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第六十四話 部屋にお呼ばれした

「お礼にこれっ、あげる!」


 はしゃいだ様子で、エヴァちゃんはオリヴィアさんに、手に持っていた何かを差し出す。


「わ、私にですか?」


 うん! という元気のいい返事とともに手渡されたのは、小ぶりな黄色い花だった。てんで花には詳しくないが、すみれに少し似ているだろうか?


「えへへ……あ、あの、ありがとうございます」


「どういたしまして! じゃあね!」


 あげ甲斐のあるオリヴィアさんの素朴な笑みに、エヴァちゃんもご満悦の様子で去って行く。


 さて、どうしよう。なにか都合のよい、適当なものはないだろうか。そう視線をさ迷わせていると、察したらしいオリヴィアさんが言った。


「す、少し、待っていて下さい」


 そう言ってどこかへ少し消えたオリヴィアさんは、水を入れたコップに花を差して戻ってきた。


「と、とりあえずは、これ……とか」


 心なしか、彼女も普段より言葉が弾んでいる気がする。一瞬、お金を出したのは僕なのにとも思ったが、仮に僕も貰っていたとしても、今のオリヴィアさんほど喜んだ様子は見せられなかったろう。


 そう思うと、貰えなかったのは不幸中の幸いだったかも知れない。並んでいると、似た表情を浮かべているつもりでも目立っちゃうからね。あとで花瓶でも買ってくるとしよう。


 二人でそれぞれの部屋へ戻るため、階段を昇っているとき、オリヴィアさんが振り返った。


「こ、このあと、ジョージさんはどうされますか……?」


 どうしよう。まだ、寝るには少し早い時間だ。とは言え、魔力回路が治るまでの間は安静を言い渡されている。


「とくにこれと言った予定はないかな」


 本来ならいつも通り、こっちの文字や言葉を魔法の補助でなく頭で覚えたり、買った地図を読み込むのにあてる予定だった。


 ところここで、僕はオリヴィアさんから意外な提案を受けた。


「そ、その、もしよろしければ、なのですが……」





「ま、まだ荷物も置きっぱなしなのですが……その、ど、どうぞ……」


「お、お邪魔します……」


 僕を部屋へ招き入れたオリヴィアさんは、明らかに緊張していた。さっきは意外と大胆なんだなと思ったものだが、まあ、この人だし仕方がない。比較対象のエマさんが少しおかしいだけだ。


 それでも、こんな態度を取られては僕まで硬くなってしまう。ど、どうしよう。中学校を出て以来、久し振りに女の子の部屋へ入ってしまった。


 自分で言うのもなんだが、これは相手が一回り近く年下だからこそできたことである。もし仮に彼女が同年代だったとしたら、こんな不敵な真似などとてもできなかったに違いない。


 ここはまだオリヴィアさんが入って一日目だと言うのに、もう僕の居室とは違ういい匂いがする。それだけでも、若干気まずい。


 いや、落ち着こう。彼女はたしかに大人びた美人であるが、所詮は二十歳にもなっていない子供である。蔵では素数を数えた結果恥ずかしい失敗をしたが、同じ轍を踏む僕ではない。今回は普通に深呼吸だ。


 ヘソのおよそ五センチほど下にある下腹部、臍下丹田に意識を集中しながら、吸った倍の時間をかけ吐いて……。


「あ、あの、もしかして嫌な臭いでも……」


「いや、普通にいい匂いしかしなーー」


 あ、やらかした。そう思いながらオリヴィアさんのほうを見ると、花を差したコップを起きながら目を点にして僕を見ていた。


「ご、ごめん。変な意味じゃっ!?」


「い、いえいえっ、臭い私なんかにはもったいないお言葉でっ!」


 ああっ、なんでこうなるんだろうっ。本当はもっと大人の雰囲気を出しながら、『ハーディ・ドス・ノール……コニャックだ。()りねぇ……』みたいなことを言うつもりだったのに、これでは台無しである。


 だいたいオリヴィアさんの言葉もおかしい。これではまるでガリプロ・アイドル科の狂犬である。別によい香りしかしないのに、自己悪臭恐怖症でも罹患しているのだろうか。それとも、いつもように自分を卑下して慰めを待つフリなのだろうか。


 度が過ぎた謙遜は嫌味にしかならないが、この人はそれを他人が羨むものを多く持っておきながら悪意敵意なく無自覚にしてしまうのが問題だと思う。いったい、どうしてこんなに自己評価が低いのだろう?





 それから僕は、オリヴィアさんの部屋で彼女の演奏をBGMに、ぼんやりと座り込んでいた。


 なるほど、元の世界にいた頃耳に入った程度の言葉でしかないのだが、たしかにハープの音色というのは響きが優しく、聴いていると心が休まる気がする。


 それに、あまり生で見たことも聴いたこともない楽器ということもあってか新鮮さを感じる。お恥ずかしながら、これまではビルマの竪琴に出てくる楽器、という程度の認識しかなかったのだ。


「いつも、そんな感じで弾いているの?」


「い、いつもであれば、も、もう少しぐらいまともな……いえ、け、結局はこうなのかも知れません……」


 なんとなく、世間話のつもりで聞いてみただけだったんだけど、オリヴィアさんは酷く畏まりながら弁解し、そしてすぐに意気消沈してしまった。


「上手くいかなかったの?」


「その、はい……全然駄目で……」


 彼女はそう続けるが、僕はオリヴィアさんが弾くハープの音しか知らないので、なにがよくなかったのかさっぱりだ。


 もしかしたら、それなりに弾けてはいても悪い意味で完璧主義な彼女にとって納得のいく出来ではなかった。ということもあるのかも知れないが、今の僕にはまるで判断がつかない。


 ただ、普段から楽器に触れているというのは本当なのだろう。その証拠というわけではないが、彼女の指先は荒れ、皮も厚くなっている。一緒くたにはできないのだろうが、琴を弾く人とそっくりの指だった。


 そういえば、あのジミ・ヘンドリックスは生前、こんな言葉を語っていたらしい。


『独りでギターを弾くのは好きだよ。自分の部屋でも、こういうライヴ前の時間でも、独りで弾いているのは嫌いじゃない。気分が滅入ってる時でも、沈んでる時でも、ただギターを持って弾くだけなんだけど……。ジャムと同じで、いつも繰り返されていることに過ぎない』


 授業中に歌もリコーダーも冴えなかった僕にはわからない感覚だが、たぶん音楽に傾倒している人というのは、そういうものなのだろう。

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