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第四十八話 使えそうなものがないか、二人で蔵を探った

 事態が急展開を見せたのは、蔵へ立て籠ってから、およそ一日近く経った頃だったろうか。


「な、なんだ!?」


「……ッ、レッドベアども

やつら

だ! 夜を待って、仲間を集めてきやがったんだ!」


 突如はじまった、四方八方の壁から聴こえる轟音は、まるで鼓膜を通して神経さえ削り取ってくるかのような、本能へ訴える危機感に満ちていた。


「持たないですよね、さすがに」


 落ち着いた口調にも、隠しきれない緊張を滲ませながら尋ねたアリアさんへ、ギャヴィン試験官はごまかすことなく答えた。


「一応、この蔵は魔物に荒らされないよう堅牢な造りになってはいる。が……、レッドベアほどの魔物は」


 想定外、ということなのだろう。本来の生息域からは大きく離れているのだから、無理もない。


「粗方削られてしまったら、あとはもう体当たりで壊されてしまいますね……」


 幸い、戸は窪みのように引っ込んだ位置にある。この建物の最も脆いそこは、少なくとも今のところは無事のようだ。


 しかしその、大柄なレッドベアどもの侵入を防いでいる凹凸も、今壁にしているよう削られ奴らの鋭い爪が届いてしまったなら。多少分厚い程度の扉など、紙風船同然に破られてしまうことだろう。


 それに今も出口では、燻り出された僕らを今か今かと待ち構えているに決まっている。なにせ奴らは獰猛なだけでなく賢い魔物なのだから。


「この音、どれだけの数に囲まれているのか見当もつないわよ……?」


「し、試験官、通信魔法はまだ繋がらないんですか!?」


「……少なくとも、反応自体はあったんだが……魔素があまりに満ちている影響で繋がらん」


  この世界には大抵の場所に魔素と呼ばれるものがあり、それを使うことで多くの人々は魔法の恩恵を与

あずか

ることができているらしい。しかし、その量や質、流れや澱み具合によっては悪影響も出てしまう。ギャヴィン試験官の通信魔法が上手く繋がらないのも、それが原因だろうとのことであった。


 辛うじて得られた反応から今わかっているのは、少し前まで街に確実に生きている人間がいた。ということぐらいだ。


「剣があればな……」


「ごめん、ボクら、ジョージを運ぶので手一杯で」


 一人ごちたのを聞かれ、何も悪くない人に謝らせてしまった。陰が差しては、ボーイッシュな子のせっかくの二枚目然としたルックスも台無しである。フォローしなくては。


「ああ、いや、余計なこと言ってごめん。おかげで助かったよーー」


 伝えきれたかどうかのうちに、レッドベアがぶつかってきた衝撃で蔵が揺れる。そのとき生じたいくつかの短い悲鳴で、僕の言葉は掻き消されてしまった。


「ま、魔物よけは……」


「落ち着け。レッドベアほどの魔物にここまで敵対心を向けられた状況で、意味があると思うか?」


 その通りだろう。もし効果があるようなら、最初に蔵を飛び出したときに、オリヴィアさんかクレアさんが使っていたはずだ。


 現状、僅か一日ばかりの休息しか得られていないのでとても万全とは言えないが、それでも倒れた頃よりは動ける。体の調子は、少しずつ最悪から抜け出しつつあった。


 なにか使えるものはないだろうか。僕は立ち上がり、微かに湿った埃の臭いがする蔵の中を探りはじめた。


「あ、あの、お体は……」


 振り向くと、オリヴィアさんが心配そうにしながらも、僕を咎める目で背後へ立っていた。


「ん? ああ、平気平気。ありがとうね」


 そう言いながら見つけた釘の箱を棚へ戻そうとしたとき、まだぎこちなさが残る僕の所作を、横から伸びてきた細い腕が底を支えてくれる。呆気に取られているうち、箱はじゃらりと音を立てながら、もとの位置へと戻っていた。


