第二十三話 ソロで狩りに向かいグリーンベアに雪辱を果たした
元の世界にいた頃、初めて訪れた池袋駅や新宿駅で数時間も迷ってしまった僕ではあったが、今回は無事スムーズに試験会場のギルドまで来ることができた。
夕方よりは人が少ないものの、それでも中では冒険者たちが、掲示板に張り出された依頼の紙たちとにらめっこをしたり、その……朝からお酒を飲んだりしている。緩いなあ。けど、この異国っぽさが慣れない僕に新鮮さを感じさせてくれた。
とりあえず受験費用を渡し、適当なお茶でも注文しながらお昼の鐘が鳴るまで時間を潰そう。そう思いながらカウンターへ向かう際、不意に誰かにぶつかられた。
「おっと、大丈夫?」
華奢で軽い骨と、男の板や岩じみた筋肉とは違う肉の感触。倒れた相手に手を伸ばすと、体をすっぽりと覆うような形のローブを着た女の子であった。よかった。とりあえず、怪我をさせてしまった、なんてことはなさそうだ。
「す、すいません……前を見て、歩いていなかったもので……」
随分な怯えようである。怖い人にでも見えたのだろうか。まあ、ギルドを見渡せば荒くれ者然とした人たちばかりだし、一見普通っぽい人でもいきなり度を越したキレ方をする人もいる。そう考えると、彼女のこの反応も仕方ないのかもしれない。
「何か探し物でもしてたんですか?」
「……その、ドラゴンサーペント革の袋、ご存知ありませんか……?」
引っ張り起こされた彼女は、遠慮がちに僕へ尋ねる。しかし、僕はその問いに、上手く返答を返すことができなかった。ドラゴンサーペント革って、いったいどんな革なんだろう?
「どこでなくしたとか、何を入れてたかを答えられる範囲でいいので教えて貰えますか?」
「その、お金が中に……ぎ、ギルドに入るまでは、たぶん、持っていたはずなんですけど……」
答えながら俯いていく女の子の目には焦燥が浮かんでいた。ギルドは多少広いものの、落とし物がなかなか見つからないというほどではない。となると、置き引きやスリの可能性も否定できないだろう。
「いくらぐらい入ってました?」
「その……十万十六ギル、です……」
細かいな……ん? 十万ギルって、もしかして……。
「ひょっとして、今日の冒険者試験の受験者?」
「は、はい……その、予定、だったんですけど……」
これはまずいな。十万なんて、普通ポンと用意できる金じゃないだろうし……。
「ギルドの方に、落とし物とか聞きました?」
「……その……ま、まだ、です……すいません……」
どうしよう。追い詰めたみたいになってしまった。別に、怒ったり落ち度を指摘したかったわけではないのだ。
「すいませんカミラさん、ちょっといいですか? ドラゴンサーペント革の袋って届いてないですよね?」
「ドラゴンサーペント革の袋? 少々お待ちください」
カウンターまで行って聞くと、カミラさんは奥のほうへ探しに行ってくれた。あるといいのだけど……女の子も、一抹の希望を信じきれない表情ながら、こちらへ寄ってくる。こうして見ると、整った顔立ちやスラリとした体躯の割に、どこか幼さが残る。なんとなく、アンバランスな子だと感じた。
「な、なにか……?」
「ん? ああ、ごめんジロジロ見て」
「い、いえ、その……」
女の子が何かを言う前に、カミラさんが右手に革製の何かを携え戻ってきた。
「こちらでしょうか?」
「そ、それです」
どうやら、財布自体は見つかったらしい。何度も頭を下げながら受け取った女の子は、急いで財布の中を確認する。そして、そのままアライブ最終進化的少年で石化されてしまったユータのように、そのまま固まってしまった。
なんとなく察しつつ、彼女の持つ袋の中身を覗く。そこにはやはり十万ギルの姿などなく、ただ鉄貨が十六枚入っているのみであった。
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
