手の鳴る方へと、消えていった私たち
「──ふぅ」
一息ついて、刀を振る。
刀身の火が霧散する。
連動するように、図書室の火も消えていく。
火が消えた図書室に、影は残っていなかった。
「どう?狐火」
《──うん、ほぼ燃え尽きたみたいだ》
言葉が引っかかる。
「ほぼ?」
《ああ。一冊だけ、残ってる》
先ほど開けた穴から再び図書室に入る。
部屋の真ん中に、傷ひとつない黒い本があった。
「これは……」
《運良く燃えなかっただけって線もあるが──》
《まあ、こういうのは"最悪"を想定するのが定石かな》
狐火がゆるりと身体から抜け出す。
混ざり合った感覚が、元に戻る。
『こういう時、紫蜘蛛ちゃんなら上手いこと処理するんだろうけどねぇ』
本に近づき、手に取ろうとする。
だが。
──黒い影が、本を奪い去った。
『っ!』
「誰!?」
見えなかった。
暗がりなのもあったが、それ以上に速かった。
刀に手をかけ、影の消えた先を見る。
──手を叩く音。
〈鬼さんこちら──〉
〈手の鳴る方へ──〉
目隠し鬼の唄。
『……鬼はどっちなんだか』
ため息と共に、ゆらりと狐火が立ち上がる。
『それで、どうする主?僕としては"行かない"方に票を入れたいんだけど』
「……でも、あの本にはなにか秘密があるはず」
呪詛に塗れた本。
憎悪を吐き散らしていた影達。
唯一残った黒い本。
それを守るように奪った影。
何かが、繋がりそうな気がする。
『まあ、そうだよねぇ』
狐火が、まるで最初からそうするつもりだったかのように、音の方へ歩き出す。
『じゃあ行こうか、主。鬼ごっこに付き合ってあげようじゃない』
「……ええ。行きましょう」
狐火の後を追い、手の鳴る方へ。
その先は──資料室。
〜〜〜〜〜〜
資料室の扉を開けた先は、異様としか言えなかった。
"世界"が、あった。
「なに、これ」
言葉を失う。
未舗装の砂利道。
木製の電柱。
木造の戸建て。
教科書で見たような、昭和の街並み。
元々、資料室は広くはない。
教室2つ分くらいの間取りで、昔使われていた道具や小さなジオラマが置いてあるくらいなはずなのだが。
『……随分趣味の悪い懐古趣味だ』
狐火が呟く。
赤々とした黄昏。
人気のない建物。
生気のない街。
まるで、映画のセットの中に立っているようだ。
「……でも、この時代にあんなのないはず」
目についた違和感を指差す。
時代に似つかわしくない青と白の展望台が、一つだけ佇んでいた。
自分が覚えている形とは微妙に違う。
「それに、あの車」
目線を移す。
この時代には合わない、最新のスポーツカーが停まっている。
車はあまり詳しくはないが、それでもこの街並みにあのスポーツカーは異物だということは分かる。
「……全てが微妙に違ってる」
『まるで、誰かの夢の中だな』
尻尾をゆらりと振って、狐火がぼやく。
『とりあえず、さっきの影と出口を探そうか』
「そうね。何か手掛かりがあればいいんだけど」
街を歩く。
注視するほど、街の継ぎ接ぎ具合が目につく。
八百屋の隣に建つゲームセンター。
肉屋に並ぶ鮭の切り身。
街頭テレビに映るのは、最近のアニメの一コマ。
店に並ぶ食材は、食品サンプルのように無機質。
木造のように見えた施設も、触れてみるとハリボテめいた軽さと薄さだった。
「誰かの夢っていうのも、あながち間違いじゃないのかも。それも、多分一人の夢じゃない」
『確かに、あまりにも時代観が混ぜこぜだし、質感もおかしい』
二人で違和感を口にしあっていると。
〈鬼さんこちら──〉
〈手の鳴る方へ──〉
また、あの唄が聞こえてきた。
『……おや、焦れちゃったかな?』
狐火が音の方を睨む。
「……行きましょうか」
『了解。でも、僕が前ね』
誘われるままに、二人で手の鳴る方へ。
音を追ううち、どんどん道が暗くなる。
二人で道幅を埋めてしまいそうなほど細い路地。
壁の如く立ち並ぶ家々からは明かりこそ灯っているが、変わらず人気はない。
『こりゃ、家の中まで探さないとかねぇ』
狐火が壁を指で叩く。
「……人がいたとして、素直に開けてくれるとも思えないけど」
『その時はその時さ。住人はさっきの影みたいなのだろうし、対処は──』
話が止まり、狐火の耳が動く。
「どうしたの?狐火」
『静かに、主。なにか聞こえる』
狐火が足を止める。
路地から、音が消えた。
──いや。
もしかしたら、なにも鳴っていなかったのかもしれない。
〈通りゃんせ、通りゃんせ──〉
〈ここはどこの細道じゃ──〉
通りゃんせ。
──この路地では、あまり聴きたくない唄だった。
〈天神さまの細道じゃ──〉
唄と共に、影が立つ。
影が色づき、少女が現れる。
白いブラウス、赤い吊りスカート。
手には先ほどの黒い本。
『ちっと通してくだしゃんせ』
狐火が返すように口ずさむ。
〈御用のない者 通しゃせぬ──〉
『この子の七つのお祝いに──』
『お札を納めにまいります』
狐火が私の肩を叩いて唄う。
〈通りゃんせ、通りゃんせ──〉
少女が、消える。
一枚の紙を残して。
「これは……」
紙を拾う。
チラシのような紙に書いてあったのは。
"子どもを探しています。
名前 山田花子
年齢 11歳
服装 白いブラウスに赤い吊りスカート"
──さっきの、女の子だった。
〈嘘ついた〉
「……っ!」
虚空から声が響く。
〈お祝いなんかしないのに〉
〈そうやって、また私に嘘つくんだ〉
〈あの時だってそうだった〉
「何を、言って…」
〈いいものあげるって言って──〉
〈私に、毒を食べさせた〉
「っ!?」
「それって…まさか」
──空間が、歪む。
〈みんな、そう〉
〈理不尽に苦しみ、そして死んだ〉
〈自ら命を絶った子、人知れず命を奪われた子〉
景色が、次々と塗り変わる。
古い校舎。
名前を隠された学校の看板。
顔を消された、笑顔の子どもたちの集合写真。
──トイレで倒れている少女。
首を吊った青年。
全身傷だらけで捨て置かれた少年。
──いくつもの、"生"と"死"を見せられる。
〈あれは一体、誰のためのお祝いだったの?〉
〈あの人たちは笑ってた〉
〈私が苦しむ姿を見て〉
少女の目元から、一筋の光が流れる。
光は、落ちる頃には血の色に変わった。
〈──だから今度は、私たちの番〉
影たちが、空に昇る。
十、二十。
百、二百。
やがて数えきれなくなる。
血に染まった大小様々な制服。
ボロボロのランドセルや学生鞄。
それらを纏った、人だったものたち。
首が折れた影。
腕を引き摺る影。
身体の一部が欠けた影。
泣き声。
笑い声。
恨み言。
全てが絡み合い、押し潰しあい、骨のように軋みながら、一つに収束する。
眼窩が開く。
暗闇よりなお暗い闇が、こちらを睨む。
──それは、巨大な髑髏だった。




