第七話 クラッカー
入学して五日。これで最初の一週間は終わりだ。
彼の噂は、少しずつしかし着実に広まりつつある。
朝のホームルームで担任の先生が「月曜日に環境整備委員会と図書委員会があるから注意するように」と言っていた。
月曜日にも漫研に仮入部に行こうと思っていたが、予定を変更する必要があるようだ。
そういえば、昨日学食で真衣と里奈が漫研に行きたいと言うようなことを言っていたような気がする。
今日みんなで行ってみるか。
◇◇◇◇
二人は「今日は陸上部休みだから行ってみようかな」「小柳先輩も漫研にいるんでしょう?行ってみようかしら」と言ったので、三人で仮入部に行くことにした。
「そういえば漫研ってどこで活動しているの?」
「一棟三階にある部室だよ」
そう、うちの学校は三つの棟に分かれている。
一棟は三階建てで主に部室や職員室、特別教室がある棟。
二棟は四階建てで主にホーム教室がある棟。
三棟は三階建てで大講義室や各実験教室、視聴覚室などがある棟。
このように分かれている。
そして、一から二棟、二から三棟の間はそれぞれ一階と二階で繋がっている。
私たちにホーム教室は二棟の四階にあるので、一度二階まで降りてから一棟に移動して三階に上がらなければならない。
なかなか遠いのである。
また、例によって図書室は一棟の三階にあるので漫研の帰りなどに寄るにはちょうど良い。
そんなこんなで二人を案内しながら、漫研の部室の前にたどり着いた。
例のクルッポンが書かれた扉を三度叩き、扉を開ける。
パンッ。
目の前でクラッカーが弾けた。
「ようこそ漫画研究部へ!!」
小柳先輩が飛び出してきた。
◇◇◇◇
小柳先輩が私たち三人に席を座るように促し、全員が席についたタイミングで、先輩が仕切り直すように言った。
「改めて、ようこそ漫画研究部へ。ちょっと驚かせちゃったかな?」
「いえいえ、そんなに驚いていませんよ!むしろちょっと楽しかったです!」
「まあ、少しだけ驚いたわ」
真衣と里奈は食堂での先輩とのギャップへの驚きが抜けきらないまま返した。
「そういえば、どうして今日私が二人を連れてくるってわかったんですか?」
私がふと、疑問に思ったことを口にする。特に今日来るとも言っていなかったし、来週の月曜に来る可能性もあったのだ。
「いやぁ、なんとなく今日誰か来るかなとピーンときて、朝に急いでダ⚪︎ソー(100円ショップ)に行って急遽クラッカーを買ったんだよね」
「なぜクラッカーを買ったんですか?」
「いや、最近読んでいた学園ものにこのシーンがあって、実際にクラッカー鳴らすのってどうなのかなあって気になっちゃったから……テヘッ」
「先輩カワイイ!」
と真衣が言い、里奈も「ちょっと可愛らしいわね」とぼそっと私に告げてきた。
先輩は少し照れて「そ、そうかな」と言っていた。やっていることは突然クラッカーを鳴らしたことを考えると可愛くないが、照れている様子は確かに可愛い。
最初もこうして迎えてくれたらなぁ。
「ゴホンッ。気を取り直して、説明していくよ」
そういって、先輩は私の時と同様、この部活の活動日や設備について説明した。
「じゃあ、何か質問はあるかな?」
「ハイハーイ!私は今、陸上部に所属しようと考えているのですが、兼部しても大丈夫ですか?」
「もちろんOKだよ。まあ、たまにフラッと来るくらいでもいいよ。私はもちろん部長だから毎日来ているけど、来ていない人だっているし、人によってどうやってくるかは自由だよ。まあ、文化祭とかの山場の時は来て欲しいけどね」
「わかりました!じゃあ、少し考えてきますね」
「うんそうするといいよ。自分の所属に関することはは即断即決より熟考した方がいいからね」
そう言って、先輩は立ち上がると、「ちょっとだけ、教室にものを取ってくるから少し待ってて」と言って、部室から出て行ってしまった。
「小柳先輩ってかっこいいし、可愛いわね」
「そうだね!ちょっとお茶目なところもあるみたいだけど、いい先輩だね!」
確かにいい先輩であるのは確かであるのだが……。
「そういえば、あなたはどんな本を読むの?私は比較的活字ならなんでも読むわね」
急に里奈に訊かれた。何を読んでいるだろうか。あまり文芸しているものは読まないし、実用書や学術書は肌に合わないので滅多に読まない。
やっぱり、ライトノベルだろう。
「結構、ライトノベルばかり読んでいるよ。むしろそれくらいしか読まないって言うか……あっ、でもライトノベルは比較的分野広く、初期の方の作品も読んでいるよ。里奈は?」
「ライトノベルは流行りしか読まないし、特に悪役令嬢ものが多いかしらね。まあ、新聞の広告で見かける本とかは結構買ってたりするわね」
「えっ、新聞読んでいるの?」「そうなの!?」
少し周りの備品を眺めていた真衣が急に振り返って食いついてきた。
