同時に布がはためく。
背中に蜘蛛が描かれたパーカー。
蜘蛛の巣模様のハイソックス。
見慣れた意匠が次々と現れる。
『──さあ!覚悟なさい!』
『──アタシたちは、強いわよ!』
紫蜘蛛と同じ話し方で、ハミィが叫ぶ。
虚空を蹴りつけ、こちらに飛んでくる。
反応できない速度ではない。
なのに、身体が動かない。
身体よりも先に、心が折れていた。
蹴りが顔の横に飛んできて、初めて身体が動いた。
「っ!ぐっ──!」
かろうじて腕で受けるが、そのまま吹き飛ばされる。
受け身を取れず、そのまま壁に背中から叩きつけられる。
さらに追撃で、腹にヒールの棘が突き刺さる。
糸で先端を伸ばし固めて、深々と刺さるように変化させていた。
「がぁっ──!!」
『──ホラホラ、どうしちゃったのぉ?そんなに愛しの紫蜘蛛ちゃんが私に鞍替えしちゃったのがショックぅ?』
『──そりゃあショックよねぇ!この子を取り戻すために元々敵だった海月と憑き人になって!仲間と殺し合って!』
『──あげく、あんなにあなたを愛してた海月を振ってここまで来たのに!』
『──当の本人はとっくに心も身体も離れちゃってたんだから!』
『死ぬほどショックに決まってるわ!キャッハハハハハ!』
ヒールを執拗にグリグリと押しつけながら言葉をぶつけてくるハミィ。
心底から愉しそうで、腹の底が煮え繰り返りそうだ。
だが、怒る気力も湧かない。
ただ呻き、ハミィの言葉を聞き、痛みを受け入れることしかできない。
こうなる可能性も考えてはいたのに、いざ現実になるとどうしようもなくなった。
これは夢。
ただの、悪い夢。
そう思わないと、自分が壊れそうだった。
『──うっそ。ホントに何もしてこないじゃん』
『──じゃあ、もっとあなたで遊ばせてもらうわ!』
ヒールを引き抜き、糸で身体を縛られる。
されるがまま、殴られ、蹴られる。
糸で繋がれ、何度も振り回されては床や壁に叩きつけられる。
まるで人形を相手にする子供のような、無邪気な暴力に晒される。
俺を縛る糸が暴力に耐えきれず千切れる。
身体が宙を舞い、床に落ちる。
全身に青あざと切り傷、刺し傷。
骨も何ヶ所折れたかもう分からない。
まだ生きているのが不思議なくらい、満身創痍だった。
『──ふぅ。流石に疲れたわね』
『久しぶりに良いストレス発散になったわ!少し休んだら、第二ラウンドよ!』
「……紫、蜘蛛……」
意識が薄れていく。
紫蜘蛛と過ごした日々が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
今昔堂で初めて顔を見た時のこと。
初めて二人で怪異を倒した時のこと。
二人で冷やしカステラを食べた時のこと。
紫蜘蛛を傷つけてしまった、あの日のこと。
「……一言、謝りたかったな」
瞼が落ち、走馬灯も終わる。
命が、終わる。
『──暁人』
『──起きて、暁人』
──紫蜘蛛の声が、確かに聞こえた。




