第ー話 隣の席の彼
4万字程度の中編ぐらいを目途に完結します
校門前の桜が満開に咲き乱れ、小学校中学校とずっと同じだった友達に別れを告げ、新たな出会いへの期待で胸をふくらませる四月。
初めて腕を通す制服は、少しぶかぶかで、これからの成長を予感させてくれるような気がする。
窓から差し込む光は優しく身体を包み込み、新しい高校生活を祝福してくれているようだった。
高校の教室という場所の空気は、どうして少し澱んでいて、それでいて妙に浮足立っているのだろう。
そんなことを考えているうちに担任の挨拶も終わり、それぞれの自己紹介へと移った。
「それじゃあ、出席番号順にそれぞれ名前と出身中学、それと高校での抱負とかを教えてくれると嬉しいな。じゃあ出席番号一番の井上くんからお願い」
そう担任の先生が言って黒板の端のほうのイスに座ると、番号順に一番、二番と順々に自己紹介を行っていく。
一番の人がその場で立ち上がったから、二番目以降の人も前の人に倣って立ち上がり、自己紹介をする。
そして抱負といっても、「一年間よろしくお願いします」や「これからよろしくお願いします」といった似たような言葉ばかりが並んだ。
それもそうだろう。だって、まだ様子見の段開だ。
この一年間、しいてはこれからの青春の三年間がどのような立ち回りをするのかを大きく左右する「ファースト・インプレッション(第一印象)」をどのように与えるかが重要だからだ。
誰もが自分を大きく見せようとして失敗したり、少しずれたことをやってしまってたりして「ファースト・インプレッション」が悪いものになることを恐れている。
そして、私の右隣の席に紹介の順番がやってきた。
そして彼は、それまでクラスを支配していた、「テンプレートにそった完璧な自己紹介をしなければならない」という重圧を振り切るように机と机の間をかき分けるように通り、教卓へと踊り出た。
そして、クラス全体を見渡してから、教卓に両手を大きく突いた。
バンッ。
教室内に小気味のよい音を響かせ、クラスの全員が彼の行動に唖然とする中、叫んだ。
「俺は主人公になりに来たっ!!。一年間よろしく!」
クラスの空気が一瞬にして凍った。先生の持っていた出席簿が落ちるバタンッという音が響く。
彼はその一言を告げると一仕事終えたと言わんばかりの満足げな表情で教卓から、ゆっくりと席へと戻った。
その動きはやけにゆっくりに感じられた。
彼のコツコツという靴底の音だけが鳴り響く。
クラスではまだその事態を飲み込めていないものが大半だったのか、彼の謎の勢いに飲まれたのか、それとも皆様子見に徹していたのか、沈黙は長く続いた。
そして彼が席に座ると、次の番号の人が自分の番号であることに気づき、慌てて立ち上がり、それまで通りの無難な自己紹介を行った。
誰も指摘しない。
彼が一切名乗っていないことを。
誰も真似をしない。
彼のように教卓に上がったり、思いっきり叫んだりすることを。
そう、彼は浮いていたのだ。
そして私は無難に、前の人と同じように自己紹介を行った。
そうして誰も彼の名を知らぬまま、クラス全員の自己紹介が終わった。
ーーーー
その後の休み時間に「フッ」と彼が笑っているのが見えた。
「自己紹介はなかなか完壁だったぞ。高校最初のイベントも無事しっかりこなせたようだな」
彼は非常に満足そうに言っていたが、私は「それはないのではないか?かなりクラスの空気を凍らせただけでは?」と思いながらも、彼と話すのは難しいと思ったので心の中にその思いをしまいこんだ。
「この世界の歯車は、まだ回り始めたばかりだ。まずはよく高校で最も攻略難易度が高いと言われるミステリアスな先輩を……そう、俺の隣に並ぶヒロインとして迎え入れようじゃないか」
そう彼が続けているのを横目に、少し、いや、かなり変な人が隣の席になったな、と思った。
◇◇◇◇
翌日
新しい環境で、まだまだ緊張が溶けていないのか、クラスの中の会話はぎこちないだろうと予想していたが、教室に入ってみるとそのようなこともなく、むしろそわそわとしていて、みんな何か共通の話題で盛り上がっているようだ。
こういう時は特に積極的に会話に参加していった方がいい。
それはなぜか?
