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翌日、二人は到着予定の時間よりも早く馬車の待ち場所に来た。この村に馬車を使う村人はほとんどおらず、馬車が来る時間もその時で若干のずれがあるため、おおよその予定の時間よりも早めに来ないともしかしたら馬車を逃してしまう可能性があったからだ。二人が来た時点では当然早めのタイミングであるため、馬車は来ていない。馬車が来るまで会話をしながら時間を潰す。
「そういえば、ユウキ。はい、馬車のお金」
「え?」
「ユウキ何も持ってないでしょ?」
「あー……」
もともとこの森に来た時点から優樹の所有物と言えるものはどこからもなく出していた剣しかない。それも、基本的にはどこかにしまわれおり、手元にはない。優樹自身も含めてかなり奇妙、おかしいと思うようなものなのだが、フェニアは追及しない。
「ありがとう。えっと、どうやって返そうか」
「返してくれなくてもいいけど……あ、でも、どうせならまたこの森にきて、その時うちに来てくれればその時にでも返してくれればいいよ」
別に村でお金を使うような機会はない。幾らか溜めているが、今回のように街に出る機会でもなければ使わない。なので返してもらう必要はなかったが、また優樹が来てくれるかもしれないのであれば、いつか返してもらうということでまた会う事の出来る理由を作ることにしたようだ。
「それにしても、今更だけど何も持ってないのにどうやってこの森まで来たのー?」
「……秘密です」
色々と人間離れした身体能力、特殊能力を持つ優樹はそのことを他人に話すのはあまり好ましいことではない。たとえ、かなり仲が良くなったフェニアであってもだ。だからと言って秘密、と一言で終わらせるのはどうかと思うが、フェニアは深く突っ込むことはなかった。
しばらく話していると、馬車が来る。待ち場所には他に人はおらず、特に問題もなく馬車に乗ることができた。なお、料金は先払いである。
馬車に乗ると中には先客がいた。別に馬車はこの場所だけで人を乗せるわけではないので、全く不思議なことではない。ただ、その先客がフード付きの黒い外套を着て、馬車内だというのにフードをかぶっていなければだが。
流石にその奇異な出で立ちにじろじろと優樹は不躾な視線を向けてしまう。
「何だ?」
その視線に気づいたのか、黒フードのうちの一人が優樹に向けて語気を強めた言葉をぶつけてくる。
「あ、いえ、何でもないです」
絡まれて喧嘩になっても困るし、隣にはフェニアもいる。すぐに優樹は黒フードの人物たちから視線を逸らす。その様子を見て優樹に絡んできた黒フードの人物はふん、と不満そうに鼻を鳴らす。
「ほら、こっち」
二人ののやり取りを見ていたフェニアが優樹の腕をつかみ、馬車内の自分の隣に引っ張り込む。
「もう、あんまり人をじろじろ見ない。いい?」
「あ、はい」
フェニアが優樹を叱る。実はフェニアも馬車内でフードをかぶっている三人が気になってはいたが、優樹ほどはっきりわかるほど視線を向けたりはしなかった。本当は優樹と黒フードたちが何者か、という話をしたいと思っていだが、馬車内は結構狭い。ひそひそと小声で話したとしても相手に聞こえてしまうだろう。それに目の前で話していれば向こうも気になり、内容を聞き取ろうとするかもしれない。もし聞いていればそれで絡んでくるかもしれない、と思うとあまり話もできないだろう。そのため、馬車内で二人が話すということはなかった。
黒フードの三人も、フェニアたちも会話をしない。馬車内は静寂に包まれ、ただ道を行く車輪の音が響くだけだった。
「ん?」
いきなりがたん、と馬車が止まる。
「何だ? どうした?」
黒フードのうちの一人が馬車の前方に向けて声をかける。馬車は幌車で前が開いており、ある程度外の様子が見える。そこから馬を操作する御者の姿も見えるが、御者は困った様子だ。
「いやあ、それが……道の真ん中で別の馬車が止まっているんですよ」
馬車内の全員が前方の開いている場所から道の先を見る。確かに馬車が鎮座している。
「どかせられないか?」
「さあ……ちょっと聞いてきますね」
御者が降り、馬車のほうに近づく。後ろの方から声をかけているが、反応しない。馬車の幌を開けようとしているが、硬くて開かない。流石に全く反応がなく、困った様子だ。そのまま前のほうに向かい、御者の姿が馬車の陰に隠れる。
「ひっ、あっ!」
御者の姿馬車の陰に隠れてすぐ、小さくだったが、悲鳴が聞こえた。馬車内の全員に緊張が走る。
「何だ!? どうしたっ!?」
黒フードの一人が馬車から降り、陰に姿が消えた御者に声をかけるが返事がない。もう一度声をかけるが全く同じ反応だ。さらにもう一度、声を駆けようとしたところで馬車の陰からのそりと大きな影が現れる。
「ひっ」
馬車内に残った一番小さい黒フードの人物が現れた存在が持っているものを見て悲鳴を上げる。現れたのは酷い身なりをしてはいるが、しっかりと防具をつけた大男だ。その手には、胸から剣が突き出た御者が腕をつかまれて垂れ下がっていた。
「あー、とりあえずだ。馬車に乗っている奴ら。俺……いや、俺たちは山賊だ」
大男が馬車を叩く。その音を合図に先ほど御者が開けようとしたが、硬くて開かなかった後ろの幌が開く。中には二十人ほどの人間が詰まっていた。
「頭ぁっ! 遅いぜぇ!」
「こいつらが臭くてたまんなかった!」
「てめえも同じじゃねえかっ!」
幌が開いたことで、ようやく喋られるようになったと、口々に思ったことを言っている。
「お前らとっとと降りろ!」
大男、馬車に乗っていた男たちの言葉が真実であるならば山賊の頭が馬車を叩き一喝する。それに馬車内の山賊の子分たちはあたふたとしながら馬車から降り始める。
「見てわかると思うが、俺たちの数は多い。命が惜しければ、持ち物、お金、着ている者から全部おいていきな。ま、女はもらっていくが」
その山賊の言葉を聞いてか、残っていた黒フードのうちの一人が馬車から降りる。すでに先ほど降りていた黒フードはマントの下から剣を取り出していた。
「抵抗する気満々じゃねえか。おい、お前らやっちまえ!」
その言葉をきっかけに、すでに馬車から降りていた山賊の子分たちが剣を構えている黒フードに襲い掛かった。