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死んだはずの俺を生き返らせたのは絡新婦で、そのまま怪異と戦うことになった  作者: 狛屋カムイ


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2/13

俺を知る絡新婦と、何も知らない俺

「さ、着いたわよ八重原くん」


黒髪の剣士、火那森燐に連れられて、俺は書店の前に来ていた。


道中でお互いの名前と、どこに向かっているのかは話した。


火那森燐。俺の一つ上の先輩。


そして俺は──あの路地裏で、確かに死んだはずの男だ。


今昔堂(こんじゃくどう)。俺たちの目的地。

漫画から飛び出してきたような古めかしい建物。

中の様子はよく見えないが、明かりはついている。

…こんな時間に営業しているのか?


「それと」


火那森先輩が少しだけ申し訳なさそうに声を出す。


「ここまで来れば安全だから、もうそんなに手を握りしめなくても大丈夫よ」


そう言って視線を落とす。その先には固く握られた先輩と、俺の手。


「あっ!す、すいません火那森さん!」


言われて慌てて手を離す。

風に当たった手のひらから、ひんやりとした感覚を覚える。

自分でも引くくらい、手汗でびっしょりだった。

いつからこんなに強く握っていたのか、それすら分からない程に俺は余裕がなかったようだ。

……気付かなかった。


「まあ、あんな目に遭ったんだもの、仕方ないわ。良かったらこれ、使う?」


特に動揺もせず、スッとハンカチを出す先輩。

…この人は本当に落ち着いている。

さっきの出来事が嘘みたいだ。


ありがたくハンカチを借りて、軽く手を拭いていると、いつの間にか先輩は書店の入り口に立っていた。

インターホンを押して、反応を待つ。


「店長、戻りました。"憑き人"も一緒です」


先輩の声に反応して、ガチャンと鍵の開く音がした。

ドアがこちらを誘うように、独りでに開く。

ずいぶん凝った自動ドアだ。


「それじゃ、入りましょ」


店の中は違和感だらけだった。

壁面にはガス灯、天井にはLED。

古書とライトノベルや漫画が混在している本棚。

時代が噛み合っていない。

継ぎ接ぎしたような店だった。

今昔、とはそういう意味だろうか。


「店長、入ります」


店の最奥にある扉をノックして、そのまま入る。


「やあ、夜分遅くにご苦労様、火那森くん」


扉の向こうはまるで探偵事務所のようだった。

アンティーク調で揃えられた家具、写真などが貼られたホワイトボード。

そして突き当たり、自分たちの正面にこれまた古風な出立ちのイケオジがカップを片手に座っていた。


「またこんな時間にコーヒー飲んで…身体に障りますよ」


「そうは言ってもこの時間に起きているのが、私の仕事だからねぇ」


そう言っておじさんはカップに口をつけ、立ち上がる。


「さて、自己紹介がまだだったね。私は加古川響吾郎(かこがわきょうごろう)。この今昔堂のオーナーにして、オカルト研究家だ。君は?」


「八重原暁人。…17歳です」


色々と質問したい欲を抑え、まず名前と年齢を伝える。


「なるほど。聞きたい事は山ほどあるだろうけど、まずは一緒にコーヒーでもどうだい?自慢じゃないが、私が淹れたものは美味しいぞ」


「じゃあ、ありがたく」

「私は今日は遠慮します」


加古川さんが火那森くんはつれないねぇ、と顔に書きながらコーヒーを淹れる。

部屋に良い香りが漂い始める。


─やけに匂いが濃く感じる。

何故か、喉が拒絶感を示す。

《いらない─》

頭の奥から何かが滲んだ。

声ともつかない"それ"が、拒絶を押し付けてくる。


─誰だ。

誰が拒絶している。


「さ、どうぞ」

「…いただきます」


違和感を無視し、カップに手をかけようとして──またあの感覚に襲われる。


"引力"。

今回は導くような感じじゃない。

