堕ちる餓鬼大将
『──火那森さん?』
大きな炎を纏った先輩へ声をかける。
いつもよりも火力が数段高まっていて、本当に火那森先輩なのか疑わしかった。
先輩が剣と槍をカゲロウから引き抜き、俺を見る。
「八重原くん……よね?」
先輩が首を捻りながら聞いてくる。
向こうも俺が本当に俺なのか疑っている。
──当然か。
今の俺は、半分紫蜘蛛と混ざったような見た目をしている。
人間よりも、怪異に近い。
『──はい。見た目は変わってますけど。』
両手を広げて、アピールする。
「これはこれは……八重原くんも随分と……」
加古川さんが俺を頭からつま先まで見る。
その目には、様々な感情が混ざっていた。
《ご主人!ご主人はいる!?》
先輩の握る槍が震える。
その槍、白來だったのか。
──なぜ白來が先輩に憑いているのか、その疑問は飲み込んだ。
「──ここです。白來」
横倒しになった机の裏から、いぶきさんが出てくる。
『ご主人!お姉ちゃん!無事で良かった!』
槍が白來に姿を変えて、いぶきさんの元に跳んでいく。
白來が離れた瞬間、先輩の炎の勢いが弱まっていき、姿が見慣れたものに戻った。
《すみません八重原様。助太刀できずに……》
申し訳なさそうに墨香が呟く。
『──いや。俺の方こそすまない』
『──いぶきさんたちへの配慮が、足りなかった』
餓鬼とカゲロウしか見えてなかった。
いぶきさんのことまで、頭が回っていなかった。
俺とカゲロウが戦ってる間、墨香が必死に守ってくれたんだろう。
それでも、この部屋の惨状でいぶきさんが無傷なのは、奇跡だ。
『……全く、楽しそうに話すな。君たちは』
『──っ!?』
もう聞こえないはずの声が聞こえた。
声の主──赤羽カゲロウを見る。
彼はバーカウンターの下で、力なく倒れ伏していた。
あの刺突を受けたんだ。
生きているはずがない。
『エンタメというものを分かっていないな』
『こんなにあっさり勝負がついたら、リスナーが白けるだろう』
カゲロウの元に餓鬼たちが這い寄るように集まってくる。
『──待て。まさか』
糸弾で餓鬼を拘束する。
だが、拘束した連中を乗り越えて餓鬼たちが次々と群がってくる。
先輩といぶきさんも餓鬼を処理する。
皆で何体倒しても、止めどなく湧いてくる。
『ここからがハイライトだ。リスナー諸君』
『この僕にこれほどの狼藉を働いた不埒者を、物理的にBANする時間だ』
餓鬼たちがカゲロウを覆い尽くす。
カゲロウに近い個体から、呑まれるように消えていく。
《マズイな。コイツ、餓鬼を食ってやがる!》
『──早く引き剥がさないと手遅れになる!』
先輩と狐火が餓鬼を炎で焼き払い、俺が糸で強引に引き剥がす。
いぶきさんが墨香の水で押し流し、加古川さんがお札の結界でこれ以上餓鬼が近寄らないように壁を張る。
『もう遅いよ、諸君』
カゲロウの声が響く。
直後、餓鬼の山から巨大な口が現れ、まとめて喰らった。
『傷は塞がった。力も溢れてくる』
『皆の思いが、応援が!僕を強くしてくれる!』
カゲロウの腕が巨大化する。
その勢いのまま、先輩を殴り飛ばした。
《主!》
「──っ!」
ギリギリ防御は間に合ったようだが、そのままガラスを破り、外へと突き飛ばされた。
『──火那森さん!』
助けに行こうとするが、足を掴まれた。
『さっきのお返しだ。そこにいろ』
メキメキとカゲロウの身体が肥大化する。
空間がカゲロウで埋め尽くされる。
俺を除いた全てが、窓際に押しやられていく。
「酒街くん!こっちだ!」
加古川さんが窓の外に札を二枚浮かせ、飛び乗る。
いぶきさんも加古川さんを追って隣の札に飛び乗る。
「白來は!?」
「僕は見ていない!どこかに隠れてるんじゃないか!?」
『──白來は俺が探します!』
『──二人は避難を!』
二人の姿が、カゲロウの肉で見えなくなる。
どうやら、部屋全体がカゲロウの身体で埋まったようだ。
『──クソッ!出られない……!』
全力でもがくが、変化はない。
むしろ、肉の圧が強くなる。
このままじゃ、押しつぶされる。
『──っ!!』
骨が軋む。
死が見えた瞬間。
脳裏に、映像が流れた。
夜の校舎。
赤い四つ目。
咆哮と共に餓者髑髏に挑む、八本足の怪異。
──これは、俺か?
