特別編 ギルドの事務を手伝った
本来二部がはじまる前に投稿するはずだったものですが、お蔵入りさせるぐらいならと半端なタイミングで公開しちゃいます。カミラさんとの小話です。
「ジョージさん、ジョージさん」
顔を上げると、カミラさんから微笑まれた。見る者にクールビューティーという印象を与える顔が、ニッと崩れる。
そんな愛嬌のあるギャップを見せられ、僕は思わずドキリとしてしまった。
「一度休憩にしましょう。お茶と、少しですがお菓子もありますよ」
「ありがとうございます。いただきます」
お言葉に甘え、僕は帳簿の計算を一度切り上げることにした。
レッドベア大量発生事件のあと、魔力回路の損傷が回復するまで安静を命じられた僕は、内職に加え様々な雑用でお金を稼いでいる。そして今日の仕事は、ギルドの事務仕事の手伝いであった。
『え……お前、計算ができるのか』
『よ、読み書きをしているのは見ましたが……』
『ひ、人は見かけに寄らないね……』
『エヴァ、ジョージのこと普通に馬鹿だと思ってたよ……』
『……』
僕の受けた悲しい仕打ちは、だいたいこんなものである。病院でオリヴィアさんの見舞いに向かった際、このことを話すと彼女はリンゴを剥いていた指を切った。あとでこっちの気が引けるほど謝られたものの、正直に言って複雑な気持ちだ。
前世で僕は何をやらかしたのだろうか、なんて思っていたのも束の間、すぐにギルドから臨時の事務員として来てくれと頼まれる。
最初は様子見程度の量しか仕事を振られなかったが、すぐに他の方々と同じ負担を任されるようになった。
それにしても、部外者に対してのこの緩さ。改めて自分が勝手のわからない土地にいるのだと実感させられる。
とは言え、僕が任されているのは計算のみだ。文章に関しては、自分が書いている文字の意味がわからない恐さから、断らせてもらっている。
大昔のように、日出る国から日沈む国へ、なんてやらかしで不興を買っては堪らない。僕はこの街以外に居場所がないのだ。
その計算にしたって、足す、引く、掛ける、割るができればよいのだから簡単なものだ。検算も含め、頭の体操のようなものである。
気になるのは、もしこれらを魔力によって翻訳していた場合、回路に多少でも負担がかかっているのではないかということだった。
とは言え、病院の医者は順調に治っていると言っているし、それがなければ僕は日常会話すらままならないのだから、気にし過ぎても仕方がない話ではあった。たぶん、大丈夫なのだろう。
「ん、んぅーっ」
奥にある椅子に腰掛けたカミラさんは、両手を天井へ突き上げるよう伸びをした。無防備にも反されたことで強調された胸からサッと目を逸らすと、彼女は恥ずかしそうに「ちょっとオバさんくさかったですかね」とこめかみを掻いた。
僕としては、目線を外したせいでかえってそのあとの吐息なんかが色っぽく聞こえてしまったのだけど、そんなことを口外するわけにもいかないので、「お、お仕事、大変ですものね」と、スマートに返した。
「いえいえ、討伐に参加されている冒険者の皆さんに比べたらこれぐらい。レッドベアも少しずつ街から遠ざかりつつありますし、数も順調に減っていますから」
彼らに支払うお金なども含め、僕らも忙しく過ごしている、ということなのだろう。外に出るより楽には違いないが、滞りなく物事を回すうえで間違いなく重要な仕事である。
「ジョージさんにも助けられてますよ。ギルドのほうも、今は人手不足でして」
「いえ、あの程度でいいなら、喜んで」
「謙遜することありませんよ。それにしても、ジョージさんって魔法だけでなく事務仕事もこなせちゃうんですね。以前はどんなお仕事を?」
飯場などと同じで、冒険者も基本的に詮索は御法度なのだと言う。カミラさんは、アンナさんやエマさんと仲も良いみたいだし、少しぐらいなら話してもいいかも知れない。
「土木関係の肉体労働です。瓦礫を運んだり、ヘドロや草を取ったり」
「その、何か理由があった、とか?」
僕の言葉に、カミラさんは真剣そうな顔をした。
「理由ですか?」
それは端的に言えば、特別なことをできない人間は人が嫌がる仕事をするしかない、という身も蓋もない話になるけど……。
「いえ、話せないならいいんです。ジョージさんは後ろ暗い何かがある方ではないのはわかってますし」
この言い方だと、多少調べられたのかも知れない。まあ、新米冒険者が実は賞金首でした、なんて事態になっては一大事だろうし、当然のことなのだろう。
「ただ、せっかくあんな魔力や読み書きに計算ができるのに、どうしてかなって。忘れて下さい」
少し申し訳なさそうな笑みを浮かべられたので、計算に関しては話すことにした。
「いえ、読み書きと計算に関しては、習う機会がありまして。こっちだと、一般的にはどのように覚えるものなんですか」
「そうですね。私たちですと、どこかへ習いに行ったり、もしくは、家族や家庭教師に教わったり。私の場合は後者ですね」
聞きはしないが、いいところのお嬢様育ちだったりするのかも知れない。
「その、全体的な識字率とかって……」
「あまり、高くはないですね。冒険者も含め、自分の名前を書けない方も大勢います」
階級社会だから、だろうか。いや、日本も昔は明確にそうだったけれど、寺子屋などで教育を施していた。この文化の違いは、島国と大陸などのような、もっと別の要因があるのだろう。
別に僕は、こっちの世界の人たちを頭が悪いとは思わない。かと言って誰も彼もが賢いとも思わないが、体感的な比率としては元の世界と違いはないだろう。
