夜は終わり、朝がくる
雨の降る中、いぶきさんの元に跳ぶ。
彼女は、雨を楽しむように佇んでいた。
『──どうでしたか?私たちの戦いは』
目を細め、微笑みながら俺に問う。
姿は大きく変わったが、中身は変わらずいぶきさんのままだった。
「正直、神様でも見てるかのような気分でした。雨と蛇──というか、龍を操るなんて」
思わず見惚れてしまうほどの、人界離れした現象。
世が世なら奇跡を起こす神の遣いとして崇められていそうだ。
『そう言っていただけると、見せた甲斐があったというものです』
『これが、私たち憑き人の到達点の一つ』
『人と怪異が共に歩んだ先にある姿です』
言葉と同時に、雨が止む。
二匹の蛇龍も姿を消した。
『八重原様。あなたも、私たちのようになれる可能性があります』
『しかし、確実ではありません。あなたも紫蜘蛛様も、危うい部分がありますから』
「……もし道を間違えたら、どうなるんです?」
恐る恐る、聞いてみる。
俺も紫蜘蛛も、今のところは上手くやれているつもりだが、いぶきさん的には違うようだ。
『最悪、あなた自身が怪異に堕ちる』
『あるいは、怪異でも人でもない“なにか”になる』
『そうなれば、私たちだけでなく怪異からも狙われる。あなたは世界の敵になってしまうのです』
真剣な瞳で、俺と俺のスカーフを見る。
まるで、紫蜘蛛にも言い聞かせるように。
「もしかしたら、あの蜘蛛の怪異が俺の末路ってこともあるわけか……」
餓鬼に捕らわれた時に脳裏をよぎった、あの映像を思い出す。
獣のように吼えながら、縦横無尽に暴れる蜘蛛の怪人。
『先ほどのあなたは、間違いなく人間よりも怪異に近い存在になっていた』
『怪異と一つになればさらに強くなれる反面、人間に戻れなくなる可能性も高くなる』
『どうか、そのことを忘れないでくださいね』
それだけ言って、いぶきさんが屋上の端に歩き出した。
『さて、そろそろ降りましょうか。みなさん待っているでしょうから』
振り返って、ニコリと微笑む。
──俺たちも、ああなれるだろうか。
──いいえ、なれるようにしましょう。
糸で結ばれたように。
言葉を交わさなくとも、紫蜘蛛の意思が伝わってくる。
俺たちは共に歩む。
そう、決意した。
下に降りると、加古川さんが車を出して待っていた。
車内では先輩が眠っている。
狐火は隣で見守っていた。
「ひとまず酒街くんの家まで送っていくよ。その後は──」
「今日は泊まっていってください。空いている客間がありますから」
怪異化を解いたいぶきさんが助手席を開けて話す。
加古川さんも働き詰めだった。
ここからさらに運転も、というのは辛いだろう。
「それじゃ、お言葉に甘えようかな。さあ乗って。着いたら起こすよ」
いぶきさんが助手席に、俺は先輩の隣に乗り込む。
狐火が霊体に戻って先輩の中に収まったことで、後部座席に余裕ができた。
車が走り出し、心地よく揺れる。
あっという間に、意識が落ちた。
翌朝、目が覚めるとベッドの上だった。
起こすと言っていたのに、結局ベッドまで運んでくれたようだ。
『──おはよう、暁人。よく寝てたわね』
横を向くと、紫蜘蛛の顔が目の前にあった。
「っ!?ビックリした……普段は俺の中で寝てるのに」
『──この寝床、心地良さそうだったから』
『──それに、あんなこと、しちゃったし』
少し顔を赤らめて、顔をそらす。
……ああ、あの甘噛みのことか。
『──もっと、暁人を近くに感じたかったの』
『──迷惑、だった?』
「そんなことはない。ちょっと驚いただけで、近くにいて欲しいのは俺も同じだよ」
紫蜘蛛の問いに、即答した。
迷惑なわけがない。
むしろ、今じゃいないと寂しいくらいだ。
「さて、起きるか。朝飯はあるかな」
『──なかったら、困るわ』
二人でベッドから出て、扉の方へ向かう。
首の辺りに違和感を覚えた。
「……紫蜘蛛、もしかして俺が寝てる間に噛んだか?」
『──噛んで、ない』
顔を逸らして、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
「……やられたな、こりゃ」
──まあ、いいか。
紫蜘蛛が喜ぶなら、身体くらい。
──本当に?
また、俺じゃない俺の声が聞こえた気がした。




