第七節 枯れた剣
明石の村から、移住の第一弾が到着した。健康な若い村民が中心で30人ほど。ユキの母親はやはりいなかった。彼女は足が悪い。丹波まで来る事ができたとしても集落の役に立たないと思ったのだろう。明石ならタコ干しとか魚を捌くとか足が悪くても出来る仕事はいくらでもある。心配だが仕方ないのかもしれない。
あと一行には巌とチーズもいた。
「ゴン太、こっち来て良かったの?」
「おう、ユキ元気そうやな。そりゃあ明石を見捨てたくはないが、しかし契約者を集約しないと勝てるものも勝てない。移住を認めてもらうためにも誰かが来んとアカンかった、って事だ」
複雑そうな表情で巌は答える。
「そう」
非情な判断にうつむく。分かってはいる。だが辛い気持ちが減るわけではない。
「それにな、こないだ生まれたムギの子供が光りだしたんだ。新しい契約者が出るかもしれない。そうすれば仁志と二人体制だ。小規模の襲撃ならなんとかなる」
ユキは目を輝かせた。
「そうなんだ!いいなあ、ムギの子供見たいなあ!やっぱりムギに似て真っ白?」
「いや、それがマダラ模様でな。近所にそんな柄おらんのよ。父親は誰やねん、って話題に」
「おおう、そうか。まあ猫だし。でもやっぱ見たいなあ」
「まあ、そのうち帰れる日も来るさ」
「うん」
その日は、全員の紹介の後に巌と宗男たち契約者同士の顔合わせ。でそのまま宴会に突入してしまった。
まったく大人ってのは。お酒はきらいだ。
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巌が来た事で、哨戒に余裕が出来た。ローテーションを組んで見回りをしているが今のところキャストの襲撃は発生していない。
ある日ユキが畑を見回っていると、国道の南から見知らぬ二人の男が歩いてきた。タマは寝たままだから心配はないのだろう。
男の片方が少し警戒してるユキに声をかける。
「こんにちは。ここは丹波かな?」
「そうやで。あんたらは?」
「我々は敦賀から伝令として来たんだ。集落はあるかい?」
伝令?とりあえず村長の所かな。二人を村の集会場兼宴会場に案内する。
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敦賀からの伝令と名乗る彼らは敦賀市の契約者で、背負子には猫もくっついていた。
集会所に通された二人。村長の他には哨戒中の祥子以外の契約者が揃っている。
「今、敦賀では契約者の集結を全国に呼びかけています。日本で唯一稼働していると思われる敦賀の原子力発電所に、キャストの襲撃が次第に増えているんです」
村長は驚きに身を乗り出す。
「おお、噂には聞いてましたが、まだ生きてる発電所があるんですね」
「はい。こいつは実験炉で、ブラックアウトの時唯一生き残ったものです。まだ10年くらいは稼働可能らしいんですが、海外から燃料が入って来ないのでその前に別の発電所を確保する必要があります」
「別のなんてあるんですか?」
「はい、敦賀にはもう一つ、石炭とバイオマスの火力発電所があったんです。現在これを修復中です。炉体自体は損傷していないので、現在は原発の電力を使って制御系の電気回路制作や、部品の製造をしています。火力発電所の再稼働まで持っていければ文明の復興が大きく進みます」
もう一人の男が引き継ぐ。
「なんとしても敦賀を守り抜かないとなりません。それで契約者の派遣をお願いして回っているんです」
村長は腕組みして首を傾けて唸る。
「うーむ。協力したいのは山々ですが、うちも防衛に契約者は欠かせませんし、どうしたものか...」
その時、宗男が声をあげた。
「いや村長、明石からの二人組を派遣したらええんちゃうか? もともとウチは4人で問題なく回ってたんやし。ここんとこユキのお陰で楽し過ぎてる感じやし。協力して電気の復興を待つのは良い手や思うけど」
村長は宗男を見上げ、
「それはそうかもしれんが。巌さんユキさん、お二人はどうだい?」
「私は、明石から丹波に受け入れてもらったばかりやし、ここで恩を返すのが先かなと。電気は大事やけど、明石の連中を放ってくのも気が引けるわ。ユキは?」
「私は...」
言って良いのか、少し言い淀む。
「私は電気が見たい。もし素敵なものなら守りたい。敦賀に行きたいです」
