第二章 7年後の少年
故郷を襲われ、母を失ったレイン。
強くなるということを誓った。
7年後.....
冒険者ギルドの扉が、ゆっくりと開いた。
中からは、冒険者たちの話し声や、依頼について相談する声が漏れてくる。
剣を腰に下げた男たち。仲間と笑い合う若者たち。受付の前で報酬を交渉する者たち。
そんな賑やかな空間へ、一人の少年が足を踏み入れた。
黒い髪に、灰色の瞳。
暗色の旅装の上には、使い込まれたフード付きの外套をまとっている。腰には二本のナイフが収められていた。
少年の名は、レイン・クロイツ。
十七歳。
周囲の視線を気にする様子もなく、彼はまっすぐ受付へ向かった。
「おはようございます、レインさん。今日も依頼をお探しですか?」
受付に立つ女性のは、栗色の髪を後ろでまとめた女性だった、二十代前半ほどだろうか。彼女は穏やかな笑顔を向ける。
ミレイア・ベルン。
冒険者ギルドの受付係を務める彼女にとって、レインは何度も顔を合わせてきた常連だった。
「ああ。何かいい依頼はあるか?」
短く尋ねる。
「そうですね.....少々お待ちください」
ミレイアは依頼書の束に目を通し、一枚を選んでカウンターに置いた。
「こちらはいかがでしょう?」
魔物の討伐依頼だった。
紙面に視線を落とす。
そこには、簡潔な文字で内容が記されていた。
ーー黒狼討伐。
報酬、銀貨三十枚。ーー
「黒狼か.....」
小さく呟く。
「はい。街道から少し外れた森で目撃されたそうです」
ミレイアは依頼書を指先で押さえながら説明した。
「黒狼は動きが速く、危険な魔物です。どうか、油断はなさらないでくださいね」
「あぁ.....分かっている。」
紙面から目を離さず、淡々と返す。
「討伐の証明として、牙を一本お持ちください。確認が取れましたら、報酬をお支払いします」
「分かった。この依頼を受けるよ」
ミレイアは手続きを進め、必要な書類をレインへ差し出す。
そのとき、彼女の表情がほんの少しだけ和らいだ。
「.....レインさん」
「何だ?」
「無事に帰ってきてくださいね。それも、依頼のうちですから」
レインは一瞬、彼女の顔を見つめた。
何かを言いかけるように唇がわずかに動く。だが、結局こぼれたのは短い返事だけだった。
「.....ああ。行ってくる」
依頼書をしまい、出口へ向かった。
背後では冒険者たちが談笑している。
誰かが仲間の肩を叩き、別の誰かが次の旅の予定を語っている。
扉を開けると、朝の光が街路へ降り注いでいた。人々はそれぞれの一日を始め、通りを行き交っている。
人波を抜け、街の外へ続く道を歩き出した。
しばらく進んだところで、ふと足を止める。
腰に手を伸ばし、二本のナイフを確かめた。
一本は、戦いのためのナイフ。
そして、もう一本は――
長い年月を経て、刃も柄も傷んだ小さなナイフだった。
その柄に、そっと指を触れる。
母の形見。
ナイフを元の位置へ戻し、再び歩き出す。
街を離れるにつれ、人の姿が少なくなっていく。
やがて道の先に、木々の生い茂る森が見えた。
風が吹き抜け、葉擦れの音を響かせる。
森の入口で立ち止まり、地面へ視線を落とした。
踏み荒らされた草。土に残る、獣の足跡。
しばらく周囲を観察したあと、彼は静かに森へ足を踏み入れた。
木々の間を進むほど、辺りは薄暗さを増していく。
鳥の鳴き声も、風の音も、次第に遠ざかっていった。
歩みを緩める。
(この辺か.....)
そう感じたのは、森の奥へ入ってから、さほど時間が経っていない頃だった。
足を止め、周囲を見回す。
そのとき――
茂みの奥で、何かが動いた。
次の瞬間、黒い影が飛び出してくる。
黒い毛並み。低く身を伏せた身体。
そして、光る赤い二つの眼。
黒狼だった。
手が腰のナイフへ伸びる。
魔物は唸り声を響かせながら、こちらを見据えている。
レインもまた、視線を逸らさなかった。
風が止む。
張り詰めた静寂の中、黒狼がゆっくりと身を沈めた。
次の瞬間にも、飛びかかってきそうな構えだ。
ナイフの柄を握り直す。
「……来い」
黒狼の脚に力がこもる。
そして――
魔物は、地を蹴った。
--第二章 了




