第二十七話 的を全て破壊した
「三枚しか当たらなかったとは言え、威力自体は悪くないな。次!」
受験者たちが的当てに挑む様子を、僕はなるべく目に焼きつけることにした。ギャヴィン試験官はさすがに桁違い過ぎて参考にならないが、それでも他の受験者は僕とレベルが近いので、雰囲気を掴むだけでも得られるものはある。
そのうえ、さきほど水晶玉から受けた閃光のせいで、目に受けたダメージの回復に費やした魔力を回復する時間も、多少は稼げる。順番が最後なのは、僕にとって好都合と言えた。
もし一番乗りで受験の申し込みをしていたなら、こうなってはいなかったことだろう。そう思いながら、オリヴィアさんの横顔へ視線をやる。関わったのはただの気まぐれでしかなかったのだけれど、これも何かの縁なのだろうね。
「ど、どうしましたか……?」
「ご、ごめん。なんでもない」
「……?」
まずい。じっと見すぎた。と言うか、綺麗な人だからかすぐに目を離せなかった。とは言え、こんな理由で見つめるなんて不審者そのものである。
「お前は精度を度外視し過ぎだ! 当てる気あるのか空飛んでったぞ! 次、オリヴィア!」
「は、はいっ」
気まずくなりかけたとき、ギャヴィン試験官がオリヴィアさんの名前を呼んだ。正直、助かった思いだ。
「頑張ってね」
「ありがとうございますっ。が、頑張ってきます……っ」
少し空回りしても見える様子で、オリヴィアさんはラインが引かれたほうへと歩き出す。そしてギャヴィン試験官へ一礼すると、ハープを抱えるように構える。そして、弦を指で弾いた。
思ったより高い音が響き、何か透明に近いものが尾を引きながら的へ飛ぶ。が、そのまま消えてしまった。
表情を引き吊らせながら、オリヴィアさんは少し弾くほうの指をまごつかせる。緊張した野球の捕手が、投手へサインを出す指を吃らせるのと少し似ていた。
二度目は左端の的の位置まで届いたものの、惜しくも外れてしまう。三度目は命中。四度目も当てたものの、ぶつかったのは真ん中左側を狙うはずが再び左端だった。
最後の一回。青い顔に脂汗を浮かせたわりに、オリヴィアさんの姿は堂々としたものに見えた。腹を括ったということなのだろう。そうしてシのように聞こえた音とともに放たれたそれは、狙った的へブレることなく真っ直ぐ飛んでいく。
しかし、僅かな上擦りは長い距離の中でズレの大きさを明白にしていく。やがてそれは、的の後ろを通ったあとに尾を引くのをやめ、大気へ溶けるよう消えた。
「威力にも問題があるが……まあ、二発は当てたな」
別に冷たいわけではない、ギャヴィン試験官の言葉。立ち尽くす彼女と比べたとき、違うのは感慨なのだろうと理解した。
戻ってきた彼女は、酷く消耗した様子であった。かける言葉が見当たらなかった僕は、擦れ違う際苦し紛れに、濡れた顔へさっき借りたハンカチを差し出す。オリヴィアさんは頭を下げながら受け取り、待機する受験者の輪に戻っていく。目は伏せられたままだった。
足跡が目立つようになったラインの前へ立つと、記入用紙に視線を落としていたギャヴィン試験官が僕に尋ねた。
「用紙には魔法使いとあるが、杖はないのか?」
「はい。投石をするので」
収納魔法から取り出した石を翳して見せると、怪訝そうな顔をされた。傷だらけのその顔を見ると、オリヴィアさんは僕に随分気を使ってくれていたのだろうなと感じ入らされる。
「……俺の知る限り、投石は魔法ではないと思うぞ?」
口を開いたギャヴィン試験官から、実にもっともな言葉を返されてしまった。
後ろのほうでも、冒険者たちがざわつきはじめる。オリヴィアさんのまだ青いながらも心配そうな顔が見えた中、僕は説明を試みた。
「あの、なんと言うか、石に魔力を込めて投げると、威力や精度が増すんです、けど……」
「まあ、そういうこともできるだろうが、効率が悪すぎる。これだけ魔法を撃ってもあの的は少し汚れる程度にしか傷がついてないだろ? 普通いくら魔力を込めたって、そこらに転がってそうな石ころを投げたぐらいじゃ……」
ギャヴィン試験官は渋い顔のままだ。どうやら、僕の投石は随分と非効率なやり方らしい。けど、これで受けると決めたのだから仕方ない。