逆だ。

"飲むな"、"触るな"。

それだけがはっきり伝わってくる。


「おや、どうしたんだい?もしかしてこの豆は合わなかったかな?」


不思議そうな顔で加古川さんがこちらを見る。


「いえ、むしろ飲みたいんですけど…っ」


カップに手が届かない。

いや違う。届くはずなのに、動かせない。


「…もしかして」


火那森先輩が呟く。


「さっきの糸と、コーヒーへのこの反応…あなたに憑いてるのって」


「…あぁ、そういうことか」


二人がなるほどといった具合に頷く。

何がなにやら、俺にも説明してほしいものだが。


「八重原くん、君の"憑きもの"についてだが、正体が分かったよ」


加古川さんが近づいてくる。


「すまないね、予定変更だ。少し乱暴な形になってしまうが」

「うっ!?」


胸元から札を出したと思ったら、それをこちらの胸に叩きつけた。


すると。


ずるり、と何かが身体から抜ける感覚がした。


「っ!?」


急に身体が軽くなったことに驚き、抜けた感覚の先─背後を見る。


そこには、女がいた。


絹のように白く長い髪。

壺菫(つぼすみれ)の色の布で覆われた目元。

黒地に、鈍く光る金の蜘蛛の巣模様が描かれた着物。

上品さと不自然さが同居した─どこか"人ではない"と思わせる女が、糸が切れた人形のように音も無く座っている。

その指先からは糸のようなものが伸びていて、それが俺の腕に絡みついていた。


─綺麗だ、と思った。

目を逸せない。

もっと近くで、目に焼き付けたいとすら思う。


─ダメだ。

頭の奥で誰かが強く否定する。

見るな、近づくな。

警告を発しているのは、自分の声だった。


近づきたい自分と、近づくなと叫ぶ自分。

二つの意思が、同時にあった。


脳の奥が、軋んだ。

──知っている。

見たことがないはずなのに、疑問より先に一つの単語が浮かぶ。


"絡新婦(じょろうぐも)"。


──その名前だけは、知っていた。


「なっ…?」


理解が追いつかない。

ただ、唯一理解できたのは。

全ての元凶はこいつだということ。


「──お前か」


結論に至った瞬間、身体が動いた。

だめだ。

やめろ。

まずい、と頭では分かっていた。

それでも。

身体が先に動いていた。

女の元へ歩を進めようとして─


火那森先輩に、止められた。

無言で首を横に振る。

言外に落ち着けと言われた気がした。

きっと、俺自身すら見た事がない表情をしていたんだと思う。


「狐火、お願い」

『了解』


先輩の刀から声がすると、陽炎のように男が現れ、俺と女の間の糸を斬った。


『これで"繋がり"は断った。ひとまず安心だ。珈琲でも飲んで落ち着くといい、少年』


白い狩衣の検非違使装束。

ブロンドアッシュの髪と尻尾。顔は狐の面で隠している。

刀はほのかに橙色に揺らめいていた。


「ふむ。とりあえず、今は敵対の意思はないと見ていいかな?"絡新婦"さん?」


加古川さんが札を片手に女の前に立つ。

口調は優しげだが、纏う空気は真逆だった。


女は座ったまま、動かない。

争う気はないとでも言いたげに、その場にいる。

俯いていて、感情が読めない。

だが、何故か俺には。


《ようやく会えた》


その言葉だけが、糸を伝うように届いた。


─会えた?

いや、そんなはずはない。

知っているはずがない。


こちらの動揺が伝わったかのように、女が微かにこちらに向いたような気がした。


『念の為、両手両足くらいは縛るべきでは?』

「問題はないだろう。いざとなれば君がいるからね、狐火くん」


張り詰めた空気の中、コーヒーが香る。

だが、もうその香りが美味そうには思えなかった。


─さっきまでと、同じ匂いなはずなのに。

同じなはずなのに、もう別物にしか思えなかった。

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