「まあ、うちはあまりテレビをつけないし、スマホは食事中ダメと言われているからかしらね。代わりにみんなで新聞を読むのが定着しちゃって、一家でニ誌買うようになっているわね」
「それじゃあ、足りなくない?」
「いや、中の方の面で分割してそれぞれが読みたいページを読んでまわすのよ。私もそれなりに読むのが早いのに父さんや母さんが早くて大体食事の後半は私と妹のところで新聞が溜まっている状態になるわね」
「すごい家族だね!」
「まあ、かなり本好きな一家だと思うわ。それより、みんなの好きなジャンルは?」
「私は、好きなものと言われたらどちらかと言うとギャグ系の方が好きかな」
「私は、スポーツ系の漫画だね!とは言っても本当にたまにしか読まなけどね。でもこないだ勧めてくれ(バンッ)」
そこで急に扉が開き、扉の外から小柳先輩が現れた。
「私はラブコメだよ。ラブコメはね、源氏物語から1000年も続くジャパンが誇るべきカルチャーだよ。特に原作の表現が好きでね。作者の表現が滲み出していると思うんだよ。例えば源氏物語を例に取ってみると『なまじひに、すくよかに、つれなからん人は、また、をかしきところ混じりて、愛敬づき、心もとなくおぼゆるぞかし』っていう表現があるんだけど、意訳すると『ツンデレ、やばいかわいすぎ~』なんだよ。でも、それだけの意味なのに言葉を重ねて、さらに細かいニュアンスをしっかりと伝えて、ちょっとプレイボーイですごい高い身分の光源氏に少しずつ共感とか感情移入とかできるようになっているもの、これは相当すごいことだし、とても面白いことなんだよ。だからこそラブコメの描写は実際に体験してみるとさらに味わえると思うんだよね。でも原作を改変したものはそんな作者のイメージがよく伝わっているものもあるけど、なかなか改変者の性格が出ちゃうからそう言う筆者の筆圧っていうか構成力っていうのか文章力っていうのか何かがかけているように見えちゃうんだよね。まあ、だからこそ、ちょっといいなって思った作品は片っ端から原作を読むようにしているんだよ。おおっと、すまないね。愛が溢れてしまったようだね」
先輩は何事もなかったかのように自然な所作で9×9のマス目ある木板を机の上に広げた。
「私が何を取りに行ったかというと、ずばり『将棋盤と駒』です。というわけで、親睦を深めるために、ボードゲームをやりましょう。パチパチパチ」
私も真衣も里奈も皆つられて拍手をした。
でも、ふと湧き上がった疑問を口にする。
「でも、それって二人用のゲームですよね」
将棋はどう足掻いても二人用のゲームだ。三人や四人で同時にできるものではない。
「ふふふ、私がそのことを気づかないとでも?もちろん、用意してあるのだよ、もう一つはオセロだよっ」
先輩は今度は8×8の緑色の板を広げた。
「みんなは、どちらもできるよね?」
「まあ、一応は……」「どっちも爺ちゃんと小学校の夏休み毎日やったからできるよ!」「ルールとか定石とかは読んだことがあるけどやるのは初めてだわ」
「それじゃあどんどん対戦していこう」
そうして、この日の活動はボードゲームをやって終わった。
オセロはこの中でかなり私が強かったので途中からは自分の中で手を封じながら戦った。
しかし、将棋は真衣が圧倒的に強く、八枚落ちにしてもらっても勝てなかった。
里奈は最初の方は慣れていなかったせいかなかなか勝てなかったが途中からどんどん強くなっていき、将棋では真衣と互角に戦っていた(ように私は見えた)。
そしてゲームを持ってきた張本人は……
「なんでみんなそんなに強いの?私がすごい弱いみたいじゃん」
少しかわいそうだったのでオセロで手を誘導しながら勝たせてあげたりもした。
なかなか楽しい時間を過ごせた。
◇◇◇◇
仮入部は終わり、三人で校舎を出た。
「今日は楽しかったね」
「途中からボードゲームをしかしていなかったけどね」
「まあ、楽しかったからいいじゃない」
そのような他愛のない話をしながら学校の敷地を歩く。
「あれ、見て!」
そう言って真衣が指差した先には木々に囲まれた少し薄汚れたベンチがあった。
「あそこ、ベンチさえ綺麗だったら、すごくいい場所なのに!」
「そうね。ちなみに、ベンチの近くに生えている小さな木は『さつき』という種類の木だわ。しっかりと手入れされていて、形が綺麗なのにもったいないわね」
「まあ、でも気を手入れしてくれる技能員さんはいてもベンチを綺麗にする人はいないし……」
それに続く言葉はなく、私たちは再び帰途についた。
今日も夕日が空を鮮やかに染め上げる。
カラスは大きな鳴き声を空に響かせるように飛んでいた。
そうして私の高校生活最初の一週間が終わりを告げた。
【簡単な注意(''◇'')ゞ】
クラッカーは人に向けてはいけませんし、急に発砲するのは本当にびっくりするのでやめましょう。
ちゃんと「やるよ」という合図を送ってから容量を守って行おう!
【執拗に注意(''◇'')ゞ】
結構音がするからね。




