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第六十一話 領主と会うことになった

本編に戻ります。

 そのあと、二人で洋菓子屋へ寄った。オリヴィアさん曰く、クレアさんやアリアさん、それにあのボーイッシュな子たちの間で、一度入ってみたかったお店らしい。


 若い女が甘い菓子を好むのは、古今東西万国共通のようだ。ユングの言うように、『人間の無意識は繋がっている』ということなのだろう。もっとも、僕とて嫌いではないが。


 話題のお店という割に、現在の状況もあってか店内は空いていたし、店員さんも親切だった。


「ごめんなさいね。今、モノが高くて」


 と、値上げを謝られたが、初めて来た僕からしたら元の値段を知らないので気にならない。それに、いそいそとメニューに目を走らせるオリヴィアさんの反応を見る限り、そこまで高いということもなさそうだ。


 彼女がお菓子とお茶を注文したので「同じものを」と、○タバへ行ったときのように続けると、人懐こそうな店員のおねえさんが「デート中?」と訊ねてきた。


 個人的には、精々仕事仲間の子供を映画館やスポーツ観戦へ連れていってあげる程度の気持ちだったのだが、オリヴィアさんのほうから期待の滲む卑屈な目線を強く感じる。


 見て確認するわけにもいかないので、はいと返事を返すと、おねえさんは面白いものを見る目で笑い、「たくさんサービスしてあげるから頑張りなさいよ」と耳打ちし、去って行った。


 僕がきちんとした二枚目なら、こんな辱しめは受けずに済んだろうな……そう思いながらオリヴィアさんのほうを向くと、彼女はあからさまにモジモジしながらテーブルへ視線を落としていた。


「そ、その……」


「どうしたの?」


 訊ねると、オリヴィアさんは視線を上げはしたものの、自信なさげに僕の顎と喉の辺りをうろつかせる。


「さ、さっきの店員さんや、納品先のおねえさんのように……は、話の上手い人のほうが、楽しい、ですよね……」


「んー、まあ、間が持って楽って言うのは間違いなくあるけど、オリヴィアさんとゆっくりしたペースで話すのも好きだよ」


「で、でも、嫌な気持ちになったりとか……」


 この人が察してちゃんなのは、まだ僕が信頼を勝ち取りきれていないからなのだろうなあ。なんて思いながら肯定を重ねる。


「あはは、ならないならない。だいたい、楽しさや面白さって、色んな種類があるでしょう? オリヴィアさんとの時間だって、同じく嬉しいものだよ」


「……ジョージさん、その、私ーー」


 オリヴィアさんは僕へ何かを言いかけるも、なぜか僕の後ろを肩越しに見てたじろぎ、言葉を止めてしまう。なんだろうと振り返ると……そこには、さっきの店員さんたちが、物凄くニヤニヤしながら僕らを見物していた。


「いやあ、ごめんごめん。あんまり坊やが熱心に口説いてたから。あれ、顔赤いけど」


「な、なんでもないです!」


 早く行ってもらいたいところで、オリヴィアさんが口を挟む。なんだか、嫌な予感が……。


「あ、あの、ジョージさんは今日私を誘って下さって、で、デートなんですけど、その……口説く、とかでは……」


「あら、それは酷いねぇ。その気もないのに女の子を誘って弄ぶだなんて」


「そ、そんなことないですっ。ジョージさんは私なんかを気にかけてくれて、優しくてーー」


 店員さんの目が獲物を見つけた鷹のように光る。こうなってはもう、僕らは完全に彼女のオモチャであった。


「なるほど、つまりお嬢ちゃんのほうから坊やを狙っていると」


「ち、違っ、そうじゃなくてっ! 私はお世話になっているのでーー」


「オリヴィアさん、出ようか。お菓子要らないので会計はこれで」


「ご、ごめんごめん。悪気はなかったんだよ、ね?」


 机にお金を置いて去ろうとすると、店員さんは慌てて謝ってきた。元の世界にいた頃からそうだったけど、どうしてこういう人って、こっちが怒る素振りを見せるまでやめてくれないのだろう。ほんの少しだけど、面倒臭い。


「は、はいこれっ。おまけしてあげるから、ゆっくりして行ってね」


 店員さんはお菓子を置くと、愛想笑いを浮かべながら逃げるように去っていく。後ろの人たちが攻撃的な態度を取ってきたら面倒だと思ったが、皆持ち場へ戻っていった。ちょっとはやり過ぎたと思っているらしい。


