偽物の青春と、偽物カップルの俺たち
──三階は、二階とは真逆の空間だった。
優しく差し込む陽光。
清々しい青空と白い雲。
頬を撫でるそよ風。
"青春"という言葉を、無理やり貼り付けたような穏やかな景色。
このフロアは音楽室のはずだ。
だが、目の前に広がるのはどこまでも続く教室と廊下だった。
さっきまでの化け物たちもいない。
いるのは、笑顔の生徒たち。
「……気色悪いな」
眉をひそめ、思ったことを口に出す。
《──どうして?》
紫蜘蛛が不思議そうに尋ねてくる。
「誰も、心の底から笑ってない」
「無理やり笑わされてる感じがして、気持ち悪い」
生徒たちは、思い思いの行動をしている。
友達と談笑する人。
読書をする人。
掲示板に告知の紙を貼り付ける人。
全員、同じ笑顔。
──紫蜘蛛が細い糸を周りの生徒達に伸ばす。
《──言われてみると、確かに》
《──心音が、ない》
──つまり、彼らは"生きていない"。
廊下を歩く。
二階と同様に、どこまでも続いている。
同じ景色。
同じ教室。
──同じ笑顔。
「──"理想の学校生活"を見せられてるみたいだ」
まるで、アニメや漫画のような世界。
少なくとも、俺はこんな華やかな学生生活は送ってない。
こんな風にみんなが笑ってる学校も、見たことがない。
ふと、装束の糸が少し張る。
《──暁人、あそこ》
紫蜘蛛の思う方向に進む。
目的地は、教室。
「何かあったか?」
《──中に、いる》
……いる?
何がと聞く前に、教室を覗く。
「──っ!」
──教室の中に、二階で壊したはずの"骨"があった。
「これは……」
《──修理したか、造り直したか》
壊しにいくべきか、思考が巡る。
だが。
「ねえ、何してるの?」
誰かに、声をかけられた。
「っ!?い、いや……何も?」
振り返り、咄嗟に返答する。
知らない女子生徒が、笑顔で俺を見ていた。
「そう。ごめんね、私そこに用があるの」
「あ、ああ。こっちこそ、道塞いでてごめん」
生徒は笑顔のまま教室に入る。
そのまま行方を観察していると。
──彼女が、骨に吸い込まれた。
「っ!」
骨の前で、糸が切れたように倒れ込む。
そのまま全身が呑み込まれ、骨の白さが嫌に生々しさを増した。
「紫蜘蛛、これは」
《──ええ。ここの人たち全員、"素材"になってる》
駆け出して、隣の教室を見る。
ここにも、骨がある。
大きく曲がった骨。
おそらくは肋骨。
「でかい人骨がゴロゴロと……」
素人の俺でも分かる。
これは、餓者髑髏の"身体"だ。
「だが、餓者髑髏は怨念の塊みたいなものだろ?」
《──彼ら全員が、死者の魂だとしたら》
紫蜘蛛が、確信めいた口調で呟く。
《──もしもこの空間が、"未練を増長させる"ためのものだとしたら》
「……なるほど、理想を体験させて膨らませた未練が、素材になるってわけか」
二階でガワを組み、三階で中身を詰める。
──合点がいった。
だとしたら、骨を破壊するだけじゃ足りない。
この"校舎"を破壊しないと、止まらない。
だがどうやって?
流石に建物を壊せるだけの力は、俺も紫蜘蛛も持ってない。
《──彼らの"理想"を、壊す》
「……紫蜘蛛?」
──嫌な予感がする。
こういう時、大胆で突拍子もないことを言い出すのが紫蜘蛛だ。
《──私たちが、彼らの理想と違うことをすればいい》
《──例えば》
装束が解けて、紫蜘蛛が現れる。
『──こんなこと、とか』
「っ!?」
紫蜘蛛が、突然抱きついてきた。
「ちょっ!?何して……」
『──堂々と逢瀬を見せつけられて、気持ちのいい人は、そういない』
俺と紫蜘蛛に視線が集まる。
みんな笑顔のまま、こちらを見ている。
──そういえば、この空間にカップルはいなかった。
「ちょっとそこ!不純異性交遊は禁止ですよ!」
いかにも風紀委員な見た目の女子生徒が寄ってくる。
『──不純なことなんて、なにもないけど?』
「あ、ああ……そう、だな?」
戸惑いながらも、紫蜘蛛に合わせる。
その紫蜘蛛はとてもご満悦そうだ。
「っ……そもそもあなた達、制服はどうしたんですか!?」
風紀委員が指を差す。
声は怒っているが、笑顔は貼り付いたまま。
その歪さが、より気色悪く感じた。
『──ここに来る前に、汚れた』
『──お互いに、ね?』
「…………やめろって」
紫蜘蛛の言わんとする事を察して、目を逸らす。
──それは流石にやりすぎじゃないか?
