目を隠さない怪異たちと、疑う先輩
『お二人とも、怪我はありませんか?』
右目を隠した黒髪の少女が歩み寄ってくる。
白い肌。
黒縁の眼鏡。
黒のセーラー服と、タイツに手袋。
顔以外の全てを黒い服で覆っていて、露出はゼロに近い。
歳の頃は、俺たちと同じくらいか。
『ごめーん!怖かった!?怖かったよね!ホントにゴメン!』
続いて左目を隠した金髪の子が駆け寄る。
褐色の肌に白のワイシャツ。
白のルーズソックスと短めのスカート。
黒髪の子とは真逆の、いかにもギャルって感じだ。
「あ、ああ。俺たちは大丈夫。ありがとな、助けてくれて」
少し困惑はあるが、礼を言う。
「あなた達、どうして怪異が見えていて?それにまるでこれから倒そうとしていたような……」
オッドアイの女性が二人の間から現れる。
紅色の瞳と、黄金色の瞳。
銀色の髪で、高級なドレスのようなワンピース。
おっとりした口ぶり。
だが、視界に入った瞬間、わずかに背筋が伸びた。
──三人とも、目を隠していない。
そこに、引っ掛かりを覚えた。
「申し遅れました。私、酒街いぶきと申します」
『あーしは白來!白い蟒蛇!』
『墨香といいます……蟒蛇です』
三人が続けて名乗る。
「酒街って……酒街酒造の!?」
テレビで見た事がある。
日本酒とそれを使ったお菓子なんかを製造、輸出している大企業だ。
彼女は、言わば社長令嬢か。
──思わず、上着を軽く正す。
「本社は確かに駅近のビルだが……」
お菊の言葉も間違ってはいなかったが、大きな勘違いをしていたようだ。
「……そちらの二人は、蛇の怪異かしら?」
先輩が二人──白來と墨香を見る。
よく見ると、彼女たちの眼は蛇のような瞳孔の細い眼をしていた。
『そだよー!ほら、あーしたち舌長いんだ!あ、あーしは舌ピ開けてんの!かわいいっしょ?』
『こら白來。はしたないわよ』
白來がペロンと舌を出す。
確かに蛇のように長く、先端が二又になっていた。
「とりあえず、立ち話もなんですから場所を変えましょうか。この時間も開いている喫茶店を知っていますの」
白來と墨香の後ろから、のんびりした声がする。
「そうですね。ぜひご一緒させてください」
「あ……よ、よろしくお願いします」
丁寧な振る舞いの先輩に合わせる。
こういうセレブな人相手でも全く動じないのが、火那森先輩のすごいところだ。
〜〜〜〜〜〜
「……俺、場違いじゃないです?」
連れてもらったのは、ラグジュアリーな空気に満ちた高級カフェだった。
ヨーロッパの宮殿のような、少なくともパーカーとジーンズの高校生が入るような場所では決してない。
だが、いぶきさんの友人ということで俺たちも通してくれた。
「この時間はあまり人が来ませんので、落ち着いてお話ができますわ」
音もなくカップを置いて、いぶきさんが続ける。
「では、聞かせてくださいな。あなた達が何者なのか」
のんびりとした中に、芯のある声。
少し、居住いを正す。
「私たちは憑き人と呼ばれる存在です」
「今は事情があって眠っていますが、私も彼も怪異とともに、人に害を及ぼす怪異と戦っています」
臆することなく、先輩が口を開く。
「まあ、まあまあ。ということは、あなた達が加古川様の仰っていた方々なのですね」
いぶきさんが口の前で手を合わせ、納得したような顔をする。
僅かに向けられていた警戒感が、消えた。
『うっそ!じゃああのイケオジが今度紹介するって言ってたの、アンタ達だったんだ!こんな風に会えるなんておもしろーい!』
『白來。静かに』
──この人たちが、加古川さんの言っていたアテだった。
こんな形で繋がるとは、人の縁は分からないものだ。
『しかし、お二人とも療養中と聞いていましたが。もう動けるのですか?』
墨香がお菓子をつまみ、尋ねる。
「戦えないってだけで日常生活に支障はないくらいには回復しましたよ。紫蜘蛛と狐火さんのおかげです」
つい、スカーフを撫でる。
紫蜘蛛に感謝を伝える時の癖。
普段はこれをすると僅かに暖かくなるのだが、まだ眠っているのか反応がなかった。
「まあ。もしもそのお二方が起きたら、お顔を拝見したいですわね」
笑顔でいぶきさんが返す。
ほんの少しだけ、人間離れした雰囲気を感じていたが、悪い人ではなさそうだ。
「では、今度はこちらからの質問をよろしいですか?」
改まって先輩がいぶきさんに視線を移す。
目線は、僅かに逸らしていた。
「ええ。私に答えられるものなら、なんでも」
変わらず笑顔で応対するいぶきさん。
──先輩が、少し怖い。
「見たところ、白來さんと墨香さんがあなたに憑いている怪異ですね」
「──なぜ、眼を隠していないんですか?」
一瞬の静寂。
店内の空気が、ぴたりと止まった。
「ああ、それは──」
いぶきさんが答えようとして。
『ちょっとアンタ!あーしらに文句あるっての!?』
白來が、突然怒った。
机を叩き、立ち上がる。
「いえ、単純に疑問なんです」
動じる事なく先輩は続ける。
「私が見てきた人間に味方する怪異はみんな、眼を隠していました」
「理由は教えてくれませんが、人間に味方する怪異は目を隠すものだと言っていました」
「──貴女達は、誰の味方なんですか?」
先輩が警戒感を露わにする。
目線が僅かに合ってなかったことにも、理由があった。
悪意があれば、目を見た段階で何かしらの罠にかかることを懸念していた。
──かく言う俺は、あまりにも無警戒すぎたか。
場の空気が張り詰めていく。
この場で落ち着いているのは先輩といぶきさんだけだった。
『もちろん、私たちは──』
『ご主人の味方だってーの!別に他の人間を取って食ったりしねーし!』
墨香の声を掻き消すように、白來が声を荒げる。
『つーかアンタなに?さっきから聞いてればずっとあーしらの事疑ってんじゃん。そんなに信用できない?』
『さっきアンタ達助けたのは誰!?』
『──結局、そういう風にあーしら怪異を見てるワケ?』
白來が苛立ちを隠さず先輩に噛み付く。
──まずい。
せっかく協力できそうだったのに、いきなり仲違い寸前だ。
「ま、まあまあ。二人とも落ち着いて……」
どうにか場を収めようとするが、特に白來の方は止まりそうにない。
どうしたものかと思案していた時。
空気が冷える。
「──!」
また、怪異が出た。
同じ日に、二体目。
「白來。ストレスはあちらで発散しましょう」
これ幸いと言わんばかりに、いぶきさんが立ち上がる。
「では、私たちは先に参りますね。墨香、白來」
『はい』
『……りょ』
二人を引き連れ、いぶきさんが店を出る。
「私たちも行きましょう」
「はい!」
一歩遅れて、俺たちも店を出る。
紫蜘蛛は──まだ、眠っている。




