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怪異に殺された俺は、“憑き人”として怪異を狩る  作者: 狛野カムイ
新たな憑き人とデスゲーム

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紫蜘蛛に食われる

エレベーターが無機質に最上階に着いたことを知らせる。


扉が開くと、そこは見たことがない豪邸だった。


白を基調とした内装と家具。

それらを優しく照らす橙色の灯り。

色味は揃えているが、全体の雰囲気はまとまりがない。

欲しいものをそれっぽく配置したような、乱雑な部屋。


ベランダには夜景を見下ろすジャグジー。

キッチンの方は配信映えを狙ったバーのように無数の酒瓶とグラスが並んでいる。


リビングのホームシアターの前に、カゲロウが座っていた。


『やあ、待っていたよ』


SNSで見た通りの男が、立ち上がる。


「あのエレベーターで何のギミックも設置しなかったことは褒めてやる」


『ああ。アレは僕も使うからね。下手なことをすると主催の僕が怪我をする』


ゆらりと体重を足から足へ移しながら、カゲロウが答える。


『それに、困難を乗り越えた後の緊張を肩透かしで解かれた時のリアクションも、ウケが良いんだ』


『もっとも、君たちは期待した反応をしてくれなかったがね』


「それは、残念でしたわね」


いぶきさんが剣を握る手に力を込める。

剣が徐々に水を纏う。


『おっと、ここで暴れるのは止してもらおう』


カゲロウが手をかざした直後。


動けなくなる。

力が入らない。

糸を、出せない。


いぶきさんも似たような状態だった。

剣が纏っていた水は消え、手から滑り落ちた。


『それにしても、君たちも変なところで抜けているね』


悠々と、カゲロウが俺たちの周りを歩く。


『ここまで僕の用意したギミックを乗り越えてきて、本丸の我が家になんの対策も無しに乗り込んでくるなんて』


『何もしない訳がないだろう?』


カゲロウが横目で俺たちを見下す。


ギチギチと、身体を軋ませながら掴み掛かろうとする。

だが、少しも身体は動かなかった。


『これで君たちの持ち物を奪い放題だ』


『ああ、服は奪わないよ。配信がBANされるからね』


手を下ろし、揺らしながら俺の方に近づく。


『まずは、さっき奪り損ねたソレだ』


「触るな!!」

《──触るな》


俺たちの声を無視してスカーフに手を伸ばし、掴む。


『──おや?』


軽く引っ張るが、動かない。


『──なるほど、そういうことか』


何かを察して、手を引く。


『君たちの繋がりは異質なようだ。これでは流石の僕も奪えない』


やれやれといった具合に、首を振る。

また、手をかざす。

人差し指で俺たちを差す。


「……なにする気だ」


『なに、簡単なことだ』


『──欲望を、解放する』


カゲロウが、指で何かを押し込むような仕草をする。


瞬間、心臓が内側から掴まれたように大きく跳ねる。


「がっ──!?」


一瞬で、意識が飛んだ。


──目を開けると、前にも見た景色があった。

真っ暗な世界に、不自然に白い蜘蛛の巣。


俺と紫蜘蛛の、夢の中。


ただ、以前と違うことがある。

身体が、縛られていた。


いつも助けられていた、紫蜘蛛の糸に。


天地の感覚もない。

蜘蛛の巣にかかっているかのように、手足が宙に浮いていた。


──キシ、キシと。


彼女が近づく音がする。


そこにいた紫蜘蛛は、普段と少し違っていた。


擦り切れそうな目隠し。

伸びた爪。

足元は裸足で、着物の端々が切れている。


そして何より。

頭にツノが生えていた。


『──暁人』


紫蜘蛛の声が鼓膜を震わせる。

聞きたくて焦がれた事さえあった声が、額から冷や汗を流させる。


『──暁人。私が見える?』

『──私の声、聞こえる?』


紫蜘蛛が目の前に立ち、俺の頬に指で触れる。

心を落ち着かせてくれた温もりは、そこにはなかった。


「……ああ、見えてる。聞こえてるよ」


なるべく心を平静に保つ。

目の前の彼女は、いつもの紫蜘蛛だ。

そう思うしかなかった。


『──そう。よかった』


紫蜘蛛が淡々と返す。

こういう時、彼女はわずかに微笑んでくれたんだが。


表情は変わらなかった。


『──ねえ。暁人』

「……なんだ、紫蜘蛛」


ゆっくりとした会話。

