第四十七話 立て籠り少し休んだものの、事態が動きはじめた
「ま、待って。ジョージはあまり体を動かさないで」
とりあえず、白湯の用意をはじめた僕のことを、アリアさんが慌てた様子で止めてきた。
「いや、これぐらいなら別にーー」
「今は生き残るために、ギャヴィン試験官とジョージの力は絶対欠かせないの」
これまで聞いたことのない強い口調で咎められ、正直戸惑いを禁じ得ない。けれど大人びて見えるこのアリアさんも、まだオリヴィアさんたちと近い世代の子供なのだ。
そのうえ、つい先ほどまであのレッドベア相手にリーダーとして苛烈な戦闘を繰り返したうえ、撤退戦まで任されたのだ。神経質になるのも当然のことなのだろう。
彼女自身、僕へ食い気味に言い放ったあと、そんな自分に少し驚いた様子を見せた。次いで、恐る恐ると言った具合に僕の表情を窺ってきたので、首を振ってやる。すると彼女は安心した様子で、僕から道具や、なみなみ水を注いだ鍋を受け取った。
「……だから回復に務めてね」
「ありがとう、アリアさん」
いつもの大人びた表情が、いたずらっぽく微笑みを作る。感謝の言葉とともに、僕は出された皿へ昼間に余った料理を盛った。おそらく、ギャヴィン試験官が食べるぶんなのだろう。縁が高い木のお椀に、スープも注いでやる。
それが終わると自分の皿にも盛りつけたのだが、なんとなく気まずい。なにせ横では、せっせと白湯の準備をしているアリアさんがおり、そしてこの蔵の中には、少なくとも今回は食べられない人たちがたくさんいるのだ。
あの騒ぎの中、非常食を持って逃げることができた人なんて、皆無と言ってもいいだろう。この状況がいつまで続くとも知れない中、理屈ではわかっていてもやはり食べづらい。
「どうした、さっさと食え。まさか遠慮してるんじゃないだろうな」
逡巡しているうち、野太い声が飛んできた。器から顔を上げると、口元にソースをつけたギャヴィン試験官が、フォークを動かしながら僕を睨んでいた。
「……いえ」
「力のある奴こそ生き延びて、全体の力にならなきゃならないんだ。それこそ駄目そうな奴がいたら見捨てて、そいつのぶんの物資を奪ってでも生きなきゃならない。多くを救える奴っていうのは、そういう人間だ」
そう口では言うギャヴィン試験官ではあるが、彼は僕らのために残って死ぬことを選んだ人間である。そんな人にここまで憎まれ役を買って出られたら、食べないわけにもいかないだろう。続いて他の面々からも声が上がりはじめた。
「気にするなよ」
「その代わり、またボクらのこと守ってね」
「あったかいうちに食え食え」
「まったく、変な気を回してないで早く食べなさいったら」
「ひ、ひょっとして……まだ、食べられそうにありませんか……?」
「いや、食べるよ」
心配そうなオリヴィアさんに返事をして、残り物のミートパスタを頬張る。その瞬間、まだ飲み込んでもいないというのに、体が猛烈に熱くなるのがわかった。回復のためのエネルギーを貪欲に欲し、残った力を嚥下や咀嚼に放出しているかのようだ。
ふと視線を感じて顔を上げると、皆がほっとした表情を浮かべている。僕の躊躇いが気を使わせてしまっていたのか。年齢だけ大人では仕方ないなあ、と内心苦笑していると、未だ心配そうな表情のオリヴィアさんに提案された。
「お、お一人で、食べられますか……?」
次の瞬間、蔵に妙な歓声が沸き、次々冷やかしの声がかかってきた。
「おいジョージ、いい機会だから食わせて貰えよ」
「美人な子に食べさせてもらえて、羨ましいぜ」
仕方ねぇなあと笑って済ませようとしたところ、真に受けたオリヴィアさんが動揺を隠そうともせず反応してしまう。
「じょっ、ジョージさんは私たちのために……つ、辛い思いをされているので……そ、そのっ、そういうのはやめましょうっ」
すると、先ほどより大きな笑いがどっと生まれてしまう。アリアさんたちすら、微笑ましそうに肩を震わせていた。
「いいぞオリヴィア、熱く口移しで食わせてやれ」
「さっきから熱いねぇお二人さん」
「で、ですからそうではなくてっーー」
「あのさぁ……オリヴィアさんのことは、あんまからかうなよ」
彼女を制して嗜めたものの、かえって材料を与えてしまったようで、余計に茶化しはヒートアップした。
「やっぱお前らできてんだろ」
「えっ、そうなの?」
「ジョージ!? あんたって奴は……っ」
「で、できてないです~っ!」
そこにアリアさんやボーイッシュな子まで乗っかってきた。
「でも、介助が必要ならしてあげたらいいんじゃないかしら」
「ボクだったら、オリヴィアみたいな子にあーんしてもらえたらコロッと落ちちゃうかもなあ」
「ふ、二人まで……」