そう考えると、僕程度の不出来な頭にすら四則演算程度は叩き込んで見せた日本の小等教育は、案外捨てたものではないのかも知れない。
ふと視線を感じると、カミラさんはじっと僕の顔を見ていた。いきなり黙り込んでしまったことを謝ろうとしたとき、彼女は溜め息とともに苦笑いを溢した。
「本当は私も、教育がもう少し開かれたものであるべきだと思っているんです。現状、チャンスを得られる人があまりに限られていますから」
同じようなことを考えている人がいると思うと、正直ほっとしてしまう。口も自然と、滑らかになった。
「やっぱり、元手とかの問題ですか」
「もちろん、それもあります。ただ……そもそも計算や読み書きがなんの役に立つんだ、という考えも根強いんです。事実、何のツテもコネもなく学問で身を立てるというのも、あまり現実的ではない話です」
やっぱり、どこも結局はそうなるのか。
「農家や職人の家も、後継ぎ候補や労働力を取られたくないでしょうしね」
「ただ、栄えてはいませんが北マディソンはいい場所ですよ。領主は領民の暮らしをよく気にかけ、できる範囲での支援を途切れることなく行っています」
この言葉を聞く限りでは、少なくとも良いところはある統治者のようだ。
「そういう方も、おられるんですね」
「少ないですがね。事情もありますし……それに多くの貴族は、民衆が学ぶことを好みません」
「その、反乱が起きたり、とか?」
カミラさんが、浅く頷く。いつの間にかその瞳は、印象通りの冷悧 なものへと戻っていた。
「もちろん、それは極端な例です。ただ、それだけでも序列が揺らぐ脅威を彼らは感じるのでしょうし、民衆が日々に不満を抱けば、どんな理由でも火が着くには足りてしまいます。現領主は、そういう人の心の機微を軽んじはしませんが……」
それでも、何かあれば飛び火して巻き込まれてしまうものなのだろう。怒りや恐怖で冷静さを失ったり、欲や渇きで目が曇っていては、学があろうが力があろうが、無意味どころか逆効果しか生まない。それこそ、どこであっても変わらぬ理なのだろう。
「それだけに、今回の事件は残念でした。慎重を期しての開拓だったのですが、まさかこんな事態となるとは……」
「レッドベアが出た原因って、まだ……」
「調査隊の選抜も、まだ先になるでしょう。今はとにかく、直近の脅威を排除することに専念するべきというのが、ジェイコブ支部長の判断です」
その判断が間違いとは思わない。それだけに、アンナさんやエマさんと討伐に加われない自分自身が歯痒かった。
「とは言え、今のままでは有力な冒険者さんが他所に流れてしまうかも知れません。そうなると新しい勢力争いがはじまって空気も荒れますし、下の世代もなかなか育ちにくくなってしまいます」
「その、アンナさんやエマさんは、残ってくれますよね」
二人の名前を出すと、カミラさんは僕に笑みを向けた。不安な誰かを安心させようとするときの、作り笑いだった。
「あのお二人は、珍しいですからね。まだお若いですし、本来ならもっと中央のほうで活躍していてもおかしくないぐらいです」
「やっぱり、中央のほうがいいんですか?」
「完全に王都となると、それもまた不都合があるのですが……実入りにせよ、昇級にせよ、ここより都合がいいところはたくさんありますよ」
おそらくあの二人には、そこまで冒険者として名を上げるという野心はないのだろう。そうでなければ、いくら魔力が多いと言っても僕のような新米の世話を引き受けてくれるとは思えないし、オリヴィアさんのことだって断られていたはずだ。
中央から離れていることに何か理由があるとしても、信用の置ける人間というのはわかる。だから僕も、あの二人には不思議と頼れるのだ。
「ジョージさんはどうしますか? ランクこそ今は低いですが、魔力に収納魔法の容量、教養と、いくらでも中央でやっていけると思いますよ?」
「俺は、できれば腰を落ち着けたいです。アンナさんやエマさんに、恩もありますし」
「偉いですね」
戦力が欠けなくてよかった、という含みの少ない、微笑ましい感じの笑み。その暖かさが妙にこそばゆく、僕は言い訳を連ねていた。
「その、二人について行けばいいって理由もあるんですけどね。俺、自分から仕事取ったりするの苦手なので」
事実、日雇いをしてみたときだって、いちいち電話をしてシフトを入れるのが面倒かつ億劫で安定して働けなかった。半強制的に決められたものだとしても、土木作業員になってからのほうが気持ちのうえでは楽だったぐらいだ。
「これから少しずつですよー。頑張り屋さんのジョージさんに、おねえちゃんはクッキーをあげちゃいます」
そう言うと、カミラさんは自分のぶんのそれをつまみ、僕のほうへ伸ばしてきた。
「い、いいですよ。ほら、自分のぶんありますから」
「私は座ってばかりなのでちょっと減らしたいんです。ほら、あーん」
慈しむような目、ペンダコのある綺麗な指につままれた、芳醇な甘さを醸すクッキー。すっかり飲まれてしまった僕は、気づけば口を開け、それを受け入れていた。
「はーい、もぐもぐ上手、美味しいねぇ。子供は大人に遠慮せず、お腹いっぱい食べようねぇ」
な、なんで逆らえないんだろう。と言うかカミラさん、嫌に楽しそうだな。エマさんほどの強制力はないものの、あれとはまた違ったやりにくさだ。
「……こ、このクッキー、どこで売ってるか教えて貰えますか?」
「ん、これですか? これはですね……」
とりあえず、今度オリヴィアさんのお見舞いに行くときはこれを携えて向かおう。あの人の口にも、合えばいいけど。
一応週二更新のノルマは達成…最低限でごめんよぅ(カツロー感