簡単なことだ。
ある程度グループが固まってしまった後に、あまり馴染んでいない人に話しかけるのは、砂漠で針を探すような苦行に近い。
そして、いざ「今だ!」と勇気を出して話しかけようとした時には、すでにその相手が別の誰かと盛り上がっているのが世の常だ。
もし、その二人の間に無理やり入り込んだとして、交わされている話題が自分には一切関係のないものだったら。例えば「認識のない地元の中学の知人」の話や「見たこともない深夜アニメ」の話だったとしたら、その場に立ち尽くす数分間がどれほど気まずいだろうか。
さらに、微妙な空気を作ってしまった後、影で「あいつ、空気読めないよね」とレッテルを貼られるリスクを考えれば、初日のこの「共通の話題」というボーナスタイムを逃す手はない。
Q.E.D.証明終わり。
とまあ、このような理屈を捏ねたが、案ずるより産むが易し。実際に行動に移した方がいいだろう。
というわけで近くの女子の二人組に話しかける。
「ねえ、どうしてこんなに盛り上がっているの?なんか事件でもあった?」
そう私が切り出すと、二人は私の声に驚いたように話を止め、一瞬、不思議そうに顔を見合わせた。
そして、ポニーテールの子が話し始めた。
「知らないの?昨日の自己紹介の時に教卓に上がった男子、なんか先輩に告ったらしいのよ」
そして、お団子に纏めた、快活そうな子が続けた。
「そうそう、昨日クラスにガツンと一発かました子だよ。少し面白そうだったね。アハハハハ!!」
脳裏に隣の席の彼のことが浮かぶ。
「なんだったけなぁ。あ、そうそう氷室先輩っていう少し冷たい感じで少し変わっている先輩だったかな。なんか理科室前の廊下で告白したらしいんだよ。入学早々勇気があって面白いよね。アハハハハ!!」
昨日の呟きを思い出す。
…………。
確かに、彼は先輩に告白する的なことを言っていたような気がする。どうやらちゃんと有言実行したらしい。
「そして、その話には続きがあって、告白した時その先輩が自分の人体実験に『付き合って』くれると勘違いしたらしくて……」
「それで、今日の朝早く呼び出されて、彼、実験体にされかけたんだって。フッ、アーハッハッハ」
快活な方の子はよく笑っていて、すごく打ち解けやすかったので、他にも仮入部だったり、クラスメイトのことについて話し、軽く仲良しになった。
ポニーテールでよく笑う子が「真衣」で、ちょっとおとなしめの子が「里奈」というらしい。
「おっ、件の主人公の登場だよ」
そう里奈が言うとどこか魂の抜けた様子の彼が入ってきた。
クラスの誰もが遠巻きに彼に注目する中、彼はそれすら気にする余裕がない様子で自分の席へ向かい、突っ伏した。
クラスが静まり返る中、タイミングよく「キーンコーンカーンコーン」という学校にありがちなチャイムが鳴った。
それを合図に、クラスメイトたちは吸い込まれるように自分の席へと戻っていく。
入れ替わりで入ってきた担任が、教壇で出席簿を広げた。
淡々と続く事務的な説明の最後、先生はクラス全体を見渡してこう告げた。
「さて、今日から仮入部期間だ。行きたい部活がある奴は、忘れずに行くように。詳細や持ち物は昨日配ったプリントに書いてあるから、今のうちに確認しておけよ」
ーーーー
隣の席の彼は、例の「実験体未遂」のダメージが相当深かったらしい。
午前中の授業中、その瞳には光が宿っておらず、魂がどこか遠い異世界へトリップしているかのようだった。
ところが、昼休みを境に彼は急に変わった。
午後からの彼は、憑き物が落ちたように活気を取り戻していた。
それどころか、高校生活一発目の授業だというのに、臆することなく次々と手を挙げて発言していく。
その淀みのない受け答えに、教壇に立つ先生たちが「なんだこの新入生は……」と言わんばかりに目を丸くしていたのが非常に印象的だった。
そして放課後にはまた、昨日と同様「フッ」というあの独特な笑いが聞こえてきた。
「今朝のようなアクシデントもまた俺の物語の一部。それを乗り越えてこそ主人公たり得る」
私はこれには内心感服していた。いくら巻き込まれたのが自業自得とはいえ一日ですっかり切り替えられることには素直にすごいと思った。
「さて、次の章を紡ぎ始めようか。……俺がサッカー部でエースストライカーとして活躍したら、それはもう主人公だろう」
それは一部の漫画の話では?と思いながらも、まあ彼が考えていることにいちいち口出しする必要もないかと思ってそっとしておくことにした。
読んでくださりありがとうございますっ。
ブックマーク、星を付けてくださることが筆者の励みになります!!
7月24日修正




