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死んだはずの俺を生き返らせたのは絡新婦で、そのまま怪異と戦うことになった  作者: 狛屋カムイ


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1/12

路地裏の怪異と、死ななかった俺

その日は、不気味なほどに青白く輝く満月の夜だった。

俺─八重原暁人やえばらあきとは、小腹を満たすためコンビニに寄った帰りだった。

スナックと炭酸をお供に、ゲームで楽しい夜を過ごしてやろうという算段だ。


仕事の都合で両親は普段家にいない。

小さい頃は寂しかったが、高校生にもなれば、夜間外出に夜食、スイーツなんかを自由に楽しめる嬉しさが勝る。


(あとは、このポテチとコーラを一緒に楽しめる彼女がいれば最高なんだけどなぁ)


そんなことをぼんやり考えながら帰路につく。


路地の角を曲がった時、ふと違和感を覚えた。

妙に風が冷たい。それと異様に静かだ。

自分の足音が嫌に大きく聞こえるくらい、他の音が"無い"。

それに今は6月だ。夜でも湿気を帯びた生ぬるい風を感じることの方が多い。

なのに、腕や頬に触れるのは、ほのかに刺すような痛みだった。


「梅雨時の風じゃあないな。半年早いぞ」


あと、なんとなく身体が引っ張られるような感覚がある。

まるで「こっちに来い」と言わんばかりに、左肩の辺りが引かれている。


無視できるくらいの違和感だったが、風の異様さも手伝って、今日はこの"引力"に従うことにした。


この直後、その選択を後悔することになるとも知らずに。



"引力"に導かれるまま歩いていると、気がつけば最寄駅の近くまで来ていた。

既に終電間際、人なんてほとんどいない。

改札へ続く階段の前で酔っ払いが一人転がっているくらいだ。

ここまで来ると、もう"引力"は無視できないほど強くなっていた。

裾を引かれるくらいの強さが、腕を思い切り引かれるような感覚に変わっている。

"引力"の発生源は、交差点手前の路地裏のようだ。


歩を進めるごとに、空気が変わる。

肌を刺すような冷たさは、既に痛みに変わっていた。

これは寒さじゃない、実際に切れている。

腕を見ると出血こそ無いが、皮膚が細かく傷ついている。

寒さによるものだと思っていた震えは、恐怖心から来るものだと気付く。

もういい、引き返すべきだ。

頭では分かっているのに、脚は"引力"に従うように、前へ前へと進んでいく。


やがて路地に入って──俺はすぐに後悔した。


いる。


そこに、何かが。

暗くてよくは見えない。

輪郭の定まらない黒いモヤと。

その隣には、宙に浮く何かがある。

その何かが、"人間だったもの"と理解するのに、そう時間はかからなかった。


血の匂いが、風に乗って鼻を突く。

悪寒に震え、汗が吹き出す。

早く逃げろ、と身体が訴えかけてくる。


(──ッ!?なんだよアレ!?)


反射的にゴミ箱の陰に身を隠し、口を押さえる。

目の前にいきなり"死"が現れた。

あまりにも突然で不可解な状況に呼吸が乱れる。

心臓の音がやけにうるさい。


(…いや、待て。落ち着け…!)


恐怖で崩れかけた思考を、なんとか繋ぎ止める。


(まだ、まだ生きてるかもしれないだろ…!)


逃げない言い訳を探すように、きっとまだ生きていると自分に言い聞かせる。


逃げるのは簡単だ。

だが、今ここで逃げる事に強い抵抗があった。


(…やるしか…!)


震える手で、ゆっくりとゴミ箱の蓋を盾代わりに、足元のコーンバーを槍代わりに握る。

あんな正体不明の相手にはどう考えても無駄だろうが、無いよりマシだと自分に強く言い聞かせる。


倒す必要はない。少し気を引いて、隙を見て助ける。それだけだ。


「おいバケモノ…!こっちを見ろ…!」

蓋の盾を叩き、相手の気を引く。

腹から出したつもりの声はとても小さく、掠れていて震えていた。


塊がピクリと反応を示す。

少しだけモヤが晴れ、その奥に顔のようなものが見えた。

形は曖昧だが表情はハッキリと分かる。


笑っている。


ニタリ、という表現がピッタリな歪んだ笑顔。

それがまた不自然で、息が詰まる。


やがて塊がこちらに向かって動きだす。

想像よりもずっと速く、音もなく滑るように距離を縮める。


咄嗟に左手の蓋を前に構える。

棒を握る右手にも力が入る。


──だが。

何も起きなかった。

黒いモヤは、何をするでもなく、俺をすり抜けた。


(今、何が…)


振り返る瞬間、全身に激痛が走った。


「──ッ!?」

声にならない叫びをあげる。

今度は汗ではなく、血が噴き出した。

理解が追いつかない。

何が起きた?何をされた?

痛みに悶えながら身体を見ると、全身に深い切傷が刻まれている。

あの一瞬で、頭から爪先までズタズタに切り刻まれたのだと、嫌でも理解させられた。


視界が揺らぐ、霞む、血が滲む。

瞬きの間に意識が遠のく。


膝から崩れ落ち、地に伏せる。

薄れゆく意識の中で最期に見えたのは。


真っ二つにされた黒いモヤと、その奥にいる燃える刀を持った女の子だった。


       〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「っ…間に合わなかった…」


先ほどの怪異─"鎌鼬"を始末した少女、火那森燐(ひなもりりん)は、遺体を前に小さく呟く。

あと少し早ければ間に合っていたかもしれないのにと、悔しさを滲ませた声で。

目の前の彼は、同年代だろうか。

全身に深い裂傷、右腕は完全に切断されている。

うつ伏せで見えないが、おそらく内臓もやられているだろう。


「─ええ、そうね。せめて安らかに、送ってあげましょう。狐火」


刀に再び火を灯し、遺体の前に刃を立てる。

怪異に殺された人間の魂は、悪意に穢されこの世に残る。

やがてその魂も怪異に変化して、また他の人間を命を奪うようになる。

その連鎖を断つために、私の刀─"狐火"の炎で天に還す。

それが、私の役目だ。


遺体の周りを淡い光の線が囲んでいく。

そして円状が繋がる寸前。


──異変が起きた。


「─!?狐火!!」


慌てて遺体から離れ、刀を構える。

遺体の傷口からは無数の糸のような光が現れていた。

それらはまるで意思を持つかのように、傷口を縫い始めていく。


「これは…一体…」


あり得ない光景だった。

みるみると傷が塞がっていく。

気づけば斬り落とされていた右腕も、何事も無かったかのように元通りになっている。


そして傷一つない身体に戻った彼は、まるで昼寝から目覚めるように、ゆっくりと起きあがった。


「あれ…俺、なんで…」


「なんで、生きてるの」


思わず声が漏れる。

死んだはずの彼が、生きている。

いや、違う。

彼は最初から死んでなどいなかった。

あの光の糸が、文字通り命を繋ぎ止めていた。

そうとしか思えない光景だった。


「…あなた、私と同じ"憑き人"みたいね」

「…ツキビト?なんのことだ?」


戸惑う少年に、小さく息を吐く。


「説明は後。ここだと落ち着いて話せないし──ついてきて」


彼の手を取り、足早に場を離れる。

今の現象、間違いない。

ようやく"同族"を見つけたんだ、放すわけにはいかない。



不気味なほどに青白く輝く満月の下、二つの影が、静かな路地から離れていく。


その様子を──

ビルの屋上から、黒い影がじっと見下ろしていた。

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