「じゃあ、食べようか」


「は、はい」


 まあ、ああいう本音の話を茶化さないで真面目に返してくれる実直さも、間違いなくオリヴィアさんの取り柄と言えるのだろう。それを確認できただけでも、よかったのだと思うことにした。





 チップを三百ギルのみ置いて、お店を出た。元々は五百や千ギル置いていくつもりだったのだが、それは面白くない。


 かと言って、あのあとも埋め合わせのように注文していないものまで出された手前、当てつけのように百ギルだけというのも、こっちが小物のようだ。事実根に持つ小物ではあるが、自らそれを証明するというのも気分が悪い。


 なので、銅貨を三十枚机に置くと、会計を済ませ帰路についたのだった。


「お、美味しかったですね」


 オリヴィアさんも、僕に習ったのか同じ額を置いていた。三百ギルはチップの額として、それほどおかしいものでもなかったのだろう。


「うん。オリヴィアさんが選んでくれたお店で正解だったね」


 エヴァちゃんへのお土産物を収納魔法に仕舞い、夕焼けの中を歩く。お菓子の味自体は、元の世界でときおり食べていたスーパーのものより上の、値段相応な間違いないものであった。


「それにしても、今日食べたお皿に色々盛ったの、初めて食べたけど美味しかったね」


 ともに頼んだそれは、紅茶の香りをつけたパンを敷いた皿に、生クリームやカスタード、そして砂糖漬けにした果物などを添えたものであった。


 たぶん度の強い酒も使っているのだろうが、それがヘンに浮き出てしまうことなく全体にまろみを加え、個性の強い食材を一つの料理としてまとめることに成功していた。


「さ、サバランですね。今日使われていたお酒は、キルシュに白ワインでしょうか? 杏のジャムとともにブリオッシュもよく染みていましたね」


 オリヴィアさんも、詳細を饒舌に語っている。食べてるときの仕草もスマートだったし、やはり育ちのいい子なんだろう。


「凄いね。洋菓子博士みたいだ」


「は、博士なんてそんな……わ、私なんて、助手にも全然届かない程度で……」


 謙遜とは裏腹に、かつて見たことないほどデレデレしている……たしかに美味しかったけど、そんなに好きなのか。サバランとやら。


 そんなやり取りをしながら、宿まであと少しのところまで来たとき、そこには覚えのある顔があった。


「あれ? 玄関のとこに立ってるの、ギャヴィン試験官じゃない?」


「ほ、本当ですね。し、知らない方も、お隣に……ど、どうしたんでしょう……?」


 もう一人は、毛髪の薄い老齢の男性である。ギャヴィン試験管も僕らに気づいたのか、声をかけてきた。


「お前ら、ようやく戻ってきたか」


「お、お久しぶりです」


「ギャヴィン試験官、お久しぶりです。お体の具合はいかがですか?」


「まだあっちこっち戻らねえよ。全く、まだ街の近辺には、レッドベアどもが彷徨(うろつ)いてるってのに」


 僕らを守るため、あれだけの奮闘を見せたのだ。それ相応の代償を、この人も支払わされたのだろう。


 それでもなお戦いに赴けないことへのフラストレーションを溜めているあたり、のんびりできて内心どこかホッとしていた自分が情けなかった。


「ところで、お連れの方は……」


「ああ、この(ノース)マディソンのギルドの長を務めている、ジェイコブ支部長だ」


 向き合ってみると、その立ち姿は老い痩せてこそいるものの、たしかにアンナさんやギャヴィン試験官に通ずる、姿勢や力感などのバランスの良さが残っていた。若い頃なら、この人も猫のように動けたのではないだろうか。


「初めまして。君がジョージかな」


「はい、初めまして。ジョージと申します」


「礼儀正しいね。デート中に申し訳ないが、少しいいかな」


 別に茶化されている雰囲気はなく、むしろ高圧的でこそないが有無を言わさぬ調子でこそあるものの、こんなお爺さんにまでデートなどと言われるとどうも気まずい。


「は、はい。なんでしょう……?」


「この(ノース)マディソンの領主が、君に会いたがっているんだ。今回の事件で類い稀な勲功を上げた君を、是非とも直々に表彰したいと」


「俺も同伴してやるから、余計な心配はするな」


 スムーズに続ける横にいるギャヴィン試験官の雰囲気から察するに、もう僕が行くのは半ば決定事項のようである。

飯描写って難しい。井之頭五郎は凄い。孤独のグルメ好き。松重豊も好き。

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