村長はしばし考え込み、顔を上げた。
「よし、そうしたらユキさんを派遣、ただし一人で山超えは無理だし道分からないだろうから、誰か分かるものを同行させるという事でどうだろう。誰かいるかな宗男?」
「いやそんなん知っとる奴おらんて、村長」
「あ、それは我々が引き受けます。元々道案内も兼ねているんです。どっちにしても我々は瀬戸内海に出たら戻るつもりでした。明石や神戸に契約者がいないのなら、これ以上先に進む意味もありません」
伝令二人が言う。それなら安心だ。
その時、祥子から因子による思念の通話が入る。
『聞こえる?なんか青垣の方から沢山キャストが来るのが見えるの。全員来て。』
いつの間にかタマも浅く同期している。猫ってこんな遠い所と話す事もできるんだ、初めて念話を聞いたユキはただびっくりする。でも便利だな。
宗男や巌たちも立ち上がる。「行くぞ!」
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谷の出口付近に到着した契約者たちは祥子と合流。伝令の二人も後方に控えている。
畑の向こう、ぎりぎり見えるか見えないかのあたりに白い集団がうごめいている。キャストの集団だ。タマが同期に入り敵の分析を行う。
「アタッカー15、ディフェンダー6、サーチャー3、あと見たことない大っきいのが一つ」
「多いな」宗男が呟く。
「あ、発見されました。散開しようとしています。アタッカー8とサーチャー1が西から回り込もうとしてます。残りはこちらに直進中」
報告すると、正が忌々しげに吐き捨てる。
「はさみうちってか?今回知恵が回るみたいやな。あと大きいの、ってあの目立ってるやつな。なんか普通のディフェンダーの3倍くらいあるな」
宗男が指示を出す。
「よし、正と亮太で西の9体を片付けてきてくれ。残りは俺と祥子で足止めする。正と亮太は終わり次第こちらに合流」
「「了解」」
「ユキはここで待機。状況に変化があれば念話で知らせてくれ。敦賀のお二人もここで待機していてください」
「わかりました」
「よし、行くぞ!」
4人が猫を抱えて走り出す。タマは残ったユキの腕の中で毛を逆立てている。
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谷の西で接敵した正と亮太。アタッカーの数は大して多くないが、様子がいつもと違う。
いつもなら目視されたら一直線に向かってくるアタッカーが、別々に分かれて回り込むような動きをして一部が背後に回ろうとしている。
「なんやこいつら、狙いにくいぞ」
別れたアタッカーが2体ずつ同時に攻撃してくる。なんとか避けながら攻撃していた正と亮太はようやく1体を破壊するが、別のアタッカーの攻撃で正が被弾して吹き飛ばされる。
「大丈夫や、障壁で無事だケガは無い」
「くっそ、連携するとか今まで無かったで」
亮太はサーチャーを潰そうとするが、なんと廃屋の上で煙突の影に隠れている。
「正、これマズないか」
「まずいな。けど東に合流されたらもっと面倒や。粘るぞ亮太」
二人は無理に攻撃せず持久戦に入った。こちらも廃屋に身を隠しながら攻撃する。谷には敦賀の契約者含めて5人いる。いずれ合流できるだろう、本来の指示とは違うが仕方ない。
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一方宗男と祥子。アタッカー7体、ディフェンダー6体、サーチャー2体、大きいの1体、計16。
西に別れた9体同様に連携がうまい。ディフェンダーが二人を取り囲むように移動し、その間からアタッカーが射撃を行っている。動きはそんなに早くはないので対処はできているが、こちらの攻撃もあまり通っていない。
「何こいつら、急に頭良くなってへん?」
「ようやく本気出してきたってか」
宗男は振動波を放射してキャストを混乱させるが、散開されているので効果があるのは数体でしかない。しかしその数体の隙を見逃さず祥子の衝撃波がアタッカーを1体撃破する。
「あの何もしてない大きいのが不気味だわ」
「攻撃する気があるのか無いのか、でも用心はしよう」
その時、ユキから念話が入る。
『祥子さん、背後の屋根にアタッカー、2秒後』
!!
