第二十二話 冒険者試験へ向かった
「はい。冒険者の試験を受けるつもりです」
頷くと、にこやかな表情を作りながらカミラさんが激励してくれた。
「そうですか。頑張って下さいね。試験は明日のお昼の鐘が鳴ってからですので、その前にギルドへお越し下さい」
思ったよりはゆっくりである。野営の試験もすることと関係があるのだろう。もちろん、こっちの人たちが日本よりルーズという理由もあるんだけど。いろいろ不便とは言え、たぶんこっちのほうが長い歴史を見れば人間本来の暮らしなんだろうな。
「その、お金以外に必要な持ち物とかってありますか?」
気になって尋ねてみると、カミラさんは一度思案するように虚空を見つめてから答えてくれる。
「そうですね……剣の試験があるのですが、魔法を使えるのであれば必ずしも必要というわけではありません。野営の試験用にナイフやロープなど各自必要な道具を持参いただけましたら、特別なものはとくに不要かと」
ナイフやロープなどと言われても、野営など生まれてこのかた、一度もしたことがないので勝手がわからない。このあとアンナさんやエマさんに聞いて教えてもらうしかないだろう。
思えばトラブルに見舞われてしまったせいで、今日は服屋で衣類や防具しか買っていない。昨日レッドベアと対峙したときに比べたらマシとは言え、正直準備としては心許ないものがある。
「まだお店ってやってると思いますか?」
当然コンビニもないこの世界らしく、やはり反応は芳しくないものだった。
「今からでも、町中を頼んで回れば揃わないことはないかと……」
明日の朝に急いで買って回るしかないだろうか。そんな思いで視線を外した先には、今思い悩む品の一つ、ナイフがあった。他にも、コンパス、火打ち石、ポーションなどが小さなスペースながら並んでいる。
「なんだ。ギルドでも、細々したものは売ってるんですね」
おそらく、これまでやったことのない依頼の前などに、ちょっと足りないものを揃えるためここを利用するのだろう。
「まあ、もの自体は悪くねぇよ。バカ高ぇけど」
アンナさんの返答から値段を見ると、たしかにその多くが、街で買うよりも数割ほど高く思える。酒やつまみが出るところまで含め、なんだか話に聞いたことのある飯場みたいだ。そんな感想を抱いていると、カミラさんがアンナさんへ口を尖らす。
「もう、ギルドだって、うっかりした冒険者さんのために親切で置いているんですよ? そんなこと言ってると、これから売ってあげませんからね」
「おいジョージこら、ちゃんとカミラに謝れよ」
「え、俺ですか?」
「当たり前だろばか野郎。お前が失礼なことばっかり言ってるからカミラが怒っちまったじゃねぇか」
なんだろう、急に運動部と言うか、アウトレイジのノリである。まあたしかに、アンナさんってアウトローっぽいところがあるものなあ。
「いや、今のはジョージさんではなく、アンナさんに言ったんですけど……」
「ご安心下さい。ナイフや火打ち石などは、私たちの予備があるので帰ってからお渡しいたします」
「え、本当ですか? 助かります」
思わずエマさんの言葉に安堵する。
「はい。明日の朝にまとめてお渡しいたします。アンナ、もし私にないものがあったら、そのときはお願いしますね」
「たぶんエマだけで大丈夫だろうけどな。まあ、なんかあったら言えや」
アンナさんも快く協力してくれる。これで明日は、余裕を持って行動できそうだ。
「どっか食ってくか?」
その日の帰り道、ギルドから出たところでアンナさんが提案してくれる。
「お昼が収納魔法にあるんですけど……」
「どうせ腐らないんだろ? あんだけ狩った魔物をぶち込んでも、まだ余裕あったみてぇだし」
どこかでお皿を買って、少しずつでも残りを片付けてしまうつもりだったのだけれど、そういうことならご一緒させて貰うことにしよう。
「アンナ、今日は自分の足で帰れる程度にして下さいね。今朝のようなことは今後くれぐれもーー」
「う、うるせぇな。お前の小言のせいで、いつも飲み過ぎちまうんだろうが」
狼狽するアンナさんに、なおもエマさんはしつこく蒸し返す。優しくて面倒見のいい人なんだけどなあ。僕は田舎者だからわからないけれど、こういう人を関西ではオカンと言うのだろうか?
