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第二十六話 オリヴィアさんと叱られた……

「次は魔法の試験だ。移動するから、ついてくるように」


 言うやいなや、振り返ることもせずギャヴィン試験官は行ってしまう。その背中を、僕らは雛のように慌てて追いかけた。


 どことなく、荒っぽさが演技じみた人だ。大会前に罵声を浴びせながら猛練習を課したあと泣きながら「よく頑張った! これに耐えきったお前らは絶対勝てる!」とか言い出すタイプなのだろう。


 ある意味、単なる乱暴者より怖いんだよなあ。そう思いながら続くと、脇からオリヴィアさんに声をかけられた。


「あの、だ、大丈夫でしたか? さっき、物凄い光が……」


「え? ああ、平気平気。一瞬ヤバいかと思ったけど、人間って案外丈夫なものなんだね」


 もしかすると、レッドベアに襲われても体が無事だったときのように、魔力が自然と防御してくれたのかも知れない。


「あ、あの」


「うん?」


「こ、これ、すい……せん」


 ローブから僕へ伸びる細い腕には、立派な刺繍が入ったハンカチが握られていた。


「?……ああ。どうもありがとう」


 たしかに、まだ少し涙目と言うか、目が高温を発する何かのそばに長く居るか強い光を見過ぎたようにしばついている。受け取って目元に当てるとき、鼻腔をよい香りが満たした。心安らぐ匂いだが、一体何で染め付けたものだろう。


 それにしても、少し妙なことになった。戻ったらオリヴィアさんを励ますつもりが、逆に心配してもらっている。


 アンナさんやエマさん、カミラさんたちもそうだけど、この世界は母性的と言うか、面倒見の女性が多いのだろうか? もっとも、さすがの僕もこの子のバブみにまではオギャらないモラルを有しているけど。


「このハンカチ、こっちで有名だったりちゅる、ごめん噛んだ。するの?」


「え、た、たぶん違うと思いますけど」


 そうなのか? 一人だけはっきりとモンゴロイドの特徴を持つ余所者の僕へ、こっちでこのハンカチは良いものなのだと教えられたのかと思ったのだけれど。


「そうなんだ。さっき推薦って言ってたから、名産品なのかなって」


 僕の言葉で何かを察した顔のオリヴィアさんは、バツが悪そうにこう切り出した。


「その……すいません。た、たぶんそのとき、すいませんって、言ったんだと……私、ハキハキ話すのが苦手で……」


「そうだったんだ。いや、別に全然聞き取りやすいよ」


「そ、そんなことないですっ。私なんかが……」


 卑屈な人だな。たしかに吃りこそあるけど、声質自体は結構耳障りのいいものだ。なんの問題もない。


 むしろ、僕の耳が元の世界での仕事の騒音で弱くなっている可能性だってある。実際長く勤めている人たちには、耳が遠くなってしまったのか声や物音が大きい人たちが結構いたのだ。


「大丈夫、問題ないよ。ハンカチ、貸してくれてありがとう」


「ど、どう、いたしまして」


 緊張した様子で僕からハンカチを受け取るオリヴィアさんは、それでも多少ほっとした顔をしているように見えた。


「よし、今からお前らには、あの五枚の的を魔法で攻撃して貰う」


 そうこうしている間に、次の試験場へ着いてしまったようだ。ギャヴィン試験官が顎で指す先には、控えめに見てもおよそ高さ百五十センチ横五十センチほどの、正中線が引かれた白い板が立っていた。


「狙う場所はここからだ。このラインより後ろに立ちーー」


 ギャヴィン試験官が素早く剣を抜き、切った風が僕らの髪や衣服を煽るほどの勢いで横に薙ぐ。剣からは白く歪んで光る半月状に近い衝撃波が的へ飛び、ぶつかって轟音とともに周囲の空気まで震えさせた。


「おおおおおっ!」


 みんな鳥肌を立たせながら、口々に感嘆の声を漏らす。そんな僕らを見て、ギャヴィン試験官は満足げに胸を反らした。


「まあ、俺と違ってお前らはヒヨッコだからな。ここまでの勢いや精度までは求めていない。例えあまり当たらなくとも、姿勢や筋次第では十分合格に達することもある。思いきりよくやるように」