「その、万が一があるかもしれないので、後ろを人が通らないようにしてもらえますか」
「万が一などないと思うが……まあ、本来魔法の試験中に人が通るのは明確な危険事項だ。お前らっ、絶対に通ったり近づくなよ!」
準備が整ったようなので、何度か肩を回し、弾みをつけながら軽めの伸脚を数度繰り返す。昨夜の食事中、アンナさんは酔いの回った赤ら顔ではあったが、何度も僕に向かいこう言っていた。
『別に全部で満点取る必要なんかないんだ。ジョージか石をおもっクソぶん投げりゃ、それだけで間違いなく合格だよ』
一緒にいたエマさんだって、深酒を咎めはしてもこの言葉自体は決して否定していなかった。
左端の的へ、上げた足を真っ直ぐ踏み出し石を投げつける。魔力を込めた石は唸りを上げながら飛び去り、ぶつかった的を砕け散らして更にその後ろを突き進んでいく。
もっとも、その後ろには森があるのだから、やがては木にぶつかって止まるだろう。僕は気にせず、二投目、三投目と続け、そして難なく的を破壊する。
的が大きすぎるな。バッティングセンターのストラックアウトならともかく、こんなの魔力でズルしなくたって当てるだけなら楽勝だ。
とは言え、次は狩りなら禁じられていた四投目。石を握ったものの、まだ体に異変は見られない。まだごろつきなど違和感こそ残るものの、目へのダメージはそこまで深刻ではなかったのだろう。
四投目もこれまで通り済ませた僕は、最後の五投目も危なげなく砕き壊し、キャッチボール感覚でパーフェクトを達成した。
よし、このあとの試験官との模擬戦や野営などは、未経験故の不安要素しかないだけに、ここで最大限のアピールをできたことは大きいぞ。
ギャヴィン試験官も、全て壊せたなら合格点を遥かに超えると言っていた。ということは、今後の二科目で今稼いだ得点を上回る失点さえ防げたなら、無事試験を合格できることにーー。
そんなとき、ふと周囲が静か過ぎることに気づく。まるで、世界にたった一人置いていかれたかのような静寂ぶりだ。
堪らなくなって振り返ると、そこにはたしかに受験者たちの姿があった。誰もが一様に目を見開いたり、口を開けたまま身動きもしていないが、別に消えてしまったわけではなかったらしい。
ならばあとは、この状況について仰ごうとギャヴィン試験官へ視線を向けたとき、僕は新たな異変に気づいた。彼もまた立ってはいたが、受験者たちと同じように固まっていたのだ。
「あ、あの……終わりました、けど……」
困惑の中、報告後返答を待つ。ギャヴィン試験官は酸欠の金魚のように口をパクパクとさせ、それを数度繰り返したのちようやくある言語を発した。
「……お前は人間か?」
「人間のつもり、ですけど……」
不意の問いかけに、思わず歯切れの悪い答え方をしてしまった。とは言え、そんなことを聞かれたらなんて、これまでの人生で一度も考えたことがなかったのだから許して欲しい。
「い。いや、すまん。それはわかっている。ただ、あまりに現実離れした結果を前に、つい余計なことを云ってしまった。忘れてくれ」
まさかの謝罪のあと、それでも気持ちを切り換えられないのか、ギャヴィン試験官は頭を抱えてしまった。
仕方がないので、僕も受験者の輪に戻って腰を下ろす。五つ目を投げたあと、軽くとは言え怠さを感じはじめたので、少しでも回復に努めることにしよう。
それにしても、みんな少し驚き過ぎじゃないのか? アンナさんやエマさん、それとハワードさんが特別なだけなのか?
「な、何をしたらああなるんだ?」
「魔力を込めて、石を投げるんだ」
「それだけじゃ、普通ああはならないわよ……」
尋ねられたので正直に答えたものの、受験者たちは溜め息を吐き消沈してしまった。
「す、凄かったですね……」
「は、ははは……」
オリヴィアさんだけは隣に腰を下ろしたままでいてくれるものの、それでも他の面々と同じく引いている。
さっきまでの憔悴した様子よりいいのかも知れないが、とは言え僕はこんな反応を望んでいたわけではない。
気づけば僕も沈黙する集団の一員となっていた。本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう……。




