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第六十三話 二人に相談した

「ふぅん。つまり、領主から呼び出し食らっちまったのか」


 帰ってきた二人へ、お土産とともに今日宿へ戻ってからの次第を伝えると、アンナさんはまるでヤンキーの世間話じみた調子で言った。


「はい。納品して戻ってきたら、ギャヴィン試験官とジェイコブ支部長が」


「ははっ、また一段と磨きがかかってたろ。あのハゲ頭」


「えっ、い、いやぁ……」


 ひょっとして、これは親しいからこそできる物言いなのだろうか。正直、あの人が誰かと砕けた会話をしているところなんて、例えアンナさんでも想像つかないけど……。


「アンナ、他人の身体的特徴を揶揄してはいけませんよ」


 一言釘を刺したエマさんへ、アンナさんは鬱陶しそうな顔を向けた。


「単なる冗談だろうが……で、その支部長様がなんだって?」


「なんだか、この前頑張った奴と会いたいから、と」


 ふむ、と、アンナさんは顎に手をやり思案する素振りを見せる。


「こりゃ、引き抜きかもな……」


「じょ、ジョージさんを、ですか……?」


 心細そうに訊ねるオリヴィアさんへ、エマさんもまた落ち着いた様子で答えた。


「ジョージさんは、これまでのFランク合格者の中でも類を見ない実力と、何より底知れないポテンシャルを持っておいでです。領主として、手勢に引き入れたいと考えるのも、自然なことでしょう」


 不意にアンナさんは、手についたシロップを赤い舌で舐め上げると、意地の悪い笑みを浮かべながらこちらへグイと身を乗り出してきた。


「お前、好待遇で声掛かったらどうするよ?」


「い、いや、行きませんよ」


 今の指を舐めた仕草や顔が近いことに少しドキドキしながらも、即座に否定する。二人には拾ってもらった恩があるうえ、クセはあっても信用できる人たちだ。ごく少人数という理由があるにしても、こういう環境で仕事をできる機会は、なかなか得難い。


 だいたい、例え待遇がよかろうが、勝手の知らない職場で合わない人と働くというのは、少なくとも僕にとってしんどいものだ。チャレンジなんて興味もないし、どんな商売であれ、続かないなら意味は薄い。


 それに、オリヴィアさんを勧誘したばかりで自分は他所へ行くなんて、いくらなんでも不義理が過ぎる。仮になんらかの事情で離れることになったとしても、この人がある程度一人で食っていける道筋をつけてから。


