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第二十五話 魔道具で魔力を測った

 昼寝でもしたくなるような日差しの中、僕らの前に立つ歴戦の強者然とした男が、傷の目立つ顔を険しくしながら、短いながらも迫力のある訓辞を垂れた。


「本日の冒険者試験で試験官を務めるギャヴィンだっ。今回の合格点は近年で最も高く設定してある。全員落とすことも考えているから心してかかるように」


 高圧的な口調のギャヴィン試験官は、まるで部活動を指導する体育教師のようである。


 この睨みを効かせて緊張感を持たせるタイプ、別に好きだったわけじゃないけど、でも少し懐かしい。社会に出てからは、極一部の和やかでも規律を維持できるタイプと、規律に繋がらない厳しさや寛容さを履き違えたタイプしか僕は遭遇しなかった。


「中には既に非公式での実績を積んでいる奴もいるようだが、それでいい気になって試験をナメているなら大間違いだ。お前らはヒヨッコ未満の卵で、孵るかどうかは俺に認められるかどうかで決まる。価値なしと踏み潰されたくなかったら必死さを見せろ。いいな!」


「俺も聞いたことあるぜ。なんでもあのレッドベアをやったとか……」


「ナイフを持った現役冒険者の盗人を、丸腰で取り押さえたらしいわ……」


 何人かが小声で耳打ちをしている。よく聞き取れなかったけど、凄いな。僕ら受験者の中には、既にそんな人もいるのか。


「す、凄い人がいるんですね……」


「うん。頼もしいけど、その人のせいで合格の基準が上がりでもしたら、ちょっと困るね」


 オリヴィアさんに返すと、相変わらず肩に力の入った様子だったけど、それでも少し笑ってくれる。別にウケを狙ったわけじゃないけど、よかったなあ。


 そう思ったとき、不意にギャヴィン試験官に睨まれた気がしたので、慌てて背筋を伸ばす。少し声が大きかったろうか。浮わついた奴と思われないためにも、反省しておこう。


 もっとも、人生なんてスタート地点やできる準備からして人それぞれ。どうせ僕は僕として、試験のルールの中で自分を出し切るしかないのだから、焦っても仕方のない話だ。


「ではまずお前らには、全員今からこの水晶に触れてもらう」


 机ごと運ばれてきたのは、サッカーボール大の立派な水晶玉だった。クッションの上に鎮座したそれは、無色透明でありながらも、どこか妖しい雰囲気を醸していて緊張してしまう。


「この水晶は魔力に反応すると光を放つようにできているんだ。その光量や度合いを見ながら、お前らの魔力かどの程度のものなのかを判断させて貰う。ドミニック! 前に出ろ!」


 呼ばれたまだあどけなさの残る少年が、ギャヴィン試験官のほうへ歩み出て、指示に従い水晶へと触れる。するとそれに合わせ、一見なんの変哲もない水晶が、まるで生きているかのように揺らぎのある光を放ちはじめた。


「ふむ、魔力量が多いにも関わらず、それを制御する器用さも既に有しているようだな。だが勘違いするなよ? 才能に溺れる奴にろくな末路を辿った奴はいない。精々持て余さん程度のセンスしか与えられなかったことを神に感謝しながら謙虚に励むんだな。よし、手を離せ。次っ!」 


 その後も、名前を呼ばれた受験者たちが水晶に触れ、辛口風味の評価を受けていく。評の内容もさることながら、それを聞く側の態度もまた様々だ。得意気な者、安堵する者、苛立つ者、殊勝そうに礼まで返すもの、ヘラヘラする者、そしてーー。


「次、オリヴィア! モタモタするな!」


「す、すいません……っ」


 緊張した面持ちでぎこちなく進んだオリヴィアさんが、おっかなびっくりながら他の受験者たちと同じように触れる。しかしその光は、これまでの反応の中で最も弱いものであった。


「うーん……魔力はそこまで多くないか。制御に関しても、うん……魔力量ほど悪くはないが……」


 ギャヴィン試験官は相変わらず険しい表情だが、しかしそこにあるのはこれまでの厳めしさとは違う、困惑の滲むものに見えた。


「こんな調子じゃ先が思いやられるぞ! もっと精進するように! よし、手を離せ」


 これまで小柄な女の子にも容赦のなかった彼にしては、なんとも歯切れの悪さを感じる言葉である。


 別にギャヴィン試験官に非はない。それでも、僕も元の世界で出来が悪かったからこそ、叱られるレベルにもなれない不甲斐なさというのは嫌でも味わってきた。


 案の定、戻ってきたオリヴィアさんの顔には、恥辱と落胆が色濃く滲んでいる。不意に目が合い、オリヴィアさんは僕に笑った。


『すいません。受験費用を立て替えてもらっておきながら』


 言外にそう言っているのが聞こえてしまった。それが悲壮な自嘲に他ならないことぐらい、バカな僕でもはっきりわかる。周りのみんなも、気の毒そうな目でオリヴィアさんを見ていた。


