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死んだはずの俺を生き返らせたのは絡新婦で、そのまま怪異と戦うことになった  作者: 狛野カムイ


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15/29

偽物の青春と、偽物カップルの俺たち

──三階は、二階とは真逆の空間だった。


優しく差し込む陽光。

清々しい青空と白い雲。

頬を撫でるそよ風。


"青春"という言葉を、無理やり貼り付けたような穏やかな景色。


このフロアは音楽室のはずだ。

だが、目の前に広がるのはどこまでも続く教室と廊下だった。


さっきまでの化け物たちもいない。


いるのは、笑顔の生徒たち。


「……気色悪いな」


眉をひそめ、思ったことを口に出す。


《──どうして?》


紫蜘蛛が不思議そうに尋ねてくる。


「誰も、心の底から笑ってない」

「無理やり笑わされてる感じがして、気持ち悪い」


生徒たちは、思い思いの行動をしている。


友達と談笑する人。

読書をする人。

掲示板に告知の紙を貼り付ける人。


全員、同じ笑顔。


──紫蜘蛛が細い糸を周りの生徒達に伸ばす。


《──言われてみると、確かに》

《──心音が、ない》


──つまり、彼らは"生きていない"。


廊下を歩く。

二階と同様に、どこまでも続いている。


同じ景色。

同じ教室。


──同じ笑顔。


「──"理想の学校生活"を見せられてるみたいだ」


まるで、アニメや漫画のような世界。

少なくとも、俺はこんな華やかな学生生活は送ってない。

こんな風にみんなが笑ってる学校も、見たことがない。


ふと、装束の糸が少し張る。


《──暁人、あそこ》


紫蜘蛛の思う方向に進む。

目的地は、教室。


「何かあったか?」

《──中に、いる》


……いる?

何がと聞く前に、教室を覗く。


「──っ!」


──教室の中に、二階で壊したはずの"骨"があった。


「これは……」

《──修理したか、造り直したか》


壊しにいくべきか、思考が巡る。


だが。


「ねえ、何してるの?」


誰かに、声をかけられた。


「っ!?い、いや……何も?」


振り返り、咄嗟に返答する。

知らない女子生徒が、笑顔で俺を見ていた。


「そう。ごめんね、私そこに用があるの」

「あ、ああ。こっちこそ、道塞いでてごめん」


生徒は笑顔のまま教室に入る。

そのまま行方を観察していると。


──彼女が、骨に吸い込まれた。


「っ!」


骨の前で、糸が切れたように倒れ込む。

そのまま全身が呑み込まれ、骨の白さが嫌に生々しさを増した。


「紫蜘蛛、これは」

《──ええ。ここの人たち全員、"素材"になってる》


駆け出して、隣の教室を見る。

ここにも、骨がある。


大きく曲がった骨。

おそらくは肋骨。


「でかい人骨がゴロゴロと……」

素人の俺でも分かる。


これは、餓者髑髏の"身体"だ。


「だが、餓者髑髏は怨念の塊みたいなものだろ?」

《──彼ら全員が、死者の魂だとしたら》


紫蜘蛛が、確信めいた口調で呟く。


《──もしもこの空間が、"未練を増長させる"ためのものだとしたら》

「……なるほど、理想を体験させて膨らませた未練が、素材になるってわけか」


二階でガワを組み、三階で中身を詰める。


──合点がいった。

だとしたら、骨を破壊するだけじゃ足りない。


この"校舎"を破壊しないと、止まらない。


だがどうやって?

流石に建物を壊せるだけの力は、俺も紫蜘蛛も持ってない。


《──彼らの"理想"を、壊す》

「……紫蜘蛛?」


──嫌な予感がする。

こういう時、大胆で突拍子もないことを言い出すのが紫蜘蛛だ。


《──私たちが、彼らの理想と違うことをすればいい》

《──例えば》


装束が解けて、紫蜘蛛が現れる。


『──こんなこと、とか』

「っ!?」


紫蜘蛛が、突然抱きついてきた。


「ちょっ!?何して……」

『──堂々と逢瀬を見せつけられて、気持ちのいい人は、そういない』


俺と紫蜘蛛に視線が集まる。

みんな笑顔のまま、こちらを見ている。


──そういえば、この空間にカップルはいなかった。


「ちょっとそこ!不純異性交遊は禁止ですよ!」


いかにも風紀委員な見た目の女子生徒が寄ってくる。


『──不純なことなんて、なにもないけど?』

「あ、ああ……そう、だな?」


戸惑いながらも、紫蜘蛛に合わせる。

その紫蜘蛛はとてもご満悦そうだ。


「っ……そもそもあなた達、制服はどうしたんですか!?」


風紀委員が指を差す。

声は怒っているが、笑顔は貼り付いたまま。

その歪さが、より気色悪く感じた。


『──ここに来る前に、汚れた』

『──お互いに、ね?』


「…………やめろって」


紫蜘蛛の言わんとする事を察して、目を逸らす。

──それは流石にやりすぎじゃないか?