 それが、例え不遜にも年下扱いされても大人が子供にするべきことである。


 それにしても……アンナさんのイジりは、今日会った二人と違い、エロや色恋を絡めてこない。快男児のようにカラリとしていて、それが実に心地よいのだ。


 もっとも、その理由は本人がそういう話題を苦手に思っているからかも知れないけれど。ビキニアーマー以外の普段着も含め、格好の割になぜか過剰反応する人だし……。


「な、なんだよ」


「いえ……けど、断ったときの報復とかって、どうなりますかね」


 この懸念に対する答えは、ひどくあっさりしたものであった。


「それならないと思うぜ。会ったことはねぇが、今の領主自体は話のわかる奴らしいからな」


「寛大な領主さんなんですか?」


「はい。まだお若くして領主を継がれたのですが、私の見る限りはよく領地を治められています」


 言葉を引き継いだエマさんもこう言っているからには、最悪他の街へと夜逃げ……なんてことまでは考えなくてもよいのだろう。


 二人が帰ってくるまでの間、オリヴィアさんとあれこれ散々危惧していたのだが、どうやら杞憂に終わりそうだ。二人の見解も、以前カミラさんから聞いたとおりの人柄らしい。


「もっとも、お前がよほどの粗相をしでかしたなら、話は別だろうがな」


 また少しニヤニヤしながら、アンナさんが不安を煽ってくる。


「き、気をつけます……」


「アンナ、ジョージさんがそんなことをなさるはずがないでしょ。よしよし、なんにも心配いりませんからね」


「わっ、ちょ、ちょっとエマさん……!?」


 この人に抱き締められるのは安心するけど、別に今は命からがら森から出たあのときとは違うし、だいたい隣にオリヴィアさんがいるのに……っ。


 年下の彼女のほうへ視線を向けると、オリヴィアさんは気恥ずかしそうにしながらも目を逸らしてくれている。その心遣いが、かえって辛い。


 昔ガ○ガンのWeb喪女漫画で読んだ『クラスメイトの前でお母さんの世話になってるみたいな照れ』という感覚を、二十も半ばに差し掛かって教え込まれるなんて……ああ、ぎゅっとしないで。撫でるのも。骨抜きのダメ人間になっちゃう。


「だ、だから冗談だって……。まあ、顔覚えて貰うのも悪くはねぇだろ」


 こうして、エマさん以外の僕ら三人が気まずくなってしまったことから、ささやかなお茶会はお開きになってしまった。





「あ、あの、ジョージさんとエマさんのご関係って……」


「その、あの人無防備と言うか、スキンシップ過剰と言うか。オリヴィアさんが考えてるようなのじゃないから」


 事実その通りなのだけれど、オリヴィアさんはわかってくれたのかそうでないのか、よくわからない顔をしている。次からは、あのぬくもりに身を委ねないようにしなくては……。


「ジョージ、オリヴィアさん」


 そう自戒しながら廊下を歩いていると、エヴァちゃんから声をかけられた。僕らを待っていたのだろうか?


「こんばんは。どうしたの?」


「あの、お菓子どうもありがとう」


 しばらく寒空の下を歩いてきたかのような、少し硬いはにかんだ表情でお礼を言われた。宿へ入る際に女将さんへ渡しておいたお土産のことだろう。


「どういたしまして。何が一番美味しかった?」


「えっとね、そういうのいきなり言われても答えに困るけど、クレマカタラーナ、かな」


「クレマカタラーナ?」


「え、自分で買ってきてわかんないの?」


 こ、このクソガキ……せっかく好みを把握して次からの参考にしてやろうと思ったのに。


 だいたい、そんなメキシコのプロレスラーみたいな名前の洋菓子、一般的な男で知ってる奴のほうが少数派だと思う。


「く、クレマカタラーナは、シナモンなどの風味を付けたカスタードに、カラメルの層があるプディングの一種です」


 オリヴィアさんの説明で、ようやく名称とお菓子が一致する。どうやら、クレマカタラーナとは手の込んだプリンを指すらしい。


「オリヴィアさん、詳しいっ」


「お店やお菓子を選んだのもオリヴィアさんだぞ。お礼言っときなさい」


 目を丸くするエヴァちゃんに促すと、相変わらず上から目線の言葉が飛び出た。


「ふぅん、悪くないセンスだね」


「あ、ありがとうございます……っ」


 そしてこの生意気なガキの言動を、オリヴィアさんはとくに気にする様子も見せずに勢いよく頭を下げる。この人、本当にそれでいいんだろうか……。


「あのね、エヴァの、次は作りたてが食べたい!」


 一応、収納魔法へ入れていたので悪くなったりはしなかったはずだが、女将さんに渡してからエヴァちゃんが食べるまでの間に、熱したカラメルが冷めてしまったのだろう。


「で、では、次はエヴァちゃんもご一緒しますか?」


「うん! 今日みたいに、たくさん食べる!」


 本当は、近所の子たちと分け合って食べれたらいいんだろうけど……一度拗れた人間関係は、そう上手くいかないのだろう。


「最近、エマさんもアンナさんも忙しいみたいだし。ときどきお土産くれるけど……」


「じゃあレッドベアの大量発生が一段落したら、みんなでご飯でも行こうか」


「うん!」


 まあ、元気そうな顔も見れたし、今日ぐらいの生意気は許してやるとしよう。大人の心は海のように広いのである。

瀬戸内海ぐらい。タコとかも住んでるねんで。

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