奈落のショーと、睨み続ける俺
落ちていく中、墨香が手を離す。
「墨香!?何してるんだ!」
『私は平気です!それよりいぶき様をこちらに!』
墨香が叫ぶ。
真っ暗で姿は見えない。
だが、下で受け止めるつもりなのは伝わった。
「……ミスるなよ!」
いぶきさんの手を離し、墨香に渡す。
空いた手でもう一度、糸を放つ。
やはり、どこにも掛からない。
「くそっダメか!」
《──ここなら、当たる》
いぶきさんたちの方向に糸を放つ。
放った糸が、壁に食いつく。
《──よし》
立て続けに糸を放ち、即席の巣を作る。
墨香といぶきさんが先に巣にかかり、次に俺が着地した。
『……ありがとうございます。八重原様、紫蜘蛛様。このまま落ちていたらどうなっていたか』
いぶきさんを寝かせて、こちらに一礼する。
「感謝するのはこっちもだ。あのまま両手が塞がってたら、何も出来ずに床のシミになってた」
スマホを取り出し、ライトを点ける。
心許ないが、無いよりはマシだ。
《やあ、すまないね。つい気が逸って君たちを落としてしまった》
先ほども聞いた嫌な声が、暗闇に響く。
『──赤羽、カゲロウ』
墨香の怒気を含んだ声。
「またどこかから撮影か。面白くないな」
俺もまた、怒りと嫌味を含めて暗闇にボヤく。
《いいや、ここは配信に映していないよ。いかんせん暗くて画面映えしないからね》
《だから今は、君たちには純粋に謝罪をしたいだけなんだ》
《君たちを使ったショーを見せたかったのに、開幕即退場はリスナーから不評でね》
──理由は、それか。
あくまでエンタメ性の不足に対する謝罪。
腹の底が煮え始めた。
ところが。
《──だから、君たちを復活させようと思うんだ》
「……復活?」
予想外の言葉に、思わず聞き返す。
《そう。まずはそこから下に降りてほしい》
《最下層に扉がある。そこから上に登るんだ》
《すると、登った先にエレベーターがある。それに乗れば、僕のいる階まで来れるよ》
ナレーションのように、語る。
『あなたの言葉を素直に信じる人が、この場にいると思いますか』
当然の反応が返ってくる。
屁理屈を捏ね、いぶきさんの目を奪った。
それだけでも疑う──いや、敵視するには十分だった。
それに、こいつはまだ何かを隠している。
嘘は言っていなくても、本当のことも言っていない。
「信じてほしいなら、せめて明かりを灯してくれ。そしたら降りてやる」
頭を上げて、要求をしてみる。
不本意だが、こっちは向こうのエンタメに付き合うハメになったんだ。
これくらいは求めてもいいだろう。
《──分かった。じゃあ明かりを灯そう》
パチンと、指が鳴る。
天井に光が灯る。
一つずつ、ゆっくり円形に火が点いていく。
『あれは──まるでシャンデリアです』
墨香が小さく呟く。
最後の一つが灯った直後。
バラバラだった小さな光が繋がり──
一つの大きな火の輪となる。
──それが、落ちてきた。
「──クソ!やっぱりな!」
《──降りましょう、早く》
糸の間から飛び降りる。
墨香もいぶきさんを背負って飛び降りていた。
『このままだと、追いつかれます……!』
天井に振り向き、墨香が叫ぶ。
「さすがに俺たちの糸であれは止められないぞ!」
一応、紫蜘蛛の糸は火に当てても普通の糸よりは長く保つ。
だが、あれはさすがに無理だろう。
仮に止められても、すぐに焼き切れて終わりだ。
『私が対処します!いぶき様を!』
墨香が背中を向ける。
背中のいぶきさんを糸で巻取り、こちらで抱える。
再び火の輪に向き直り、墨香が剣を構える。
『──やぁっ!』
剣を大きく一振り。
三日月状の水の刃が飛び出し、火の輪に直撃する。
凄まじい蒸気と共に、火の輪が弾け飛んだ。
『──次!』
そのまま身体を翻し、反対側に突きを繰り出す。
切先から大量の水が吹き出し、すぐそこに迫っていた床を水で満たす。
『このまま飛び込みます!備えて!』
墨香の短い叫びが聞こえた直後。
水の中に突っ込んだ。
遅れて、砕けた火の輪の残骸が落ちてくる。
幸い、直撃は免れた。
いぶきさんを抱えたまま、必死に泳ぐ。
空気を求めて水面を目指す。
「──はぁっ!死ぬかと思った!」
なんとか水面に顔を出す。
必死に腕を上げて、いぶきさんの顔を水面に出す。
『今、水を引きます!』
納刀の動作と同時に、瞬く間に水位が減っていく。
すぐに足が地につき、やがて完全に水が消えた。
《ははは、良いね。実に良い。見事な危機回避能力だよ》
パン、パンと、ゆっくりとした拍手が鳴り響く。
漫画に出てくる極悪セレブのようなセリフと振る舞い。
どこまでも傍観者なその態度に、腹が立つ。
《うん。君たちの頑張りのおかげでスパチャが飛んだよ。ありがとう》
「……お前、覚えとけよ」
真っ暗な天井を睨みつけて、静かに呟く。
やっぱり、配信してやがった。
獏と同じくらい、コイツも腹が立つ。
人をおもちゃのように弄び、コンテンツとして消費する。
人を勝手に物語の中へ放り込み、
まるで自分が作家にでもなったかのように。
《──暁人。その怒りは、後で彼に直接ぶつけましょう》
紫蜘蛛の声で、少しだけ落ち着く。
目を閉じて、深呼吸。
「──ありがとな紫蜘蛛。おかげで落ち着いた」
スカーフを握り、礼を言う。
いつも通り、微かな温もりが返ってくる。
『八重原様、紫蜘蛛様。こちらに奴の言う通り、扉がありました』
墨香が壁に手を置き、声を出す。
『ノブや持ち手はありませんが、隙間風を感じます。おそらく押せば開くかと』
両手で力強く押すと、ギギギと重い音を立ててゆっくり開く。
『行きましょう。早く白來たちとも合流しないと』
足早に扉の向こうへと消えていく。
俺もいぶきさんを抱え直して、その後を追う。
最後にもう一度、天井を睨んだ。
──絶対に、引き摺り出してやる。




