第二十九話 肉薄し受け入れられた
開き直り、再び前進をはじめた僕に、ギャヴィン試験官が口元を歪めて見せた。
お手並み拝見。そう言わんばかりだ。
隙は相変わらず見当たらない。
それでも一歩、また一歩と、僕は彼へ近づいていく。
昔野球をしていたとき、構えたバットの重さを二の腕あたりに感じることがあった。
のちに、かつて二千本安打の最年少記録を持ち、安打製造機と呼ばれた人の本を読んだ際、それは力みの抜けたよい状態らしいと知る。
実際、思い返せばそういうときは好調が長く続いたものであった。
今の僕に、その感覚は一切ない。足も腕もギクシャクとバラバラに動いて、まるで連動していないのだ。
背が立っていることだけが、せめてもの救いだろうか。
これが反ったり寝たりとなっては、もはやどうにもならない。
先手は僕が取った。
とは言え、どれだけ近づいても相手が打ってきてくれないので、こちらから手を出さざるを得なかったというのが実情であった。
踏み込む際に少し体の重心が下がることで、自然と感じる重力が弱くなり浮いた腕を胴の力で止め、そのときの反動を使い剣を落とす意識でギャヴィン試験官へ打ちつける。
もっともこれは、簡単に正面から受けられてしまった。
素人故の隙、あからさまな踏み込むタイミング、懐のない間合い、力みによる剣の伸びなさ、思い当たる理由はキリがない。
格上とぶつかるというのは、いつだってそうだ。
弾いてすぐ返してきたので、胴と足の動きで剣を引き戻し、少し腕が縮こまり過ぎた気もするが最低限の受ける形を作る。
ギャヴィン試験官は、一度縦に切りつける動作をしたものの、すぐそれを解いたと思った瞬間には鋭く横凪ぎに剣を振ってきた。
既の所で受けたものの、そこからの連撃に後退を余儀なくされる。
とても返す隙などない中、ギャヴィン試験官の笑みが酷く気に障った。
なんなんだその笑みは。
その気になれば、いつでも決められるくせに。
不意に追撃の勢いが弱まり、僕は崩れた体勢ながらも一時的にギャヴィン試験官から逃れられた。
もっとも、これも指向性を持たせたうえで打ち込ませ、そこを交わしながら木刀で打つことで力の差を思い知らせる。そんな腹積もりのうえでのことなのだろう。
冗談ではない。自分でやられると、認識を改めざるを得ない。さすがに、馬鹿にし過ぎだろ。
その怒りは思考を硬直化させたものの、僕の体からある程度力みを解いてくれた。
肘から先、膝から下とバラバラに動いていた体が、胴体の筋肉を柔らかく使えるようになったことで姿勢が安定する。
そうなれば、あとは重心の移動だけだ。これまでより敏捷なうえ、予備動作の小さくなった僕の動きに、待ち構えていたとは言えギャヴィン試験官の動きが一瞬遅れる。
「ジョージが隙を突いた……!」
「なっ、立ち遅れたッ!?」
もちろん、隙と言ってもほんの僅かなもの。別に相手は急所を晒すどころか、崩れてさえもいない。
しかし僕には、その間に生じる数十センチの隙間で十分なのだ。
元より、勝つことなど到底敵わない相手。
ならばせめて、相打ちで一矢報いる。
これは僕だけでなく、受験者全員の思いを乗せた一撃なのだ。
精々油断を後悔しろ、ギャヴィン試験官!