今まで感じたことのない、重さを感じた。


『──あなたは、今の私を受け入れてくれる?』


首を傾げて、問いかける。


「──ものによる」


今さら命を奪うつもりはないだろうが、少しだけ、躊躇いが出た。


『──そう。それじゃあ──』


顔を近づけて、耳元で囁く。


『──暁人を、食べたい』


「──っ」


脳が蕩けるような、甘い声。

喉が、勝手に鳴った。


「……それは、俺を食い殺すってことか?」


『──それは、どうかしら』


はぐらかされた。


──だが。


「……怖くないわけじゃない」


声が震える。


普段とは違う姿。

獲物を誘い、舌なめずりするような声。


もしかしたら、本当に食われるかもしれない。

それでも。


「──でも、紫蜘蛛になら、食べられてもいい」


何故か、それも悪くないと思えた。


『──本当に、いいの?』

『──もう、戻れなくなるわ?』


珍しく確認をとってくる。

それでも、答えは変わらなかった。


「とっくに覚悟は決めてるからな」


真っ直ぐ紫蜘蛛の顔を見る。

俺を縛る糸が、少しだけ緩んだ。


『──じゃあ、行くわ』


紫蜘蛛が首筋に顔を近づける。


そのまま。


──カプリ。


甘く、歯を突き立てた。


「っ──」


少しの痛みと、その直後に自分の血と紫蜘蛛の熱がじんわりと襲ってくる。


紫蜘蛛は、そのまま食いちぎるでもなく、ゆっくりと食むように口を動かす。


血と唾液が潤滑剤となって、くすぐったい。


紫蜘蛛の口元から液体が溢れる。

身体に滴る感覚が、ゾワリと背筋を震わせる。


『──はぁ……っ美味しい……』


首筋から口を離し、恍惚とした表情を見せる。


口元から僅かに垂れる血と唾液が、妙に艶かしく感じた。


『──もっと……もっと……』


反対の首筋にも、同じように歯を立てる。

今度は抱きついて、爪を立てて引っ掻いてくる。


──痛い。


なのに、不快感がない。


それどころか、紫蜘蛛の嗜虐欲を受け入れている事に、快感を得ている。


理性が押し流されそうになる中、カゲロウの言葉を思い出す。


欲望の、解放。


俺を傷つけようとするのが紫蜘蛛の欲望なら、それを受け入れようとするのが、俺の欲望か。


──それなら。


「──どうした紫蜘蛛。まだ、足りないんじゃないか?」


わざと、誘うように煽る。


紫蜘蛛は俺を傷つけたい、食ってしまいたい。

だが、それをしたくない。


その矛盾が、きっとこの甘噛みだ。


──受け入れる。

紫蜘蛛の欲も。

俺の欲も。


「……まだ、食えるところは、あるぞ」


『──暁人。本当に、戻れなくなるわ』


紫蜘蛛の息が荒くなる。


『……お前の全てを受け入れたい』


『それが、俺の欲だ』


『だから、どうなろうと後悔はない』


『それこそ──食われて終わることになっても』


もしかしたら、もう理性なんてないのかもしれない。


──死ぬことすら、受け入れているのだから。


『──じゃあ、遠慮なくいくわ』

『──もう、止められない、から』


身体のあちこちに傷がつく。

血が流れる。


それでも全てを受け入れる。

紫蜘蛛が満足するまで。


どれほど続いたのか、分からない。


時間の感覚は曖昧で。

痛みも、熱も、快感も。

全ての境界が溶けていた。


だが、こんなにも終わってほしくないと思えたのは、初めてだった。


『──バカな』


浮き上がってきた意識の中で、カゲロウの声が聞こえる。


『お前たち』


指示を出す声。

ギャアギャアと、やかましい声。


冷たく、不快な何かが身体に触れた瞬間。


──目が覚める。


身体の内から力が爆発する。

周りを囲っていた何か──餓鬼たちが一瞬で消し飛ぶ。


そのまま身を翻し、立ち上がる。


とても、軽い。


『なんだ、その姿は』

『何をしたんだ?』


不快感を露わにした、カゲロウの声。


窓ガラスに写った自分を見る。


紫に輝く右目。

頭の右側にだけ生えた、紫蜘蛛と同じツノ。

右肩と腰の左側に、蜘蛛の巣を模したマント。

左腕と右足は、黒く鋭い爪が伸びている。


忍を模した装束は、面影をほとんど残さず様変わりしていた。


『──さあな、俺にも分からない』

『──だが、これならお前と戦えそうだ』


俺の声が、紫蜘蛛と同じような話し方をしていた。

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