「宿題をしない子供ですか、まったく」
「へっ、学校なんか行かなくても生きていけらあ。なあジョージ」
「は、はい」
急に振られた勢いで肯定してしまったものの、この世界の教育事情って、いったいどうなっているのかしら。元の世界の日本では、義務教育でほとんどが中学までは行けたけど、こっちでは当然そうもいかないのだろう。
思えばエヴァちゃんも、今日は一日宿の仕事を手伝っている様子であったし、昨日街で見かけたタバコ売りや靴磨きの勤労少年たちのこともある。現代と一緒くたには考えられないと言えど、それでも多少思うところはあった。
翌朝、その日は冒険者試験で翌日まで帰らないことを伝えると、女将さんは昨日のお昼に出した数人前に近い量を、なんと二食分も出してくれた。女将さんは相変わらず、いいことするって気持ちいい! なんて言わんばかりの、実に晴れやかな表情である。
「どうせ余り物だし、残ったまま傷んだら勿体ないだろう? たくさん食べて、しっかり合格してきなよね」
「は、ははは……ありがとう、ございます……」
ありがた迷わ……げふんげふん。失礼、食べきれなかったものはありがたく収納魔法に収めた。味自体は大変好みなのだけれどね。たぶん適量をのんびり食べるぶんには、最高の食事なのだろう。
部屋に戻り、収納魔法へ収めた準備を再確認して廊下に出ると、偶然アンナさんも部屋を出たところだった。
「おはようございます」
「おう。もう行くのかよ。昼までに着けばいいんだろ?」
例の鼻血のところで、アンナさんは眠そうな目をしている。もしかして、気を使わせてしまったろうか。
「迷ってるうちに開始時間を過ぎたりしたら、まずいですし」
実際のところは、緊張のせいで早く目が覚めてしまっただけだ。それに、基本会社に集まって商用のバンで現場へ向かう土木作業員の朝は早い。割とこれが僕にとっては当たり前のサイクルなのだ。
「おはようございます、二人とも。ジョージさん、お体の具合はどのようなものでしょうか?」
「おはようございます。もうすっかりいいです。回復が早いみたいで、魔力に感謝ですね」
考えてみれば不思議なものだ。レッドベアとの戦闘で負った重傷すら、一晩寝ただけで大方治ってしまうのだから。
どうやら二人曰く、僕はまだ意識的に魔力を制御して使うことができていないらしい。投石に関しては助太刀の際にコツを掴めたからいいものの、それ以外は収納魔法や回復力、それと防御力に発揮されるのみだ。とは言え、これでもかなり助かっているのだけれど。
「それなら私たちも一安心です。けれど、無理はいけませんよ?」
まるで保母さんが幼児に向けてするように、エマさんが指を立てて僕へ言い聞かせる。どうしよう。僕はこんなふうに扱われるのが嫌いじゃないみたいだ。困ったなあ。この溢れ返る母性を前に、変態に目覚めてしまったらどうしよう。
「ありがとうございます。気をつけます」
「ジョージさんはいい子ですね。それではこちら、昨日お話させていただいたものです」
手渡された袋を確認すると、ナイフにロープ、火打ち石やお皿などが入っていた。これで今日の試験は大丈夫そうだ。
「たしかに受けとりました。ところで、お二人は今日どうされるんですか?」
「アタシらはクエストに行ってくるわ。遊んでても仕方ねぇしな」
「明日までには終わりますので、ジョージさんの合格祝いを楽しみに待っていて下さい」
まだ受かると決まったわけじゃないんだけどなあ。これはいよいよ、無様に落ちるわけにはいかなくなってしまった。がっかりされないためにも、一発で合格しよう。
「あとこれ」
そうぶっきらぼうに言いながら、アンナさんが棒状のものの柄を僕へ突き出す。
「剣、ですか?」
昨日アンナさんが魔物相手に振るっていたものと、まったく同じ形や大きさに見えた。
「予備だがな。昨日いい金が入ったから、別のを買うんだ。だから、それはやるよ」
刀の捉え方が違うのは別として、そのうえでこれ、本当に貰っても構わないものなのだろうか。
「い、いいんですか?」
「ああ、同じ剣のはずなのに、どうも振った感じが馴染まねぇんだよな……捨てるのも勿体ねぇし」
そういうことなら、ありがたく貰っておこう。少しだけ抜いてみると、三十センチなど軽々と超える刃渡りに、少しビビってしまった。
「ははっ、なんだそのへっぴり腰」
「は、はは……面目ないです」
実際に持ってみると、怖いものなんだな……よくハンドルを握ったり、銃を持てば性格が変わるなんて聞くけど、僕には縁のない話のようだ。残念なようなほっとしたような、複雑な気持ちである。
「まあ、今回の試験で使うことはないだろうがよ。転ばぬ先の杖ってやつだ」
「そうですね。収納魔法には余裕もありますし」
「体調が悪くなったら、遠慮なくポーションを飲んで下さいね」
「はい。ありがたく使わせていただきます」
そんな会話をしながら階段を降りて玄関から戸口へ立ち、背筋を伸ばして二人へ告げる。
「それでは、行ってきます」
「おう、精々気張れや」
「応援していますからね。明日また会いましょう」
二人の顔を見ていたら、根拠はないけれども上手くいく気がしてきた。合格して、必ず二人に自分の冒険者カードを見て貰おう。
試験前も試験中も一波乱あります。あとヒロイン増えます。




