第二十八話 模擬戦がはじまった
その後、みんなが元の調子を取り戻すまで少しかけてから、模擬戦の試験がはじまった。
魔力を消耗したか回路に負担がかかったかはわからないが、怠さ自体はだいぶ抜けてくれたように思う。
「野営前最後だから気合い入れていけよ! 受ける奴は、各自用意してきた武器かそこに積まれた木刀を持つように。受けない奴は終わるまで待機だ!」
待機組が離れていく中、そのうちの一人であるオリヴィアさんは一瞬周りを見渡したあと、振り返って僕に気づく。
その目には、困惑の色がありありと浮かんでいた。
「じょ、ジョージさん、模擬戦も受けられるんですか……?」
「うん、ちょっとね。今世話になってるうちの一人が、凄く剣の強い人で、いつか自分も、あんなふうに戦えたらなって」
今でも目を閉じれば、昨日見た剣技をはっきり思い浮かべることができた。
僕とエマさんを背に、真っ正面から迫る魔物と対峙し、一歩も引かず切り捨てる。
それでいて命のやり取りをした直後にも関わらず、余裕のたる飄々とした態度。
いつかは守られながら石を投げるだけでなく、自ら剣を取って前に出ることもできれば。
それは単純な憧れという話だけでなく、中衛がマルチに役割をこなせるという戦略的な面でも、意味のあることなはずだ。
「もう、今でも相当お強いと思いますけど……」
「強くないよ。たった五回投げただけで、もうヘロヘロなんだから」
「えぇ……その、じゅ、十分では?」
ああ、また引かれてしまった……。
けど、今のままでは、アンナさんやエマさんと一緒に戦ううえで、まずいという認識であることに変わりはない。
落ち着いて投石するためのお膳立てを、前衛のアンナさんと後方支援のエマさんに余りにも頼り過ぎているのだから。
「んー……そうだな。例えば、今日の試験官みたいな強そうな人と、安全な状況で手合わせできる機会ってなかなかないでしょ?」
それも、ここから受験料を上乗せするとこなく、タダで受けられるのだ。こんなチャンス、強くなりたいなら逃す手はない。
ただそれだけの話だったのだけれど、僕の話を聞いたオリヴィアさんは、やや思い詰めた顔で俯いてしまった。
「ジョージさんは、凄いですね……私には、怖くて、とても……」
「い、いやいや凄くなんかないよ。たしかに、こういうの向けられると怖いよね。今回は木刀だからいいけど」
「ぼ、木刀でも、危ないですよ……?」
オリヴィアさんの言葉はもっともである。
僕自身、元の世界にいた頃に木刀を突きつけられたなら間違いなく恐怖を感じたはずだ。
竹刀でも、強く突かれたせいで麻痺が残ってしまった人の話を聞いたことがあるし。でもーー。
「そうだね。くれぐれも気をつけてくるよ」
「が、頑張って下さいっ」
手を振って応え、自分の木刀を取りに行く。なんとなく手に取り振ってみて、違和感の少ないものを選んではみた。
が、それがいいことなのかはわからない。
昔野球をしたとき、振り抜きのいいバットを見つけてぶっつけで使ったところ、三打席続けて空振り三振を喫してしまった苦い記憶を思い出してしまった。
ギャヴィン試験官のノリのせいか、嫌なことを思い出してしまったなあ。
周りを見ると、剣の他にも槍を用意してきてる奴がいた。
ここは屋外だし、僕も適当な長い棒を持ってきたほうがよかったかもしれない。
僕の視線に気づいた受験者が、ふざけて僕を突く真似をする。
軽くやられた演技をすると、その子は白い歯を覗かせた。
ギャヴィン試験官の腕は、ヒヨッコ呼ばわりする僕らが相手ということもあるのだろうが、そのうえでも圧倒的であった。
横綱が胸を貸すように悠然と立ち、躍り出た相手をいなしながら、見るからに手心を加えた一撃で勝負をつけていく。
今もまた、半歩のみの回避で相手の体勢を崩させるも、そこへ止めを刺さず再び打ち込ませたところを木刀で打ち据える。
別にギャヴィン試験官が、圧倒的な技量で僕らを弄んでいるというわけではない。
むしろその表情は、真剣そのものである。単に実力が違い過ぎるのだ。
僕が良い手だと思った槍の子も、僕らの中では多少粘りこそしたが、それでも終始押された末に打たれ敗北を喫した。
そして……遂に僕の番がやってきた。
「ジョージか……ん? なんだその構えは」
ギャヴィン試験官が器用に片眉を上げながら聞いてきたのは、見よう見真似の剣道の中段である。
自分なりにそれっぽく構えてはみたのだが、こうもあからさまに不思議なものを見る目を向けられては、闘気も立ちどころに霧散してしまった。
「その、剣は完全に素人で……」
白状すると、ギャヴィン試験官は余裕の笑みを浮かべながら僕へ木刀の切っ先を向けた。
「そうか……ふっ、さっきの投石はほんの少しばかり驚かされたが、いよいよ冒険者としての洗礼を浴びせてやれるときがきたようだな」
アンナさんからは、くれぐれも模擬戦で魔力を使ってはならないと注意を受けていた。
僕自身、差し迫った命の危機的状況ならともかく、ろくに制御もできないあれを今使うつもりは毛頭ない。
とは言え、この三人がかりでも歯が立たない相手を前に、完全なる素人の見様見真似でぶつからなければならないだなんて。
挑むと決めたのは自分自身だが、一片の後悔もないかと聞かれたら僕は即座に否定するだろう。
ギャヴィン試験官から殺気は微塵も感じない。にも関わらず、そのブレなさ、隙のない姿、ただそれだけで、僕は圧されてしまうのだった。
摺り足で、姿勢を崩さないまま前進したつもりだったが、手足に力が入り滑らかには動けない。
それどころか、相手は微動だにしていないというのに、ほんの数十センチ距離が縮まっただけでプレッシャーだけが増大した。
アンナさんの凄さを身を持って理解する。あの人は全速力で突っ込んでくる魔物相手に、平気で舌舐めずりまでしかねない様子であったというのに。
額や頬を伝い落ちる汗は、これが一筋目ではなかった。
そろり、そろりと距離を詰める中、ギャヴィン試験官が構えた剣を除くとまるで散歩でもするかのようにこちらへ歩いてくる。
それだけで、無意識のうちに足が止まり、腕にも不要な力が入ってしまった。
「ジョージいけ! びびるな!」
「下がればやられるわ! 落ち着くのよ!」
既に受けた者たちからの声援が一際大きいのは、ついさっき打ちのめされた側として、今僕が感じているものを理解してくれているからだろう。
そんな折、振り絞ったような声も聞こえてきた。
「じょ、ジョージさんっ! 負けないで下さい!」
無茶言うな。そう心の中でオリヴィアさんへ返しながらも、背中が立ったのをはっきり感じた。
これだけみんなからの応援を受けているのだ。恥ずかしい負け方だけは絶対にできない。
少し改行の仕方を変えましたが、かえって読みにくいようであれば戻します。




