海月と一つになった俺と、九尾との決着
──これは、悪夢だ。
主を失い、自分を見失い。
挙げ句の果てに、仲間をこの手で殺した。
──夢なら、覚めてくれ。
──これは、悪夢。
狐火を失い、自分を見失い。
挙げ句の果てに、八重原くんをこの手で殺した。
──お願いだから、早く目覚めて。
『──はあ』
『ここまでやるつもりは、なかったのだけど』
火那森先輩と狐火の声のあと、海月の声が響く。
「──なあ、海月」
「俺は、生きてるのか?」
真っ暗な視界の中、直前に見た光景を思い出す。
太陽を背負った九尾から放たれた、巨大な光の柱。
瓦礫に阻まれ、逃げる間もなく俺は光に呑まれたはず。
『ええ。生きてるわよ』
『それが、今の私の役目だもの』
淡々とした、海月の声。
『でも、ごめんなさい』
『“あのまま”だと、助からなかった』
『だから──』
『あなたの“全部”、借りてるわ』
瞼を開く。
水中のようにボヤけた視界が、徐々に鮮明になっていく。
目の前には、太陽を背負った九尾。
足元には、黒焦げになり崩れ落ちた神社。
──浮いている。
わずかに揺れる視界は、俺を包む水の球によるものだった。
水面に映る自分を見る。
クラゲのような三度笠。
縁には触手のような紙垂。
魔法使いのような衣服は、袖を捲った袴姿に変化している。
衣服と素肌が、同じ色になっていた。
「──これは」
水面に映るそれは、人ではない。
──怪異化。
『言ったでしょう。全部借りてるって』
『目の前のアレと同じ、あなたと私の混ざりものよ』
九尾が無言で炎の刀を複数飛ばしてくる。
片腕を振り、激流で瞬時に鎮火する。
『ごめんなさい』
『もう、手加減はできない』
両腕を水平に伸ばし、大量の水を背後に集める。
月光を反射した水鏡は、まるで背中に月を背負ったようだった。
『──』
九尾の頭上にあった太陽が、背中に移動する。
尻尾が大きく燃え盛り、翼のように大きく広がる。
『やる気、みたいね』
「あんな大技ぶつけて死んでないんだ、そりゃ本気にもなるだろ」
右手から触手を伸ばし、束ねて一本の薙刀を作る。
「さっき、火那森さんと狐火の声が聞こえた」
「何か、二人を助ける手段があるはずだ」
海月は無言で、九尾を見据えたままだった。
『言ったでしょ。私はあなたが生きてるならそれでいい』
『お友達を助けたいなら助けなさい』
『私は、目の前の脅威を排除するだけ』
──熱気と共に殺意が吹き荒ぶ。
九尾が、来る。
『──!』
九本の炎の刀を従えて飛び込んでくる。
刀は九尾を離れ、俺たちを囲うように動く。
『──水薙・烏帽子』
聞こえるかどうかの小さな声で、海月が呟く。
水鏡から青い薙刀が九本、射出される。
『──行くわよ』
九尾の刀を薙刀の刃で受け流す。
返す刀で突きを繰り出すが、わずかに首を振って躱される。
突き、薙ぎ、振り下ろす。
海月は上手く間合いを保ち、攻め続ける。
俺たちと九尾の周りでは、刀と薙刀が打ち合っていた。
死角から飛んでくる刀を打ち落とし。
こちらの薙刀もまた斬られて、落ちる。
気付けば俺たちを照らすのは月の明かりと、九尾の焔だけになっていた。
一進一退の攻防の中、どんどん空に昇っていく。
『──どう?何か思いついた?』
「……まだだ」
戦いは全て海月に任せて、俺はひたすら観察する。
九尾を殺さず、先輩と狐火を救う方法。
正直、何も分からないのが本当のところだ。
海月の呼吸が荒くなり、水鏡が小刻みに震え始める。
ただでさえ強い九尾を相手にしながら、死角から飛んでくる刀にも反応して、飛び回っている薙刀を操作しなければならない。
疲れが出るのも当然だろう。
だから、早く見つけないと。
何か、何か──
「──あの仮面、狙えないか?」
九尾を見るうち、そんな言葉が口を突いた。
四つ目に光が灯る、禍々しくも神々しい狐の面。
妙にそれが気になった。
『何か、根拠はある?』
『壊すことはできるけど、もう余裕がないわ』
「……根拠は、ない」
「ただの直感だ」
確信はない。
止まるかもしれないし、逆にさらに強くなるかもしれない。
もしかしたら、あの仮面に先輩と狐火が宿っていて、壊せば二人とも死んでしまうかもしれない。
それでも、俺にはあの仮面に何かがあるとしか思えなかった。
『失敗すれば、みんな死ぬわ』
『私も、あなたも、お友達も』
最後の警告と言わんばかりに、海月が口にする。
先輩たちのことを勘定に入れてくれているあたり、気は遣ってくれているようだった。
だから──
「──俺を信じろ。俺は海月を信じるから」
真っ直ぐに答える。
根拠のない無謀な策。
それでも、海月はかすかに笑ってくれた。
『──分かった。あなたを信じる』
『水薙・獅霊──』
言葉と共に、赤い薙刀が新たに作られる。
触手の薙刀を解き、刃先から血のような液体が滴るそれに持ち替える。
『機会は一度しかないわ』
『あなたがモノにしなさい』
首元の布を引っ張り、口と鼻を隠す。
『──』
九尾が刀を引き戻す。
九本の炎刀が手元の刀に重なるように集い、一本の刀に統一される。
餓者髑髏の首を落とした、あの光の刀だ。
日輪は一層輝きを増し、世界を照らし焼き尽くそうとする。
海月の水鏡は、音を立てて蒸気に変わり始めていた。
『──っ。これじゃ本当に、溶けそうだわ……』
〈もう決めないと後がないな──〉
薙刀を大きく振り回し、辺りに液体をばら撒く。
液体は九尾の熱気で瞬く間に蒸発していった。
俺たちの様子を見た九尾が刀を構え、尻尾の炎を吹き上がらせる。
直後、ジェット機のような速度で一気に距離を詰めてきた。
距離が縮まるほどに熱気は強まり、笠や布に火がつく。
それでも構わず、熱気を払うように薙刀を振り回し続ける。
「構うな、このまま──!」
九尾が光の刀で突きを繰り出す。
いつ繰り出されたのか分からないほどの、刹那の一撃。
──だが。
その一撃は、俺たちには届かなかった。
『──!?』
九尾が初めて動揺を見せた。
確実に当たっていたはずの刀は、俺たちの眉間スレスレで止まっていた。
『──毒霧の味は、どうかしら?』
意地悪い海月の声の直後、九尾の身体が震え出す。
刀を手放し、震える身体を抑え込むように丸くなる。
『今よ』
「ああ──!」
薙刀を振り上げ、九尾の顔に向けて振り下ろす。
俺の動きを見た九尾はなんとか躱そうと足掻いたが、それが仇になった。
「はっ──!」
狙い澄ましたように、一閃。
甲高い破砕音が空に響く。
九尾の仮面が、二つに割れた。