「最後はお前か。こっちへ来い」


 順番が来てしまったので、すれ違い様彼女へ頷くしかできなかった。あとで何か、フォローの言葉を考えよう。


「お前がジョージだな。噂には聞いているぞ」


「噂、ですか……?」


 ギャヴィン試験官は、僕へ向けて柔和そうな表情を浮かべている。が、その目はこれっぽっちも笑ってなんかいなかった。


「アンナとエマの下で、いろいろとやってくれてるらしいじゃないか。楽しみだな」


 昔公園で一夜を明かした際、声をかけてきた生活保護ビジネスの男の目を思い出す。あの男も、聞こえのいい言葉とは正反対の、堅気のそれとは違う眼差しで僕を見ていた。


「は、はは……お手柔らかにお願いします……」


 おそらく僕たちにしか聞こえていない会話なのだろうけど、それでも後ろから他の受験者たちの、訝しげな視線が飛んでくる。


 目前にある水晶は、遠目で見ていたより遥かに大きく感じた。もし全く光らなかったらどうしよう……いや、こんな無機物相手にまでプレッシャーを感じるほど、僕はひ弱な男ではない。たぶんないはずだぞと念じながら、そっと触れるーー瞬間、視界が炸裂するような光に奪われた。


 暴力的なまでの光量に、僕は目を瞑り顔を背け耐える。元の世界で事故に遭ったときの、あの光に包まれた感覚とはまるで違った。


「ジョ、ジョージもういいっ。手を離してくれ!」


 許可の声とともにすぐさま離す。と言うか、そのまま後ろに倒れ込んで痛む目を抑えていた。もし失明していたらどうしよう。そう思いながらうっすら開くと、ズキズキと痛みはこそするものの、目の前の地面自体はたしかに見えた。


「な、なんだったんだ、今のは」


「爆発でも起きたのかと思ったわ……」


 他の受験者たちも、もんどり打ったままの体勢であったり、地面に伏せて目を覆ったりしている。けど、ほぼゼロ距離だった僕ほど目にダメージを受けている様子はなさそうだった。これに関しては一安心と言ったところだろうか。


「おい、ジョージ……」


 思わず安堵のため息を溢しかけたとき、後ろからギャヴィン試験官の声が聞こえてきた。思わず飛び起き、体が無意識のうちに気をつけの姿勢を取る。


「す、すいません……俺、何か駄目なことやっちゃいましたか……?」


 土下座のほうがよかったかとも思ったものの、彼は赤い目をしかめながらも、どうやら怒ってはいないらしかった。


「いや……おかしなことにはなったが、何か失格になるようなことをしたわけじゃない。お前の魔力が強すぎただけだ。しかし、本来人間の魔力程度では壊れないはずなんだが……不良品でもなさそうだしな……」


 そう言いながら武骨な手で触れ、クッションから持ち上げたものの、水晶は先ほどのように光ることなく、魔道具としての機能を喪失しているように見えた。


「その、それっていくらぐらいするものなのでしょうか……?」


「ん? まあ、一応それなりの値段はするが、別に故意に壊したわけではないのだから弁償は要らんぞ。ギルドの蔵のほうに、まだ予備もあるからな。ただ、あんなふうに魔道具が異常な反応をしたらすぐ手を離してくれ。場合によっては爆発するこもある」


 その言葉にざわめく周囲を、ギャヴィン試験官は補足で落ち着かせようと試みる。


「別にこんなことがしょっちゅうってわけじゃないぞ。それにこの水晶はただ触れるだけのものであって、例えば今のジョージがあそこから更にとんでもない量の魔力を込めたりしない限り、普通そうはならないから安心してくれ」


 安心、本当にできるのだろうか? 僕以外の冒険者たちも、一様に不安そうな表情だ。


「神経の細い奴らめ……それにしても、制御力は致命的に欠けていそうだが、触れただけであれとは凄まじい魔力量だな。下手すりゃ一人で災害を起こせるレベルだ。力の扱いには細心の注意を払えよ」


 その通りなのだろう。魔物を狩る効率のために魔力の操作や制御力を高めなければと思っていたが、爆破なんてことになったら大変だ。精進することとしよう。

昨日サボってごめんね。

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