「……ごめん。助かるよ」


「な、なにかするんですよね……? その、お、お手伝いできることであれば……」


 心配してくれる誰かがいる。それがどれだけ心の慰めになることだろうか。


「……ありがとう。何か使えるものがないか、一通り見たいんだ。確認するときの手伝いとか、何に使うかわからないものがあったときの説明、頼めるかな」


 オリヴィアさんは緊張した様子ながらも、背筋を伸ばし、こうはっきりと声にした。


「は、はいっ。私にわかることなら……!」


 そうして、僕らは箱の中身を改めはじめた。


「こっちは大工道具とかが中心か……そっちの鉱物みたいな石は?」


「こ、これは魔石と呼ばれるもので……主に加工をして、魔道具としてか、活用したりするものです……」


「この半透明な袋は? なんとなく、ビニールに近いような感じだけど……」


 手前に小さめの袋が多くあり、奥にはその元となったらしき大きめの開かれたそれが重ねられている。反応がないので摘まんでオリヴィアさんへ掲げて見せたとき、彼女がしどろもどろになっていることに気づいた。


「そ、それは、その……」


「えっと、なんかヤバいやつだったり……?」


 もう既に結構がっつりと触れてしまっているけど、貴重で高価な素材だったりするのだろうか。


「や、ヤバいと言いますか、なんと言いますか……」


「具体的に、何に使ったりするの?」


 オリヴィアさんが言い辛そうに答えた言葉を耳にしたとき、僕は馬鹿な質問をしてしまったことを激しく後悔することとなった。


「……ひ、ひひにんの、ための……」


「ひひにん?」


「ひ……避妊のための……赤ちゃんがっ、できないよう男の人がつ、付けるためのものです……!」


「……あぁ……あああああーっ!」


 ど、どうしよう!? これもう、ちょっとやそっとじゃ申し開きが立たない類いの失態じゃないか!? 目の前のオリヴィアさんは耳まで真っ赤なうえ目もちょっと潤んでるし! セクハラ加害者である僕も、ちょっと貰い泣きしそうだと言うのにっ。無垢な小学生だった頃、性教育のあと給食や掃除で同じ班だった最上級生の女子に、『どうやって精子を女の人の卵子まで届けるの?』と訊ねてしまったトラウマまで蘇ってきた。あのときの当惑した彼女の様子は今でも夢に出てくる。


「そ、そそ、そうなんだね。まあこれ、今は関係ないし、しまっておこうか!」


「は、はい……」


 すっかり本調子でなくなってしまったオリヴィアさんを前に、慚愧に堪えぬ思いである。別に僕だって、コンドームぐらいは知っているのだ。ただ、元の世界のそれとこれは、魔物の膀胱などを用いているからか全然違う形状だし、だいたいこんな事態で判断力も変な意味で落ちているし……。


 と言うか、なんでこんなのが蔵にあるの? 作ってどうするの? いや、無責任に子供作るよりは遥かにいいと思うけど!


「ほ、ほら、レッドベアがまだガリガリドンドンやってきてるし、他の箱も見ちゃおうか。もう少し手伝ってもらいたいなあ!?」


「そ、そうですね……! わ、わからないものが他にもあったら、こ、困りますし……!?」


 もうやけくそである。それこそ、レッドベアに雪崩れ込まれ食い殺されたいぐらいにはヤキが回った状態で、僕らは強引に作業へ戻る。これまでとは違うぎこちなさで箱の中身の確認を続け、そして最後の箱に、それはあった。


「……これは」


「ま、魔力の測定に使った水晶ですね……」


 オリヴィアさんの言葉通り、それは昼間の試験で使ったのと同じサイズや形状のものであった。


「あ、あの……どうしましたか……?」


 手に取り考えをまとめているとき、オリヴィアさんが気にかかったのか話しかけてきた。


 もしかしたら、なんとなるかも知れない。僕はオリヴィアさんに頼みごとをするため、沈黙を破った。


「いくつか、運ぶのを手伝って欲しいものがある。けど、一先ずみんなの場所へ行こう」

更新空いたうえ、ちょっとエッチな話でごめん。

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