「行けっ、ジョージ!」
「らああっ!」
打たれる軌道。しかしそれはこちらも同じ。
真っ正面から激突した際、額と手のひらに強い衝撃が走り、僕はその場に崩れてしまった。
「あぁ……」
受験者たちの溜め息を聞く前から、結果はわかっていた。
視線を感じたので仰ぎ見ると、左肩を押さえたギャヴィン試験官が呆れた顔で僕を見下ろしている。
「惜しかったと言っておこうか。それにしても、まさか捨て身で突っ込んでくるとはな……」
同時に打てたはずだった。
ただ、ギャヴィン試験官は僅かながらも、体の正面を僕へ向けたまま半歩後方斜めへずれて見せたのだ。
僕は一度決めた動作で突っ込んだだけだった。
相手を見ながらの修正など、素人にはとてもできない。
意識していたなら、今度は力みをあそこまで抜くことができなくなっていただろう。
それが、差となって現れたのだ。
もっとも、手を抜かれていただけで最初から既に歴然とした差はあったのだが。
最初から本気を出されていたなら、僕はまともに踏み込むこともできないまま打ち据えられていたに違いない。
「すまん。強めに打ってしまった。立てるか?」
「……大丈夫です。肩、平気ですか?」
「なんてことない。投石のときと違って、魔力は使えていないようだったからな」
そうは言いながらも、左脇に木刀を抱え、自由にした右手で僕を引っ張り起こそうとしたとき、受験者たちの輪からこちらへ声が届いた。
「ふんっ、なによもう。剣も強いのかと思ってたけど、的当てのときほどじゃあないわね」
「さっき一撃でやられたお前が、それを言うのかよ……」
「つ、次は負けないんだからっ」
受験者たちの間で笑いが漏れる。その雰囲気は、先ほどの試験後とは随分違うものだった。
「剣で受けたのに、一番惜しかったな」
「投石見たときは化け物かと思ったけど、普通のところもあるのね」
合わせたギャヴィン試験官が、僕におどけた様子で語りかけた。
「まあ、たしかに俺もさっきの投石には驚かされたが、剣に関してはまだまだ子供だな。精進するように」
子供じゃないのに……。
けど、僕の剣の腕が完全にゴミというのは事実だ。
例え魔力を使っていたとしても、油断していないギャヴィン試験官には敵わないだろう。
精々、ノーチャンスなのが十回に一回勝てるようになるだけだ。
「まあ、ジョージはあの投石があるから、剣が未熟でも大きな問題はないだろう。それに、初心者が剣で動く相手を打つのは難しいんだ。何度か打ち込みに反応して、最後に切り込めただけでも大したものだぞ」
俯いている僕を気にしてか、少し尊大な調子だった言葉がやわらかくなった。
なので、試しに聞いてみる。
「その、具体的には、どうしてたらよかったでしょうか?」
「そうだな……今のは少し受けに回り過ぎたと言うか、俺に対応しながら戦おうとして、それで合わせきれずやられてしまっただろう? 打ちに来られても負ける気はしなかったが、それでも受けながら返すには一定以上の技量や経験が必要になる」
たしかに、レパートリーの少ない自分の動きをするので精一杯の現状、相手に合わせた形で受けつつ、プレッシャーの中自分の動きをして打つというのは、説明されるとかなりハードルの高いものに思える。
「粗を目立たせないために、自分の得意な形を見つけて、それでなるべく先手を取るようにしたほうがいい。もっとも、その一つではいずれ立ち行かなくなってしまうだろうがな」
何か一つ、か。その一つをモノにするまですら、相当難しいんだろうな。
「あと、魔物と戦うときにはどうするんですか?」
「魔物? それはどんな魔物かにもよるだろう」
「そうですね……例えば、レッドベアとかなら」
もちろん各魔物で対処法は違うのだろうけど、僕の知る中で一番強い魔物とやり合う方法がわかれば、少なくとも余裕ぐらいは持てるんじゃないだろうか?
そんな気持ちで聞いたのだけど、ギャヴィン試験官は高らかな笑い声を上げた。
「ははははっ、レッドベアが出たなら初心者はもうお仕舞いだろ。経験を積んだ冒険者でも犠牲になっていると言うのに」
そう言えば、カミラさんも初日にそんなことを言っていたっけ。
たしかにあのパワーを思うと、剣で近接戦を挑むのは分が悪すぎる。
「だが、そうだな。もし剣でレッドベアと戦うとすれば、急所を一撃で仕留めるしかないだろう。もっとも、奴らは丈夫で刃物も普通には通りにくいから、それ相応の技量や魔力が必要だろうがな」
たしかに、僕が倒せたときも頭部を潰したり投石で抉り取ったときぐらいだった。今話に出た剣に魔力を込めると、いったいどうなるのだろう。切れ味が増したりでもするのだろうか?
「まあ安心しろ。いくらレッドベアどもが生息範囲を広げてきたからと言って、さすがにここには出てこない。野営の試験に使う森だって、ちゃんと安全を確認して選んであるから、今は試験に集中するように。いいな?」
その後ギャヴィン試験官は、次の試験まで僕らにしばしの休憩を取らせることを告げ、準備のために去って行く。
彼の言う通り、ここはウエストマディソン側ではない。
けれど、今の言葉を聞くと、どうにも胸騒ぎがおさまってくれないのだ。
気のせいだといいのだけど……。
どうせならフラグはお婆さんや熊じゃなく女の子と立てたいよね。




