夢みたいな再会と、拒めない私
『すまない主。対応を間違えたみたいだ』
開口一番、狐火が謝罪する。
あの髑髏の出現は、わらべ歌の返しに私を使った嘘がトリガーだった。
「気にしないで。それよりもあれ」
宙に浮かぶ髑髏を見る。
「餓者髑髏……よね」
『ああ。それもまだ未完成のだ』
首から下が存在しない。
伝承通りならあるはずの、身体が。
髑髏がこちらを向く。
眼はないはずなのに、睨まれている。
『……主』
狐火との感覚が混ざり、溶け合う。
〈──痛い〉
ギチギチと、骨を軋ませながら言葉を紡ぐ。
男と女、両方の声を重ねたような声。
〈苦しい〉
〈辛い〉
〈どうして私だけ〉
「……っ」
さっきの光景が脳裏に過ぎる。
彼らは、"被害者"だ。
彼らの吐く憎悪を間違いだと糾すことは、私にはできなかった。
《……主》
《主!!》
狐火に内側からどつかれる。
《いい加減腹を決めろ!ここであいつを止めないと、被害者が増えるんだぞ!》
怒気の篭った叱咤。
《目の前のアイツらみたいなのを増やさないために、戦うって決めたんだろう!》
──そうだ。
理不尽に殺された者が、報復のため理不尽に誰かを殺す。
そんなこと、あってはならない。
刀を握る手に、力が入る。
「……大丈夫。やれるわ」
《……一応言っておくが、万が一の時は"僕がやる"。いいね?》
話は済んだかと言わんばかりに、髑髏の周りから瘴気が出る。
それは少しずつ形を取り、無数の黒く大きな腕となった。
《未完成なりに、できることはあるってか》
「──行こう、狐火」
刀を構える。
髑髏の黒腕が、こちらを捉えようと伸びてくる。
一閃、両断。
そのまま上に跳び、さらに腕を斬り刻む。
〈どうして〉
髑髏の声が響く。
「──っ」
言葉を無視して、刀に炎を纏わせる。
落下の勢いも乗せて、振り下ろす。
〈──燐ちゃん〉
「っ!?」
刀身から炎が消える。
振り下ろした刀の軌道がブレる。
一瞬の隙。
そこを逃さず、黒い拳が飛んでくる。
《主!》
咄嗟に刀で拳を受け止める。
影のはずなのに、やけに重い。
「くっ…!」
《重っ…!》
直撃は免れたが、そのまま吹き飛ぶ。
《こ…の…!》
狐火が眼下の床に火球を飛ばし、瓦礫を作る。
その瓦礫を操作して、即席の足場を組む。
《主、代わろう。あいつは僕がやる》
「……今の、声」
呆然としたまま、無意識に口が開く。
忘れるはずもない、よく知る声。
「奏音…そこに、いるの?」
もういないはずの、友人の名前を呼ぶ。
その瞬間。
──彼女が、目の前にいた。
「──久しぶり、燐ちゃん」
「奏音…なの?」
思考が止まる。
目の前の事実を受け止められない。
「やだなぁ、忘れちゃったの?」
「…忘れるはず、ないじゃない」
あの頃と変わらない外見。
あの頃と同じ声。
──あの頃と同じはずの、笑顔。
「いつぶりかなぁ?こうやって二人で話すの」
「……九年ぶりよ」
「そっかぁ、そんなに経っちゃったんだ」
笑顔のまま奏音が答える。
──その笑顔に、感情は乗ってないように見えた。
気付けば空間も変わっている。
懐かしい匂いのする、小学校の教室。
暖かな日差し。
外からは男子が遊んでいる声がする。
「……どうして。あなたは、もう──」
「この九年、なにか変わったことはある?」
「──ええ。とても、たくさん変わったことがあったわ」
あの頃のように二人で話す。
まるで、夢のような時間。
この九年のことを、ポツポツと語り始める。
出会った人たちのこと、怪異との戦い。
その全てを、死んだはずの友人──宝田奏音に語る。
彼女は、昔と変わらない笑顔で静かに聞いていた。
「素敵な人たちねぇ。私も会いたかったなぁ」
目を細めて奏音が呟く。
「──ねえ。私のこと、まだ友達だと思ってる?」
「当たり前でしょ」
聞かれるまでもなく、即答だった。
今まで忘れたことなんてない。
私にとって、最大の親友。
「じゃあ、友達としてのお願い、聞いてくれる?」
「……ええ」
奏音が安心したような笑顔を見せる。
「良かったぁ。じゃあ──」
「あなたのカラダ、私にちょうだい?」
「──え?」
一瞬。
何を言われたのか、理解できなかった。
「私ね、やりたかったこといっぱいあるの」
「美味しいお菓子も食べたかったし、可愛い服も着たかったし、好きな男の子と遊びに行きたかった」
──口元が、大きく裂けていく。
「だから、あなたのカラダで叶えさせて?」
「──トモダチ、でしょ?」
──身体が、動かない。
離れないと。
この子は、目の前の親友は。
親友じゃ、ない。
わかっているのに、動けない。
──違う。
動けないんじゃない。
"拒絶したくない"。
頭は違うと叫んでいるのに、
目が、耳が、心が奏音だと訴えている。
「ねぇ、いいでしょ?燐ちゃん」
張りついたような笑顔で、奏音が近づく。
何も、出来ない。
ただ、涙が溢れるだけだった。
奏音の手が頬に触れる。
じわりと、頬から何かが染み込んでくる感覚がした。
「……ねえ、奏音」
震える声で、彼女に尋ねる。
「──本当に、こんな形で、良かったの?」
奏音は、答えなかった。
視界の半分が黒に染まる。
指先の感覚が遠くなる。
──私の身体が、私のものじゃなくなっていく。
心のどこかで、その事実を受け入れ始めていた時。
──空間が、割れる。
ガラスのように飛び散る教室。
夏の夜風が頬を打った。
光の中に、一つの影。
その影は──
「──火那森さん!」
私を現実に引き戻す、頼れる後輩だった。