加わらなかったのは、呆れた顔をしながらもどこか柔らかな瞳をしたギャヴィン試験官と一人か二人ぐらいのものだ。
それにしても驚いた。試験中は気の毒そうな目で見られていたオリヴィアさんが、今ではすっかりお客様ではなく対等な扱いを受けている。
負傷者も出たので不謹慎な話ではあるが、さっきの危機をともに乗り切った過程で、オリヴィアさんが見せた貢献が認められた証なのだろう。
彼女は戸惑っているが、これはたぶんいいことなのだ。僕も心のどこかでほっとした思いになりながら、残る食事を腹へ収めていった。
食事を終えた僕たちは、全員で仮眠を取ることになった。ついさっきまで繰り広げていた激戦で、心身ともに疲労困憊なうえ、もともと寝る時間ということもあり死んだように眠っているやつ。熱くなってしまった血が収まらず、それでも目を閉じ横になるやつ。様子はさまざまながら、蔵の中で雑魚寝をしていた。
僕はどちらかと言えば、あまり眠れないほうだった。気を失ってから蔵で目が覚めるまで、既に三十分ほど意識を失っていたし、これからどうなるかを考えると馬鹿なりに不安も生じ、食事で得た眠気も既に霧散してしまった。
なんとなく、瞼を開け横を向くと、オリヴィアさんと目が合ってしまった。僕のことを見ていたのだろうか。彼女は驚きから体を強張らせたあと、目を逸らし申し訳なさそうに謝ってきた。
「す、すいません……あの、起こしてしまって……」
「いや、まだ寝てなかったから大丈夫」
囁くような小声で返すも、オリヴィアさんは僕の言葉を信じていないようであった。
「……その、お体の調子が悪くて、ね、眠れないのでしょうか……?」
「いや、食べさせてもらったおかげで、少しずつよくなってるよ」
本当のところ、体はまだまだ戻りそうにない。限界を迎えてからも気を張ることで保っていた糸が切れてしまったせいだろうか。栄養を摂り、体を休めることで回復のサイクルに入りはじめたとは言え、現状はあくまでもその最序盤。辛抱の時と言えそうだ。
「オリヴィアさんは平気? お腹空いてて辛くない?」
答えるオリヴィアさんや様子からは、あからさまに僕へ気を使う素振りを見てとれた。
「へ、平気です。だ、ダイエットしたかったので」
ダイエットって……オリヴィアさん、全然太ってないだろうに。
「それ以上痩せたら、ガリガリになっちゃうんじゃない……?」
「が、ガリガリですか……?」
こうも不安げな目で見られると、返事に困ってしまう。でも、別に背が低いわけでもないのに、肩とか凄く華奢なんだよな……。
そう思いながら視線を動かしているとき、不意に昼間、抱え込んだときのハープで潰れ形を変えた二つの大きな膨らみのことを思い出してしまった。今は横向きかつ背中が丸まっているのでわかりにくいとは言え、そこには確実にあるのだろう。
「あの……じょ、ジョージさん……?」
って、何を考えているんだ僕は。例え大きかろうと、十六才のおっぱいに関心を持ってしまうなんてロリコン、へんたいふしんしゃではないか。
「こ、これからちょっとずつ逞しくなっていくんじゃない? まだ若いんだし」
アンナさんやエマさん、カミラさんのおっぱいならともかく、この子のは駄目だ。さすがにまず過ぎる。
「お、同い年ぐらいですよね……?」
「と、とにかく焦らないことだよ。無理に自分の在り方を定めたり、律したりし過ぎないほうが、長い目で見ればなんだかんだでいいんだ」
「は、はあ……」
目を逸らし、思いついたことを適当に口走りながら、頭の中で素数を数え続ける。七十三、七十九、八十三、八十九センチ……それぐらいあっても、お、おかしくないのかもーーってもういい加減にしなくては!!
数えるのが遅い馬鹿なら笑えるが、子供のおっぱいが何センチかを気にする馬鹿なんて第三者ならドン引くこと請け負いである。なのにどうして、ことが自分自身の劣情となると客観視からすぐ冷静になれないのだろう。
こんな中学生レベルのエロ思考では、オリヴィアさんに年下の可能性を考慮されてしまっても仕方がないのかも知れない……。
「ね、寝よう……目を瞑っていれば、それだけで回復するはずだから……」
「は、はい……何かあったら、声をかけて下さいね……」
「うん……」
ああ、オリヴィアさんマジ天使だなあ……こんな子を僕は、おっぱい大きいなあ、なんて厭らしい目で見てしまったんだなあ……。そう猛省しているうち、すっかり賢者モードになれたおかげか眠ることができた。とんだマッチポンプである……。
そんな具合に、体を休めながら通信魔法が繋がるのを待ったりしていた僕らの仮初めの平穏は脆くも崩れた。レッドベアたちが急に、蔵の壁を削り出したのだ。
リトルリリカル好き




