紫蜘蛛と混ざる
──身体が軽い。
自分で動かしているのに、身体が先に最適解を選び取っているような。
餓鬼がどこからどう攻めてくるのかが分かる。
まるで後ろにも目がついているように。
『──そこだ』
振り返ることなく、鞭のように糸を振る。
背後に飛びかかってきた餓鬼たちの首をまとめて刎ねた。
足元に群がる輩をバク宙で回避する。
ついでに蹴り飛ばしておいた。
そのまま天井に張り付き、口と鼻を塞ぐように糸を撃つ。
粘度を高めた特別製だ。
一度張り付けばもう取れない。
窒息して終わりだ。
あっという間に、カゲロウが呼び出した餓鬼たちは全滅した。
『──もう終わりか?』
ゆっくりと、天井に立つ。
マントとスカーフが、天井に向かって垂れた。
俺とカゲロウ、それぞれ別の重力に従っているようだった。
『……なるほど、面白い』
表情を変えないまま、カゲロウが呟く。
『終わりかという問いの答えは、ノーだ』
カゲロウが右手を振り上げる。
餓鬼が複数、また湧いてくる。
『──雑魚をいくら呼んでも、結果は同じだぞ』
『いや?──ここからさ』
おもむろに餓鬼の頭を掴み──
喰らった。
『──なに?』
骨を砕き、内臓を噛み潰し、全身を喰い尽くした。
『ふぅ──さて、第二ラウンドといこうか』
『フンッ──!』
掛け声と共に、カゲロウの身体が膨らむ。
ジャケットとワイシャツが弾け飛び、隆々とした筋肉が露わになる。
筋肉の膨張が落ち着く頃には、俺の倍以上に体躯が大きくなっていた。
『──今のシーン、配信に映して良かったのかよ』
『──リスナー引いてるだろ』
あまりにもスプラッタすぎる。
普通なら配信を止められると思うが。
『心配いらない。彼らには僕が食事をしながら話しているようにしか見えていない』
『そういう風に、錯覚させている』
『彼らが僕を見る時間が、僕に貢ぐ金が、僕の力になる。今の食事はそれをもっと分かりやすい形で示したんだ』
一体の餓鬼の頭を掴み、持ち上げる。
『ここにいるこいつらは、僕に貢いでも満たされないまま死んだファンたちだ』
『彼らの未練が詰まったこの身体は、僕にとって最高の栄養なのさ』
言い終わると、餓鬼の腕を食いちぎった。
片腕を失った餓鬼はそのまま床に捨てられ、頭を踏み砕かれた。
『──とことん他者から奪うんだな、お前は』
冷めた瞳でカゲロウを見る。
こいつは、俺に勝てるまで餓鬼を食い続けるつもりだ。
『奪う?違うね。頂いてるんだよ。彼らの人生の全てをね』
『──インフルエンサーとは、そういうものだろ?』
醜く顔が歪む。
笑顔のつもりなんだろうが、紛れもなく餓鬼の顔をしていた。
『──本性表したな、餓鬼大将』
天井に張り付き、低く構える。
カゲロウを見据えていた。
はずだった。
──奴が、消えた。
『──!?』
『こっちだよ』
声と同時に、天井が砕かれる。
天井から剥がされ、落下しながら振り返る。
カゲロウが背後に回り、拳を叩き込んでいる。
『──チッ』
一体喰っただけでこれか。
これ以上喰われる前に倒さないと。
カゲロウが拳を引き抜き、こちらに瓦礫を投げつける。
手元で蜘蛛の巣を作り、飛んでくる瓦礫を受け止めて弾き返す。
お互い着地して、同時に跳ぶように駆け出す。
同時に踏み込み、拳を突き出す。
ぶつかり合った衝撃で、家具が倒れ、ガラスにヒビが入った。
『今ので骨を砕いたと思ったんだが。まだ力が足りないかな?』
『──勘弁してくれよ』
拳を引き、カゲロウはもう片方の拳を振り抜いてくる。
風の流れで察知して、カゲロウの股の間に滑り込む。
抜ける直前、両足を糸で床に留める。
そのまま床に手をつき、跳ね上がるように上半身にしがみつく。
『鬱陶しいぞ。羽虫め』
俺を掴もうと腕を振り回すが、糸を出しながら身体を這い回って逃げ回る。
『──羽虫じゃない。蜘蛛だ』
一言残して、頭を蹴飛ばして離脱する。
糸を引き絞ると、カゲロウの身体は自分を抱きしめるような格好で拘束された。
『──その首落として、終わりだ』
手首から細い糸を出す。
ピアノ線のように強い糸だ。
首を刎ねるくらい簡単にできる。
『おいおい、これで終わるはずないだろう?』
『リスナーはまだ見たがってるんだ。僕の美しい姿を。強い姿を』
ミチミチと音がする。
カゲロウを拘束した糸が千切れていく。
『──!』
糸の切れ目を補強するように糸弾を放つ。
だが、遅かった。
『ハァッ──!』
糸が、千切られた。
カゲロウが俺の方を向く。
ニヤリと笑い、脚に力を込めて──
床が、破壊された。
『──!?』
凄まじい熱気が吹き込んでくる。
炎の傘の下に、誰かいる。
「──八重原くん!」
叫びと共に、先輩がカゲロウに突っ込む。
槍と刀が深々と刺さる。
カゲロウの巨体は、バーカウンターに縫い止められて、ようやく止まった。