──そうだ。俺だ。
俺じゃない俺が、そう言った気がした。
瞬間。
体の内側から力が爆発する。
黒い霧が身体を包み、蜘蛛の脚が作られる。
凄まじい力で、蜘蛛の脚が肉を押し除けていく。
『──⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎ッ!!』
脳裏の映像と同じ叫びをあげて、全身に力を込める。
蜘蛛脚で肉を切り裂き、自分の両腕で押し除ける。
前へ、前へと突き進む。
最後の血肉を切り裂くと、そのまま外に飛び出した。
下を見ると、遥か下に小さな車のライトの光が行き交うのが見えた。
糸を放ち、そのままマンションの壁面に飛び移る。
壁面に張り付き、ガラスに映る自分を見る。
背中から蜘蛛の足が四本生え、瞳は紫と赤のオッドアイになっていた。
──さっきよりも、さらに怪物に近づいた俺がいた。
『アァ──実ニ、良イ気分ダ』
低く、腹の底に響くような声が空に響く。
上──マンションの最上階を見る。
そこにいたのは、屋上に座り込む巨大な餓鬼だった。
抜け落ちてまばらになった赤い髪の毛。
醜く太り、歪み切った顔。
隆々とした腕と、風船のように膨らんだ腹。
上半身に対し、異様に細く貧弱な下半身。
もう、幻のNo. 1ホストは見る影も無かった。
「八重原くん!無事──」
「──っ!?」
下の方から、先輩が炎の尻尾を吹かしてジェット機のように飛んでくる。
俺の姿を見て、目を丸くして刀を構えた。
『──大丈夫です。火那森さん』
『──俺は、俺です』
先輩の目を見て、まっすぐ答える。
「……良かった。また、前みたいになったのかと」
安堵した様子で、刀を下ろす。
《それよりもアレ、ヤバいんじゃない?》
狐火の声が響く。
二人で改めて屋上の餓鬼大将を見る。
「なんて醜い……」
「──人から奪うことでしか満たせなかった悲しい存在の果てが、あれですわ」
呟く先輩の隣に、加古川さんといぶきさんが並ぶ。
「いやはや、餓鬼大将らしい姿になったねぇ」
「──さて、どうしたものかな」
加古川さんが顎を撫でながら思案する。
『──俺が行く』
壁面に八本足で張り付き、餓鬼大将を見据える。
切り裂けば血が出る。
なら、いずれ殺せる。
《待ってください八重原様。アレに一人で挑むのはあまりにも無謀です》
跳ぼうとする俺を墨香が諌める。
《ああ。それに、アイツは今も街中の欲求を奪ってる。まだ強くなるぞ》
街の方を見ると、色とりどりの煙のようなものが、夜空を漂いながら餓鬼大将に吸い寄せられていた。
足元からは餓鬼がよじ登り、呑まれていく。
煙を鼻から吸って、恍惚とした表情をしている。
『サッキノ羽虫タチハ、マダ見テイルダケカ』
餓鬼大将がゆっくりと動き出す。
俺たちを見ると、顔を歪めて笑った。
『アァ……良イナァ、ソノ刀。ソノ札。ソノ能力』
『寄越セ。全テ──!』
腕を壁面に食い込ませ、虫のように這って俺たちに近づく。
『──気持ち悪いな』
「近寄らないでくださいます?」
「あげるわけないでしょ、あなたみたいな奴に!」
「商売道具だからね、これ」
全員が一斉に壁から散開する。
俺は糸を使って壁面と宙を跳び回る。
火那森さんは尻尾の炎を吹かして飛び回り、加古川さんといぶきさんは札に乗ったまま離れていった。
『僕ガ寄越セト言ッタンダ。従エ──!』
餓鬼大将が背中から無数の触手を伸ばして俺たちを捉えようとする。
よく見ると、餓鬼たちが押し固められた悍ましい造形をしていた。
『──趣味が悪いな、本当に!』
加古川さんが移動しながら展開した札の壁へ、俺が糸を張る。
糸を軸に壁や宙を移動しながら、糸で触手を切り落とす。
「やぁ──っ!」
「はぁっ──!」
先輩といぶきさんが飛び回りながら、炎と水の斬撃を飛ばして餓鬼大将を攻め立てる。
直撃しているのに、意にも介さず襲ってくる。
それどころか、ついた傷が即座に治っていく。
「ダメ!傷が塞がる!」
《しぶといなぁ!いい加減にしてくれよ!》
先輩と狐火が苛立ちを見せる。
触手も無尽蔵に生えてくる。
街に人がいる限り、こいつを見る人がいる限り、この怪異は死なない。
「白來がいれば、もう少し手数が増やせるのに──!」
いぶきさんが歯噛みする。
直後。
『──ごめん、ご主人!待たせちゃった!』
空から、白來が落ちてきた。