「もし壊せたら高得点なのか?」


 今目の前で見たデモンストレーションに触発されたのか、鼻息を荒くする候補をギャヴィン試験官は可愛らしい子供でも見るような目でたわけと笑った。


「壊せるものなら壊してみろ。仮に全てを壊せたなら、その時点で合格点を遥かに超えるぞ。もっとも、そんなことは俺でも不可能だがな」


 他の受験者たちが各々、杖や剣などをブンブンと振り回す。たしかに、あんな迫力のあるお手本を見せられたら、憧れてしまうのもわかる話だ。


「け、結構遠いですね……」


 そんな中、オリヴィアさんだけは不安そうに的までの距離を見ていた。たしかに、距離的には野球のホームベースから二塁ベースぐらいあるだろうか。


 僕は投石で挑むが、剣や杖で魔法を飛ばす勝手まではわからない。もしかして、難易度の高いものなのだろうか?


「オリヴィアさんは何を使うの?」


「わ、私は、これを……」


 彼女が取り出したのは、武器ではなく丸みを帯びた弦楽器であった。


「……琴?」


「は、はい。ハープ、です」


 よくわからないが、とりあえず頷いておく。弦を飛ばしたりして攻撃するのだろうか。


「わ、私、吟遊詩人を目指しているんです……」


 僕の表情から察したのか、オリヴィアさんが補足してくれた。してはくれたのだが、ますますわからなくなってしまう。


「ごめん、そのギンユウって、なに?」


「わ、わかりにくいですよね。ごめんなさい」


 いや、たぶん僕の学が足りないだけだと思う。


「その、し、詩曲を歌ったりしながら、各地を回るんです……あ、ま、まだ回ってはいないんです、けど……」


 流しとか、琵琶法師とか、そういう方向なのだろうか。もしかしたら、ネットや本のないこの世界では人気の娯楽なのかも知れない。


「そ、それでその、このハープや、う、歌に魔力を込めながら歌うことで、魔法を使えるんです……わ、私は下手で、少しだけ、なんですけど……」


 魔力を込めて音を鳴らす。なるほど、その発想はなかった。身体能力や知覚を強化したり、怪我を治すだけでなくそんな使い方もあるなんて。魔力の用途というのは、多岐に渡るのだなあ。


「そうなんだ。凄いね。てっきりその弦で相手を切ったり縛ったりするんだと思ってたよ。ほら、弦って結構キツく張ってあるでしょ?」


「は、はい。切れて怪我をしてしまったり、たしかに気をつけないと危ないです」


 僕の頓珍漢な返しにも真面目に返し、オリヴィアさんは幸せそうに笑う。専門的なことを話せる相手でなくとも、自分の好きな話題を話せて嬉しいのかも知れない。


「こらそこっ! 私語を慎め! 乳繰り合いなら今すぐ試験を切り上げて木の影にでも駆け込むんだな!」


 そんなとき、ギャヴィン試験官から少し乱暴な注意の声が聞こえてくる。ほ、他の人も喋ってたのに……いや、きっと周囲がいきり立つ中、僕らが文化部っぽい会話をしてしまったがために目立ってしまったのだろう。


「ご、ごめんね。巻き添えにしちゃって」


「い、いえ……私こそ、その……手短に話せず……」


 ああ、そんなに茹でダコみたいにさせてしまってごめんなさい。周りの同じ受験者たちの冷やかしに肩身の狭い思いをしながらも、申し訳ない気持ちになる。


「その二人以外もだ! お前たちは冒険者になりに来たのか! それとも遊びにわざわざ十万ギルも払ってここへ来たのか! さあ、とっととはじめるぞ!」


 全体へのカミナリで、ようやく多少は静まりはじめる。にしても、こんな大人しそうな人に下ネタはないよな。それも、木の影で乳繰り合ってろ、だなんーー。


「……? あ、あの、どうされましたか?」


「な、なんでもないよ。それよりほら、他の人を見学して自分たちの番が来たときの参考にしよう。せっかく順番が最後なんだから」


「は、はい。そうですね……っ」


 ごまかしたのは他でもない。オリヴィアさんが羞恥のあまりハープをぎゅっと抱きしめたときに見てしまったのだ。ローブに隠れていた大きな膨らみが、ハープのネックに押し潰されるようにその存在をあらわにしたのを。


 もちろん僕が悪いのは認めるけど、でも、不意打ちは狡いよね。まさかオリヴィアさんが、着痩せするタイプだったなんて……。

ごめん日付け跨いだから半端なとこだけど今日はここまでで。

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