「〜〜〜っ!!」
風紀委員が顔を真っ赤にする。
それはそうだ。
直接は言わなかったが、結構なストレートを放ったのだから。
──ピシッと。
音がした。
音の方を見ると、空間に小さなヒビが入っている。
「……どうやら正解らしいな」
釈然としないが、どうやら彼らの"理想"に傷はつけられたらしい。
『──じゃあ、行きましょうか。"暁人くん"』
紫蜘蛛が腕に抱きつき、並んで歩く。
廊下の真ん中で、見せつけるように。
「流石に、ちょっと恥ずかしいんだが……?」
小声で紫蜘蛛に抗議する。
『──じゃあ、彼らに酷いイジメでもする?』
意地の悪い口調で紫蜘蛛が返す。
「……いや、それはダメだ」
そんな真似、俺が耐えられない。
それに、俺たちが餓者髑髏の素材行きだ。
『──じゃあ、少しくらい恋人ごっこに付き合って』
並んで歩くうち、そこかしこにヒビが目立ってきた。
同時に、集まる視線に嫉妬が混ざってくる。
〈何よあの子たち〉
〈イチャつきやがって〉
〈見せつけてこないでよ〉
無言の空間に、徐々に声が溢れてくる。
「あともう少し、何かあれば一気に壊せそうなんだが……」
一手、足りない。
彼らの理想は分かる。
友達と笑い合い、真面目に勉強をする。
そんな"正しい青春"だ。
『──そろそろかしら』
紫蜘蛛の足が止まる。
つられて俺も止まる。
「なにか思いついたか?」
『──ええ。次は、物理』
言うや否や、紫蜘蛛が廊下のヒビに向けて糸を放つ。
『──えい』
糸を引き絞ると、派手な音を立てて壁が崩れた。
教室内の骨が露わになる。
視線がまた集まる。
〈なにやってんだあいつら〉
〈壊した?〉
〈なんで?〉
生徒達の笑顔が、初めて崩れた。
貼り付いていた"青春"が、剥がれ落ちる。
『──勉強の邪魔をすれば、また理想から遠のく。でしょ?』
確かに、壁が崩れれば授業どころではない。
筋は通っているが、大胆すぎる。
「まさか、これを片っ端からやってくつもりか?」
『──当然』
『──勉強の邪魔もできるし』
『──世界も壊せて、一石二鳥』
紫蜘蛛が糸状に解けて、装束として俺と一つになる。
《──ここからは、これで》
「了解。ついでに、"廊下は走るな"も破っていくか!」
駆け出して、あらゆるヒビに糸を引っ掛ける。
引っ張り、壊す。
壁も、天井も。
ついでに室内の骨を瓦礫で埋める。
ヒソヒソ話が、怒号に変わる。
校舎を満たしていた穏やかな空気が、禍々しく塗り替わっていく。
空は赤く染まり。
廊下は暗く沈む。
生徒達の顔は、鬼のように歪んでいた。
気付けば、二階と似たような悪夢に変わっていた。
「だいぶやったんじゃないか!?」
《──ええ、このままいけば──》
瞬間。
壁を破壊して、巨大な骨の手が現れた。
「っ!?」
ブレーキをかけて、後ろに飛び退く。
手が、俺を掴もうと握り込んでいた。
「あっぶな……!」
《──もう、完成しかけている……?》
骨の手が、壁から引っ込む。
手の行方を目で追う。
──首から下、腰の辺りまで人骨が組み上がっている。
「──マジかよ」
《──もしかしたら、間違ったかもしれない》
紫蜘蛛が申し訳なさそうに伝えてくる。
《──理想を壊せば、未練も何もなくなると思った》
《──実際は、理想を壊された怒りが、髑髏の創造を加速させた……》
「……多分、両方だ。未練も怒りも素材になってる」
「ここが出来上がってた時点で、手遅れってことか」
遅かれ早かれ、骨の身体は完成していた。
なら、紫蜘蛛は悪くない。
《──ごめんなさい、暁人》
「気にするな。なんとかなるだろ、俺たちなら」
──廊下の向こうから、轟音が聞こえる。
鬼の顔をした生徒だったものが、壁の如く迫っていた。
「まずい、外に出るぞ!」
《──ええ》
壁に空いた穴から外へ飛び出す。
糸を放ち、手繰って壁に着地する。
人骨が追うように手を伸ばす。
壁を走り、屋上へ向かう。
屋上に到着し、すんでのところで手から逃れる。
「ここなら、骨の方に集中できるだろ」
《──でも、あれは良くないかも》
階下を見ると、生徒達が続々と壁から落下していた。
三階だけではなく、二階からも異形たちが落ちている。
落ちた先から白い塊に変化し、骨に変わっていく。
《──もう、完成する》
「……いや、まだ頭がない」
既に膝下まで組み上がっている。
だが、頭だけがいつまでも造られない。
──まるで、最後の"核"を待つように。
人骨の身体が出来上がるまでの間、空間にヒビが入り続けている。
そのヒビの中から、ほんのわずかに声が聞こえた。
〈──本当に、こんな形で、良かったの?〉
「──っ!!」
火那森先輩の声。
細く、弱々しい、ともすれば聞き逃していたかもしれない声。
「紫蜘蛛!!」
《──あそこよ》
紫蜘蛛にも聞こえていた。
ヒビに向けて糸を放つ。
糸に身体を預け、反発を利用して飛ぶ。
空間が、ガラスのように割れる。
巨大な髑髏に、今にも喰われそうな先輩が見えた。
「火那森さん!」
──初めて会った日から今まで、助けられてばかりだった。
今度は。
今度こそ、俺が助ける番だ。




