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死んだはずの俺を生き返らせたのは絡新婦で、そのまま怪異と戦うことになった  作者: 狛屋カムイ


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3/13

笑う絡新婦と、その手を取った俺

無限にも思える時間が過ぎた。

この場にいる全員が、限界まで張り詰めた糸のように緊迫している。


堰を切るように、加古川さんが目の前の女─"絡新婦"に話しかける。


「君に名前はあるかな?いつまでも"絡新婦"では、色々と不便だろう?」


《─紫蜘蛛(むらくも)─》


また、糸を伝うように俺に聞こえてくる。

どうやら、俺にしか聞こえていない。


敵意はない──ように思える。


「紫蜘蛛……その子の名前だ」

無意識に、口にしていた。

さっきまで胸を焼いていた怒り─俺を死なせたことへの激しい憎悪はどういう訳か、ほとんど静まっていた。


女が─紫蜘蛛がはっきりと反応を示した。

少しだけ顔をあげて、まっすぐ俺を見る。


その口元が、微かに緩んでいた。


「この子のこと、知ってるの?」


火那森先輩が俺を見る。

その瞳には、驚きと疑問の色が濃く浮かんでいた。


「いえ、今教えてくれたんです。こう…糸電話みたいに脳に直接語りかけるような」


紫蜘蛛がゆっくりと頷く。

彼女から"嬉しい"という感情が伝わってくる。


「へえ…物理的な糸による繋がりだけじゃなく、概念的な糸でも結ばれている、と」


狐火は顎に手を当て、俺と紫蜘蛛を交互に見た。


《──》

「…狐火さん。紫蜘蛛が、怖がってます」


いつの間にか、俺は彼女の通訳係になっていた。


「おや、一丁前に敵意には敏感らしい。伊達に"名前を得るまで"生きてはいないってとこかな?」


狐火が少し構えを崩す。

素人目には分からない。だがどうやらかなり警戒しているようだった。


「うーん…どうも八重原くんに通訳を頼んでいるようだねぇ。何故、自分の口で語らないんだい?」


加古川さんが身を屈めて、紫蜘蛛に問いかける。


《─疲れてる─》

《─貴方の治すのに─力を使って─》


「俺の治すのに…ほとんど力を使い果たした、そうです」


──驚いた。

あの場で俺が死ぬ原因を作ったのは紫蜘蛛だ。

だが、俺が死なずに済んだのも彼女のおかげだった。


一体なぜ?


分からない。目的も意図も、何も。


「じゃあやっぱり…あれは貴女がやったのね」


確信を得たように先輩が言う。

それに応えるように、紫蜘蛛は頷いた。


初めて、俺以外の相手に反応を見せた。


「なるほど。…君自身の言葉で意図を聞けるようになるには、どうすれば良いのかな?紫蜘蛛くん」


小児科の医師のような口調で、加古川さんが聞く。

穏やかではあるが、どこか尋問めいている。


《──貴方と、話がしたい─》

《─こっちに、来て─》


彼女の言葉と同時に、足が前に出た。

俺の意思じゃ、ない。


「─!?」


場の空気が一瞬で張り詰めた。

先輩は俺の肩を掴み、狐火は刀に手をかけている。

加古川さんは既に両手に札を構えていた。


《──》


悲しみが、流れ込んでくる。

警戒されるのは当然だ。

だが、彼女には本当に敵意はない─そう感じる。


「…大丈夫です、多分」


先輩の手をそっと外し、紫蜘蛛に近づく。

今度は自分の意思で。


「だが、そいつは君を─!」

「彼女に直接殺されたわけじゃない。だから、話してみます」


張り詰めた空気の中、紫蜘蛛の前でしゃがむ。

彼女に目線を合わせる。


「さあ、何から話そうか?」

《──!》


彼女から歓喜の念を感じた瞬間。


紫蜘蛛が──消えた。


いや、違う。


俺の視界が奪われた。

視覚だけじゃない、聴覚も。

皆の声が、遠くでくぐもって聞こえる。


大丈夫だと伝えようとしたが──

その前に、意識が落ちた。


      〜〜〜〜〜〜〜


意識が戻ってくる。

そこはもう、書店じゃなかった。


真っ暗な空間。

光はない。だが──そこかしこに真っ白な蜘蛛の巣だけがはっきりと見える。

皆の姿はない。

音もない。


──いや。

一つだけ聞こえる。

キシ、キシ、と。


糸の軋む音だ。


音の方を向くと、紫蜘蛛が糸の上を器用に歩いて、こっちに近づいてくる。


そこでようやく気づく。

俺もまた、その蜘蛛の巣の上にいた。


蜘蛛の巣にかかった蝶を思い出し、心臓が跳ねる。

だが、危機感を覚えたのはその一瞬で、直後に気持ちが鎮まる。


「─良かった。ようやく、ここまで来れた」


声が鼓膜を振るわせる。

さっきまでの、糸を伝うような"念"ではなく。


紫蜘蛛自身の"声"だった。


一度深呼吸をして立ち上がる。

不思議な事に、落ちる心配は微塵もなかった。


「聞きたいことは山ほどあるが…いいか?」

「─ええ」


お互いに一歩ずつ近づく。


「君は誰だ?」

「─紫蜘蛛。あの祈祷師もどきの推察通り。絡新婦の、紫蜘蛛」


「ここはどこだ?」

「─私と貴方の、深層意識。分かりやすく言うなら、夢の中」


「何故、俺の中にいる?」

「──さあ、何故かしら」


お互い、顔を突き合わせる距離まで近づく。


「……何故、あの時あの場所に連れてきた?」

「─ああでもしないと、貴方に直接会えないから」


─ここがどうしても理解できない。

危険な場所に俺を連れていく。

それのどこが、俺と会うために必要なのか。


「俺が死ぬことは、分かっていたか?」

「─ええ、多分、死ぬだろうとは思ってた」


怒りがまた込み上げる。

……やっぱり、敵か。


だが、紫蜘蛛はまっすぐ俺を見る。

目は隠しているはずだが、確かに俺の目を見据えていた。


「─でも、死んでも。治せばいいと、思った」


──ゾッとした。

冗談でもなんでもない。

本気で、俺が死んでも構わないと思っている。

自分が治すから何も問題はないだろうと、心底から思っている。


「死ぬような目に遭わされて、それで蘇らされて…俺がお前をどう思うか考えたことはなかったのか?」


語気が強くなる。

現実世界(むこう)で感じていた、もしかしたらいい奴かもしれないという感情は、未知の存在に対する恐怖に書き換わっていた。


「─?」


何を言っているのか分からないといった具合に、紫蜘蛛は首を傾げる。


「─だって、こうして会えたんだから、良いでしょう?」


──分かった。

彼女は─紫蜘蛛は、俺たちとは根本が違う。


紫蜘蛛が俺の頬に手を伸ばす。

身体が硬直する。

まるで、蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のように。


そして頬に触れたその手は。


ほんのわずかに、温かかった。


──違う。

こいつは俺たちとは違う。

なのに──


硬直した身体が緩み、紫蜘蛛の手を握る。

何故かは、分からない。


「…やり方は最悪だ」

「──」

「それに正直、俺はお前のことが分からない。怖い」

「──ええ」


「─でも、それだけじゃない」


彼女の目を、しっかり見据える。


「だから、お前の事をもっと教えてくれ、紫蜘蛛」

「──!」


紫蜘蛛の頬が緩む。

いや、笑っている。


彼女の笑顔を見て、俺も頬が緩む。

次の瞬間、世界が白に塗りつぶされた。

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