祥子が振り向くと、確かに廃屋の屋根の上にアタッカーが顔を出した。すかさず衝撃波の放出、撃破。
「予測とかすごいやん」
『宗男さん、ディフェンダー2体北から回り込んで来ます。その影に隠れてアタッカーも2体。』
それまで向いていた西から右を見ると、車の残骸がらディフェンダーが現れる。その後ろのアタッカーごと振動波で包み込み動きを阻害すると、そこに祥子が衝撃波を連発する。撃破。
『残り10!』
その時、大きいキャストだけが進路を谷に変更した。見た目に似合わず速度が早い。囲まれている宗男と祥子は追いかける事ができない。
「我々が前に出ます!」
敦賀の二組が大きなキャストに向けて走り出す。光る猫、光る腕。二人とも攻撃タイプのようだ。
しかし投射された衝撃波はキャストの胴体であっさり弾かれた。キャストの速度は全く落ちていない。
「危ない、ユキさん避けて!」
敦賀組の片方が叫ぶ。言われるまでもない、ないのだがユキの足は迫る大きな塊を前にすくんでしまっている。
そんなユキを見かねたのか呆れたのか分からないが、タマが同期レベルを一気に上げた。第2段階に入るか入らないかでうろうろしてたユキを第2段階の深い所まで引っ張り込む。
途端、キャストの動きが遅くなった。いや自分が早くなったのか。足から振動波が吹き出してユキをキャストの進路からはじき出す。
しかしこのままでは大きいキャストは集落に侵入してしまう。敦賀の二人の同時攻撃でも無傷だったのに、いくら収束した衝撃波でもタマには破壊できないだろう、とユキは刹那で考える。
しかしここでタマはユキの視界にキャストの構造をオーバーレイした。ゆっくり動くキャストの足の付け根部分に装甲の薄い部分があった!
ユキはそこを目掛けて手を伸ばす。タマが可能な限り絞った衝撃波を射出、命中。股関節が砕け散り、キャストはその場で転倒、ごろごろ転がって行く。
「すごい...」
呆気に取られる敦賀の二人だが、すぐに我に返ると走り寄って壊れて内部を晒す足の根本に二人で攻撃を重ねる。ユキも追撃を加え、じたばた暴れていたキャストはようやく沈黙した。
その後、ユキと敦賀組は宗男に合流。危なげなく全キャストを処理するとその足で西で苦戦していた正と亮太を支援、これも問題なく撃破。
丹波集落最大の危機と思われたが終わってみれば被害無し、完封だった。
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集落に戻った一行。宗男はユキとタマを見ながら、
「これが噂に聞く『枯れた剣』ってやつか」
ユキはちょっと驚く。
「あれ?その名前ご存知だったんですか?私の祖父とタマのコンビ名というか二つ名だったみたいですけど」
宗男はもっと驚いた。
「ええ!そんな契約者コンビがいる、って噂を聞いてただけで、君たちがその当事者だったの?知らなかったわ」
祥子もタマをガン見している。
「そんな有名な猫だったんだ、あまりによぼよぼだったし見損なっとったわ。ごめんねタマちゃん」
「うな」
「18才だっけ。それだけ生きる猫も今や少ないからなあ。長生きするとみんなそうなるんかな?」
そこはユキには分からない。敦賀の二人も知らなかった。何せ獣医なんて滅多に見つからないこのご時世、猫の寿命はせいぜい10年くらい。ユキが知ってる範囲では、明石の仁志のムギがタマ以外で最長老の8才だった。
宗男が深く頷く。
「そうやな。今の猫たちを大切にせないかん、という事やな」
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数日後。ユキが敦賀二人組と出発する日。
「私も行くわ」
祥子さんが宣言した。宗男さんは目を白黒させて反対する。
「いや待って祥子ちゃん。君が抜けるんは困るよ、唯一の探索持ちやんか」
「巌さんのチーズは私より出力が高いわ。多少探索範囲が狭くなっても、力押しできるから大丈夫よ」
「いや、そう言われてもなあ」
「敦賀のキャストをさっさとやっつけて、すぐ帰ってくる。そうすればいずれこっちにも電気が来るかもしれないわ。戦力はガバっと投入するもんやろ?」
宗男・正・亮太・ユキは皆脳裏に同じ言葉を浮かべていた。
「「「「脳筋」」」」
祥子が半眼で4人を睨む。
「何か失礼な事考えたやろ?」
「いやいや滅相もございません」
宗男が両手を胸の前で激しく横に振る。
...と、そんな感じで祥子が旅に加わった。
頼もしいのは間違いない、でももう一つ何考えてるのか分からないんだよねえ祥子さんて。嬉しいような不安なような不思議な気分のユキであった。




