第二話 シンデレラ
学校の二日目の放課後、私は予定通り図書室に向かうことにした。
なぜ二日目にして放課後に図書室に行くのか。
仮入部に行かずに、一人で図書室に行くのか。
それには「図書室の蔵書を調べる」という崇高な使命があるからだ。
高校の図書室の蔵書は非常に重要だ。
地元の図書館も含めてだが、大抵購入年が二、三十年前の本から、最近発売されている本がある。
そして、二、三十年前の本はそう簡単に手に入れるのは難しい。
ましてシリーズものなら尚更難しい。
しかし図書館なら、大抵は揃っている。
古本屋やネットショッピングでもお目にかかれないシリーズものが普通に全巻揃った形であったりする。
また、表の棚にないからと言って、そのシリーズがないと判断するのは早計だ。
図書館には「閉架図書」と呼ばれる本棚に並べていない本が丁寧に保存されていることが多い。
出版された全ての本が揃っているというわけではないが、大抵の本はこれで見つかる。
しかし、流通数が極端に少なかったりすると、見つからない時もあったりもする。
そんな時は「お取り寄せ」を使うことで必ず見つかる。
図書館は「相互貸借」というシステムを採用している。それぞれの図書館の蔵書で欠けているところを互いに補うことで利用者のほぼ全てのニーズを満たすことができる。
少し話が大きくなったが、図書室の蔵書によっては読みたいが絶版になっていたり、発行から年月が経ち過ぎている本を楽しむことができるのだ。
特にライトノベルの創成期である1990年代の作品が生まれた時に生まれてなかった高校生には非常にありがたい存在だ。
だからこそ、高校生活の早いうちに蔵書を確認しておき、在学中に読みたいものを全て読み切れるようにどれだけ図書室に行く必要があるのか把握する必要があるのだ。
そのように考えを脳内で語っているうちに、図書室の前にやってきた。
「ようこそ図書室へ!図書室ではお静かに!!」と書かれた扉を開け、図書室へと入った。
図書室の中は先ほどまで聞こえていたグラウンドでの運動部の掛け声や吹奏楽部の練習の音がすっかり聞こえないほど、静寂に包まれていた。
そこで私は図書館の書架の配置を確認し、ライトノベルが配置されている本棚へと向かった。
背表紙の高さがピシッと揃った文庫棚の美しさは、一種の芸術に近い。
たまにその列を乱すように、少し背の高い四六判の新刊が混ざっているのを見つけると、司書さんの苦労が透けて見えるようで、少しだけ口角が上がる。
そして案の定、私の求めていたまだ読んだことのない少し昔の作品がたくさんあった。
どうやらこれは後で、司書さんに閉架図書を確認させてもらう必要がありそうだ。
せっかくなので端の方にあった少し昔に出版されたであろうシリーズの一巻を手に取り、窓側のイスに腰をかける。
最初のイラストを見てふとグラウンドに目を向けると、ポツポツと人が校舎から出てくるのが見えた。
野球部、サッカー部、陸上部。
どうやらこの三つの部活がグラウンドで活動を始めようとしていた。
そんな様子を眺めていると、ふと先ほどの彼の呟きを思いだした。
『俺がサッカー部でエースストライカーとして活躍したら、それはもう主人公だろう』
彼はあんな感じで少しかっこよく言っていたが明らかに運動神経抜群!といった感じでもなかった。
そして、中学の彼は運動部ではなかったらしい。
彼は高校からの運動部で大丈夫なのか?と疑問に思ったが所詮は他人のことであるので気にしない。
なにかの合図があったのか、散らばっていたサッカー部の部員が顧門の先生に集められ、指示を受けている。
その指示が終わったように見えるとすぐに散らばっていった。
二、三年生が流れるような動きでグラウンドに広がっていく中、新入生たちは隅の方でパス練習に励んでいる。
どうやら、新入生は仮入部では別メニューをやるようだ。
新入生のグループの中に、ひときわ目立つ動きをする人がいた。
例の彼だ。
驚いたことに、彼の動きは他の経験者たちと引けを取らないどころか、動きの一つ一つにキレがあった。
彼がとりわけ上手なのか、それとも他の人が軽くパス練習だと思って、手を抜いているのかわからない。
でも確かに彼はサッカ一部の中で一人目立っていた。
まあ確かに彼があれほど大ロを叩くだけはあるかと私は一人納得し、手にとったライトな小説のプロローグから順に読み始めた。
◇◇◇◇
ちょうど作者のあとがきを読み終え、外を見ると、少し日が落ち始めていた。
グラウンドの部活は、新入生の仮入部は終わりに差し掛かっていた。
というのも、仮入部であるうちは最終下校まで部活動をすることはできず、早めに帰らなければならないからだ。
サッ力一部はどうやら最後にシュート練習をするようだ。
次々と新入生がシュートを打っていく。
ゴールキーパーが止められないようにゴールの端のほうにシュートを打ってゴールを決める者もいれば、ゴールから大きく外して、後ろのネットに当たる者もいた。
そしていよいよ例の彼の番が来た。
彼は軽く踏み込み、おもいっきり足を振り上げ、シュートを打った。
彼の蹴ったボールはまっすぐに右へと飛んでいった。
と同時に彼の振り上げた足から、スルンッとスパイクも脱げ、空へと飛びたった。
ボールもスパイクもどちらも美しい放物線を描きながら宙を舞った。
スパイクがクルクルと空中で回転している様子が妙にはっきりと見えた。
そしてボールは右端のゴールネットを、スパイクは左端のゴールネットを揺らした。
ゴールキーパーは呆気に取られ、彫像のようにピクリともせず、固まっていた。
彼は、あたかも「フッ、計算通りだ」と言わんばかりのポーズで静止していた。
夕日に照らされた彼の片足のソックスが、妙に白く浮いて見えた。
………………。
校舎に戻り始めていた陸上部の仮入部に行っていた生徒も。
野球部のノックの練習を行っていた厳つそうな顧問の先生も。
グラウンドにいた誰もがその奇妙でミラクルな光景に目を奪われ、呆然としていた。
私は図書室からその様子を見てただただ絶句していた。
翌日、校内中に『シンデレラ』というあだ名が急速に広まったが誰のことを指すかは明らかだろう。
7月24日 修正