なんとも間の抜けた言葉でお茶を濁しながら表情を窺うと、彼女は心ここに在らずと言った有り様で、FXで有り金全部溶かした人の顔の顔になっていた。
カミラさんへ視線を送るも、気の毒そうに首を振られる。まあ、そうだよなあ。いくら彼女が占有離脱物横領の被害者と言えど、自己責任としか言い様がない。
今この瞬間、お金を抜いた加害者は何をしているのだろう。つまらない博打? 僕らを見て嗤ってる? それとも、悪さの一味へ上納……? いずれにせよ、世の中というのは、世知辛いものだよなあ。
「……カミラさん、試験はお昼の鐘が鳴ってから、ですよね?」
「え? はい。そのときまでに受験費用を払ってくれた方々をお連れして、試験開始です」
別に間に合わなかったとしても、僕は帰ってきた二人に説明して、エマさんあたりにちょっと叱られてから次の試験を受ければいいのだ。僕は女の子に、銅貨を五枚押しつけるよう渡した。
「用意できるかもしれない。これで温かいものでも飲みながら、少しだけ待ってて」
「え? で、でもーー」
「間に合わなかったら、そのときはごめんねっ」
そう言うと、僕は一目散にギルドを飛び出した。そのまま街を駆けながら、昨日徒歩で山まで向かった時間から、おおよそ狩り場までの距離を割り出す。ギリギリ、いけないこともないかも知れない。問題は、獲物がいるかどうかだ。
エマさん、約束を破ってすいません。そう心の中で謝りながら、僕は山へ向かう道をひたすら進んだ。
石を両手に持ちながら、僕は木々の間を歩いていた。まだ魔物の気配はない。それでも僕は、昨日歩いているうちに、少しずつ魔物が出している魔力らしきものを感じ取れるようになっていた。これも二人が言っていた慣れなのだろう。いつかは二人のように、明瞭に察知できるようになりたいものである。
そのまま森を進むと、バーストドーアの群れを見つけた。が、これは泣く泣く見逃さざるを得ない。なぜならそのバーストドーアたちは、四頭で群れを組んでいたのだ。一度の狩りで投げていい石の数は、三つまで。ここで四つ分投石し、死骸の回収中他の魔物に襲撃でもされたらどうなることやら。運良く倒して生き延びられたとしても、試験での投石に影響が出ては困ってしまう。ここは大人しく、他の獲物を狙うべきだろう。
なるべく森の出入り口から離れ過ぎないよう、エマさんからいただいたコンパスで確認しながら、離れ過ぎだと感じた場合は戻る。時間が惜しいものの、迷ったり昨日のように木に登るよりはロスが少ないはずだ。
それにしても、なかなか魔物が出ない。ようやく見つけたウィードボアも、群れではなくたったの一匹だった。難なく狩って回収できたとは言え、十万ギルまで先は長い。
果たして間に合うだろうか。大見得切って約束してしまった以上、最悪あの子にはあとからでも受験費用を工面してやらなきゃならない。もっとも、僕が冒険者となってから貯めるまでの間に、あの子がウェストマディソンの街から出なければの話ではあるが。あの暗い雰囲気からして、恐らく事情もあるのだろう。
そんな折、僕は快哉を叫びたくなる魔物を見つけた。先程と同じ一匹とは言え、相手は昨日も狩ったグリーンベアだ。おそらくあいつは、バーストドーアより買い取り金額も高いはずである。石も魔力も不足なし。気づかない奴へ投石すると、魔力を込められたそれはグリーンベアの頭を砕き後ろの木の幹に大穴を空ける。鳥が慌てて飛び去る中、即死したグリーンベアがぐったりと地面へ倒れ込んだ。
僕は周囲に警戒しながらも、胸に満足感を感じながらグリーンベアの死骸を収納する。昨日と違い、苦しめず一撃で仕留めることができた。もちろん余力がたっぷり残った状態でとは言え、無駄に苦痛を感じさせてしまったうえ、アンナさんに手間をかけさせたあの苦さを思えば間違いなく自信に繋がるものがある。この調子で、試験までに間に合わせるぞ。
今日のぶんの投稿間に合ったぞい。明日も頑張るフォイ。




