俺を否定する俺と、向き合う俺
『──オラ起きろ。寝てんじゃねェ』
首を掴んで、持ち上げられる。
締め上げられて息ができなくなり、目が覚める。
『ったく、人間辞めてんだかそうじゃねえんだか分かんねえな』
目が覚めたのが分かると、そのまま雑に放り投げられた。
「……っテメェ……!」
転がって衝撃を柔らげつつ、立ち上がる。
さっきからずっと八重蜘蛛に弄ばれている。
俺の攻撃は当たらず、向こうの攻撃は当たる。
気を失えば即座に叩き起こされる。
すでに立っているだけで精一杯だ。
俺とアイツの精神世界なのに、向こうの方がずっと強い。
俺だって、怪異と戦ってる時と同じくらいの身体能力になっているはずなのに。
紫蜘蛛がいれば。
彼女がそばにいてくれれば──。
『──今、あの蜘蛛女のこと考えたな』
「──っ!」
まただ。
俺の考えていることを的確に言い当てる。
俺はアイツのことが何も分からないのに。
顔をしかめ、跳ぶように俺に近づく。
速すぎて反応が追いつかない。
『だからテメェはダメなんだよ!』
『いい加減気付いてんだろ!』
『こうなった“原因”があの蜘蛛女だってよォ!』
四本の蜘蛛脚が切り裂きにかかる。
微妙にタイミングをずらしてきて、回避ルートを潰してくる。
「つあっ──!」
結局、避け切れずに全て喰らった。
致命傷ではないが、かなり深い傷を負った。
吹き飛ばされて地面に転がる俺の胸を、八重蜘蛛が踏みつける。
ジリジリと踏みつける力を強めながら、八重蜘蛛が俺の首に糸を括っていく。
「がっアァッ──!」
息が詰まる。
このままだと、心臓を踏み潰されるか、絞め殺される。
『──俺はお前が紫蜘蛛から力を奪い取った時に生まれた』
『だがな、“生まれただけ”だ。ほっときゃそのうち消えるはずだった』
『それがどうしてここまでデカい存在になれたと思う?』
一拍置いて、ニヤリと笑う。
『──答えは一つ』
『──お前が紫蜘蛛を受け入れたからだ!』
『お前があの女を受け入れなけりゃ!』
『お前が毎日のように怪異に首突っ込まなきゃ!』
『今ごろお前は人間のまま、八重原暁人として一生を終えられたんだよ!』
糸を手繰られ、宙吊りにされる。
首を吊られた囚人のようだ。
八重蜘蛛はそんな俺を嘲笑うように続ける。
『お前はアイツに依存している』
『アイツがいなきゃ戦えない。誰も救えない』
『あの蜘蛛女も同じだ。お前がいなきゃ存在できない』
『だからお互い求め合う。力を、拠り所をな!』
首の糸が緩んだと思った瞬間、思い切り腹を蹴飛ばされる。
もう、意識を保つのも難しい。
霞んだ視界で、なんとか八重蜘蛛を捉える。
『ホントは嫌なんだろ?人間じゃなくなるのが』
『このままいけば、狐野郎や蛇女に殺される』
『覚悟はできてるとか言いながら実際はこれだ』
『死ぬ覚悟も添い遂げる覚悟も出来てねえ半端者』
両手の爪が鋭く尖る。
額に新たに目が二つ開き、いつか見た四つ目の怪物になる。
『──だから俺が代わってやるよ』
『俺がお前の代わりに蜘蛛女を殺す』
『そうすりゃ戦えなくなってお前はただの八重原暁人に逆戻りだ』
──やめろ。
『まああの狐野郎や蛇女共との関わりも消えるだろうが、人間に戻れるんだから安いもんだろ?』
──やめろ。
『俺が消えた後は──どうだろうなァ?』
『もう何も、残っちゃいねェかもなァ──!』
「──やめろ!!」
怒声と共に、背中から蜘蛛脚が伸びる。
自分の身長よりも長く、鋭く。
八重蜘蛛を刺しにいく。
『──ッ』
八重蜘蛛が身を翻して躱す。
初めて、後ずさった。
「──ようやく分かったよ」
「お前は、俺だ」
目の前の異形と化した自分を見据える。
全身に力が戻ってくる。
真っ直ぐ立つことすらままならなかった身体が、直立する。
「俺が今まで目を逸らしていたことを突きつけてきた」
「人間じゃなくなることも嫌だし、火那森さんやいぶきさんに殺されるのも、関われなくなるのも嫌だ」
「かといって紫蜘蛛と離れるのも嫌だ」
八重蜘蛛が顔をしかめる。
俺の言葉を拒絶するように蜘蛛脚を突き出す。
だが、どれも当たらない。
無意識に、俺の蜘蛛脚が応戦していた。
「──だから俺は、全部取る」
「紫蜘蛛も」
「仲間も」
「俺自身も」
「全部、守ってやる!!」
自分への決意表明。
我ながら強欲で傲慢だが、どれも取りこぼしたくないのは本心だ。
言葉の直後。
全身に走っていた痛みが消える。
傷が塞がり、折れかけていた心が元に戻る。
力が漲る。
まるで、アイツの力が流れ込んでいるように。
今まで以上の力が、身体を満たしていた。
「お前も俺なら、俺に手ェ貸せ──!!」
跳ぶように、八重蜘蛛に突撃する。
襲いくる蜘蛛脚の全てを、自分の蜘蛛脚で斬り飛ばす。
八重蜘蛛が糸弾を放つ。
顔面、心臓。
急所を撃ち抜くような軌道。
「──!」
弾が見える。
八重蜘蛛の次の動きも。
最小限の動きで糸弾を避け、床を蹴り上げて八重蜘蛛の頭上を跳ぶ。
翻りながら糸を放ち、残った手足を拘束する。
「──終わりだ!」
背後に着地する。
奴が振り返るより先に、右手を突き出した。
肉に食い込み、裂いていく感触。
抵抗感が消える。
空を掴むような感覚だけが手に残る。
俺の腕が、八重蜘蛛の胴を貫いた。




