新しい繋がりと、いつもの俺たち
糸弾が直撃した餓鬼が、いぶきさんの方に吹き飛んでいく。
「あら、どうやら片方は起きたようですわ」
剣を横に振り、水の柱で壁に叩きつけて餓鬼を潰した。
《──暁人。言いたいことは色々あるのだけど》
困惑と不満を込めた紫蜘蛛の声が響く。
《──でも、最初に言ってもらいたいことがある》
「──ああ、おはよう紫蜘蛛。よく眠れたか?」
彼女の期待に応える。
怪異に囲まれているのに、不思議と不安も焦りも無かった。
久しぶりに聞いた紫蜘蛛の声が、肩の力を抜いていく。
「あとで怒られてやるから、今は手を貸してくれないか?」
《──別に、怒ってない》
身体に糸が絡んでいく。
いつもの装束を纏う。
いつもより、少しだけ暖かい。
「さあ、反撃の時間だ!」
餓鬼達が飛びかかってくる。
両手の指を突き合わせ、あやとりのように糸を組む。
そのまま餓鬼に向けて投網のように投げ、捕縛する。
《──次》
「ああ!」
餓鬼を捉えた網を上層の室外機に吊し上げ、そのまま壁に糸弾を撃ち込む。
壁に貼り付いて様子を伺っていた連中を蜘蛛の巣で抑え込む。
《──これで》
「終わりだ!」
地面に降り立ち、束ねた糸を引き絞る。
糸は鋭利な刃物となり、巣にかかった餓鬼達の身体を細切れにする。
あっという間に、目につく範囲の餓鬼が処理される。
取りこぼした輩は、蜘蛛の子を散らすように暗闇に溶け、逃げていった。
『すっご……マジで一瞬じゃん』
呆気に取られた顔で、白來が呟く。
「まあ。お強いのね」
《見事なお手前でした》
いぶきさんが優雅に歩いてくる。
墨香も感心した声を上げる。
《──暁人。この人たち、誰?》
紫蜘蛛が三人について尋ねる。
そういえば、今まで名乗っていなかった。
「酒街いぶきさんと、蟒蛇の墨香と白來。俺たちと同じ憑き人だ」
「自己紹介が遅れました。八重原暁人です」
「……あっ。火那森燐です」
紫蜘蛛に紹介しながら、自分たちも改めて名乗る。
「あら。こちらも気遣えなくてごめんなさい。私たちだけ名乗ってそのままカフェに行ってしまいましたものね」
いぶきさんが墨香を戻し、お辞儀をする。
やはり所作はお嬢様だ。
《──カフェ、行ったの?》
装束が解け、紫蜘蛛が現れる。
『──カステラ。カステラはあった?』
「あー……そこまでは見てなかったな」
そう、と小さく息を吐く。
帰ったら加古川さんに頼んでおこう。
と、色々と考えていたところに。
『かっ……かっわいいーーー!!』
白來の声が轟いた。
『すっごい綺麗な髪!白い肌!細い指と手入れの行き届いた爪!触らなくても分かる良質な布!』
いつの間にか距離を詰め、蛇のように音もなく紫蜘蛛の目の前に滑り込む。
紫蜘蛛は驚いて少し肩を震わせた。
『ねえ!スキンケアとかネイルはどこの使ってるの!?髪質の維持は!?その着物と目隠しは──』
『白來。初対面の方を怖がらせない』
墨香が白來の耳を軽く引っ張って制止する。
紫蜘蛛は俺の後ろに隠れてしまった。
『ご、ごめーん……あまりにも可愛かったからつい。ねえ、アナタ名前は?』
『──紫蜘蛛』
不安そうに、糸が俺の指に絡まる。
紫蜘蛛から困惑と、少しだけ恐怖と喜びの気持ちが伝わってきた。
白來みたいなタイプの距離感は、紫蜘蛛も慣れていないのだろう。
褒められたのは嬉しいようだが。
「紫蜘蛛さんはカステラがお好きなのね。今度差し入れに参りますわ」
『──!ええ。ありがとう』
見るからに機嫌が良くなった。
蜘蛛の怪異のはずなんだが、なんだか犬に見えてきた。
以前はだいぶ無愛想だったんだが。
『──燐様に憑いている方も、もう起きているのでしょう?』
墨香が先輩を見る。
先輩の耳飾りが僅かに揺れた。
『──お気遣いどうも』
スルリと狐火が頭を掻きながら現れる。
こちらも元気そうだ。
『いやー出るタイミング無くなっちゃって困っててさ』
狐火が軽く手を広げる。
『僕は狐火。見ての通り、名前の通りさ』
これで、全員揃った。
「では、今度こそここは片付いたようですし。今夜は解散としましょうか」
いぶきさんがにっこりと、提案する。
もう夜も遅い。
それに、加古川さんへの相談事ができた。
「そうですね。餓鬼についてはこちらで調べておきます。連絡先は──」
先輩が墨香と連絡先を交換する。
彼女の振る舞いは、さながら敏腕秘書といった印象だった。
『じゃーねー!今度は遊ぼうねラクちゃん!』
『──ラク、ちゃん?』
紫蜘蛛が首を傾げる。
──白來の距離感は慣れるまで時間はかかるだろうが、良い友達になってくれると嬉しい。
『んーじゃ、僕らも帰ろうか主。僕たちは元気だけど二人はもう寝ないとでしょ』
伸びをしながら狐火が言う。
以前のように、四人並んで今昔堂へ戻った。