「〜〜〜っ!!」


風紀委員が顔を真っ赤にする。

それはそうだ。

直接は言わなかったが、結構なストレートを放ったのだから。


──ピシッと。


音がした。


音の方を見ると、空間に小さなヒビが入っている。


「……どうやら正解らしいな」


釈然としないが、どうやら彼らの"理想"に傷はつけられたらしい。


『──じゃあ、行きましょうか。"暁人くん"』


紫蜘蛛が腕に抱きつき、並んで歩く。

廊下の真ん中で、見せつけるように。


「流石に、ちょっと恥ずかしいんだが……?」


小声で紫蜘蛛に抗議する。


『──じゃあ、彼らに酷いイジメでもする?』


意地の悪い口調で紫蜘蛛が返す。


「……いや、それはダメだ」


そんな真似、俺が耐えられない。

それに、俺たちが餓者髑髏の素材行きだ。


『──じゃあ、少しくらい恋人ごっこに付き合って』


並んで歩くうち、そこかしこにヒビが目立ってきた。

同時に、集まる視線に嫉妬が混ざってくる。


〈何よあの子たち〉

〈イチャつきやがって〉

〈見せつけてこないでよ〉


無言の空間に、徐々に声が溢れてくる。


「あともう少し、何かあれば一気に壊せそうなんだが……」


一手、足りない。


彼らの理想は分かる。

友達と笑い合い、真面目に勉強をする。

そんな"正しい青春"だ。


『──そろそろかしら』


紫蜘蛛の足が止まる。

つられて俺も止まる。


「なにか思いついたか?」

『──ええ。次は、物理』


言うや否や、紫蜘蛛が廊下のヒビに向けて糸を放つ。


『──えい』


糸を引き絞ると、派手な音を立てて壁が崩れた。

教室内の骨が露わになる。


視線がまた集まる。


〈なにやってんだあいつら〉

〈壊した?〉

〈なんで?〉


生徒達の笑顔が、初めて崩れた。

貼り付いていた"青春"が、剥がれ落ちる。


『──勉強の邪魔をすれば、また理想から遠のく。でしょ?』


確かに、壁が崩れれば授業どころではない。

筋は通っているが、大胆すぎる。


「まさか、これを片っ端からやってくつもりか?」


『──当然』

『──勉強の邪魔もできるし』

『──世界も壊せて、一石二鳥』


紫蜘蛛が糸状に解けて、装束として俺と一つになる。


《──ここからは、これで》

「了解。ついでに、"廊下は走るな"も破っていくか!」


駆け出して、あらゆるヒビに糸を引っ掛ける。

引っ張り、壊す。

壁も、天井も。

ついでに室内の骨を瓦礫で埋める。


ヒソヒソ話が、怒号に変わる。

校舎を満たしていた穏やかな空気が、禍々しく塗り替わっていく。


空は赤く染まり。

廊下は暗く沈む。

生徒達の顔は、鬼のように歪んでいた。


気付けば、二階と似たような悪夢に変わっていた。


「だいぶやったんじゃないか!?」

《──ええ、このままいけば──》


瞬間。


壁を破壊して、巨大な骨の手が現れた。


「っ!?」


ブレーキをかけて、後ろに飛び退く。

手が、俺を掴もうと握り込んでいた。


「あっぶな……!」

《──もう、完成しかけている……?》


骨の手が、壁から引っ込む。

手の行方を目で追う。


──首から下、腰の辺りまで人骨が組み上がっている。


「──マジかよ」

《──もしかしたら、間違ったかもしれない》


紫蜘蛛が申し訳なさそうに伝えてくる。


《──理想を壊せば、未練も何もなくなると思った》

《──実際は、理想を壊された怒りが、髑髏の創造を加速させた……》


「……多分、両方だ。未練も怒りも素材になってる」

「ここが出来上がってた時点で、手遅れってことか」


遅かれ早かれ、骨の身体は完成していた。

なら、紫蜘蛛は悪くない。


《──ごめんなさい、暁人》

「気にするな。なんとかなるだろ、俺たちなら」


──廊下の向こうから、轟音が聞こえる。

鬼の顔をした生徒だったものが、壁の如く迫っていた。


「まずい、外に出るぞ!」

《──ええ》


壁に空いた穴から外へ飛び出す。

糸を放ち、手繰って壁に着地する。


人骨が追うように手を伸ばす。

壁を走り、屋上へ向かう。


屋上に到着し、すんでのところで手から逃れる。


「ここなら、骨の方に集中できるだろ」

《──でも、あれは良くないかも》


階下を見ると、生徒達が続々と壁から落下していた。

三階だけではなく、二階からも異形たちが落ちている。


落ちた先から白い塊に変化し、骨に変わっていく。


《──もう、完成する》

「……いや、まだ頭がない」


既に膝下まで組み上がっている。

だが、頭だけがいつまでも造られない。

──まるで、最後の"核"を待つように。


人骨の身体が出来上がるまでの間、空間にヒビが入り続けている。


そのヒビの中から、ほんのわずかに声が聞こえた。


〈──本当に、こんな形で、良かったの?〉

「──っ!!」


火那森先輩の声。

細く、弱々しい、ともすれば聞き逃していたかもしれない声。


「紫蜘蛛!!」

《──あそこよ》


紫蜘蛛にも聞こえていた。

ヒビに向けて糸を放つ。


糸に身体を預け、反発を利用して飛ぶ。

空間が、ガラスのように割れる。


巨大な髑髏に、今にも喰われそうな先輩が見えた。


「火那森さん!」


──初めて会った日から今まで、助けられてばかりだった。


今度は。

今度こそ、俺が助ける番だ。

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