第三節 契約
一方、巌は避難中の村民を誘導しながら市役所に向かっている。こちらに向かうのは、城の城壁を登るのが厳しい体力のない者が中心だ。避難のペースも遅い。その中にはユキと母親もいた。
迫るキャスト。ユキたちまでもう100mもない。
巌はここが死地と覚悟して第3段階の同期に移行した。チーズが放出する光が輝きを増す。
知覚の拡大、身体能力の爆増、因子放出の極大化。力は上がるが人間と猫への負荷もあがる。長時間は使えない諸刃の剣。
まずここでの最優先目標はサーチャーだ。攻撃力はないが戦場の把握と味方の統率をしている。ゴマの撹乱があるうちは無視しても良い相手だが、それが無くなった以上真っ先に潰さなければならない。
サーチャー目指して走り出す巌とチーズ。背中から衝撃波を発生させて人間ではあり得ない加速。宙に浮くサーチャーに飛びかかろうとする。
だがサーチャーの前に2体のディフェンダーが立ちふさがった。足裏から衝撃波を打ち出しジャンプする巌。しかし飛距離が足りず、ディフェンダーの手の一本が巌の足をかすめる。防壁でケガこそしなかったが、空中でバランスを崩しそのまま地面に叩きつけられてしまう。
「があああ!」
倒れた巌にディフェンダーが群がる。巌とチーズはとっさに衝撃波を打ち出して移動し追撃を逃れ、振り向きざまに振動波による攻撃を連続して打ち出す。
最も接近していた一体に穴があき行動不能に陥らせる事に成功。だがまだ5体も残っていてダメージは小さい。チーズの振動波は強力ではあるが拡散するので、個々へのインパクトは小さくなってしまう。特に相手がディフェンダーであれば尚更。
ここでサーチャーは、チーズの相手は残りのうち3体で十分だと判断した。2体が避難する村民の方に向きを変える。それを見た巌は市役所側へ抜け出そうとするが、サーチャー入れて4体のキャストの壁は厚い。少しずつダメージは入れられているものの、このままでは間に合いそうにない。
「せめてこいつらだけでも!」
一番手前のディフェンダーに巌は突進し振動波を放出する。吹き飛ぶディフェンダーだが致命傷は与えられていない。そして後ろに回ったもう一体が巌を横薙ぎにする。
吹き飛ぶ巌。追撃しようとするディフェンダー2体。その前に立ちふさがるチーズ。巌の障壁はまだ保っているが、あまりの痛みに同期は第二段階まで落ちてしまう。
ディフェンダーがチーズを押しつぶそうと迫る。
「チーズ!」
チーズを守ろうと同期を再開しようとするが痛みのせいで出来ない。障壁を張るのが精一杯だ。くそ、これまでか...
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市役所へ逃げ込もうと母親の肩を支えて歩くユキ。その歩みはどうしても遅い。
後ろで何かがぶつかる大きい音がした。振り向くと、20mくらい後方に白く光る大きなキャストが6体、宙に浮いてる小さなのが1体。立ちふさがる巌。
巌とチーズが光の軌跡を引いて小さいやつに突撃したが、大きいのに邪魔される。巌の足で光が爆発し大きくジャンプ、しかしそれも大きいやつの腕に払われ、巌は地面に落ちた。
殺到する大きいやつ。巌は手から光の扇を放ち、一体に穴を開けた。だが残りは体が凹んではいるもののまだ動き続けている。
そのうちの2体が急にこちらを向いた。
「え」
2体が迫ってくる。巌は残りに阻まれて手一杯だ。もう逃げられない!
その時、腕の中のタマがするりと抜け出してユキとキャストの間に降り立つ。前足を開き気味にして仁王立ち。
「え、タマ?危ないって!」
老いた三毛猫が、キャストの前に立っている。毛を逆立て、低い唸り声を上げて威嚇している。淡い光を体から放っているが、契約者がいない以上戦闘能力は無いはずだ。なのに、キャストがわずかに動きを止めた。威嚇するタマの因子が発する振動の「何か」にキャストの制御系が数秒だけ硬直する。
その隙にタマは身を翻し市役所の方へ走り出す。ユキは母親をおぶってその後を追いかける。
タマはこの近辺の地形を知り尽くしているようだ。大きなディフェンダーが入りにくい狭い路地や曲がり角を選んで移動する。ユキがそれを追いかける。
しかし母親を背負っての移動は15才のユキには難しく、だんだんスピードが落ちてくる。路地の向こうに復帰したディフェンダーが見える。タマが振り返って「はやくしろ」とでも言いたげな目で見つめてくる。
次の路地を曲がった所で、
「ユキちゃん、ここで下ろしてや」
と母親がユキに言う。このままでは共倒れだ。親としてそんなのは看過できない。
「こんままじゃ二人とも捕まるわ。私はそこのビルで隠れてる。駐車場狭いからあいつらは入って来られへん。あなたはタマと行きい」
「でも」
「いいから早く。後で迎えに来てくれたらええから」
キャストが母親を見つける可能性は五分五分だ。しかし確かにこのままでは二人とも死ぬ。母親を残して私が囮になればいい!
「わかった、絶対戻るから」
二人の横にタマが戻ってきてこちらを見上げている。ユキはそんなタマに手を伸ばす。
「よし、行こかタマ」タマの背中をぽんぽん、と叩く。
途端に世界が爆発したような感覚。何かがユキの脳に滑り込む。これは...キャストの足音、数、距離。手に取るように分かる。なにこれ?
次に頭の中に逃げ道の地図が浮かんだ。小さい子供がいたずら書きしたかのような稚拙なものだが十分に理解できる。そこに引かれる線は狭い場所だけを選んだ経路。
ユキは自分の体もタマと同じように発光している事に気づいた。
「これって...契約?」
タマがユキを見上げて「うにゃ~」と一鳴き。タマが自発的にユキとの同期を許可したんだ。
今のユキにはタマの知覚を通じて、壁の向こうのキャストの配置が「見える」。ここを抜ければ広い駐車場と堤防に出る。市役所への被害も出にくいだろう。
広い駐車場に出ると全てのキャストが追ってきた。よし囮成功、これなら母親は大丈夫だ。駐車場の中心まで来るとタマはキャストに向き直る。横にユキが立つ。
タマの体の光が膨れ上がり、ユキの脳裏にタマの意識が入り込む、「撃て」。どうすれば「撃て」るのか、説明されなくても分かってしまう。
ユキは右手を前に突き出し、タマの光を打ち出す。チーズが放っていたのと同じ光だ。ただチーズのそれに比べると見るからに輝きが弱い。かなり弱い。チーズだって一撃ではディフェンダーを壊せなかった。これでは無理!とユキが絶望しかけると。
「にゃふ」
タマがひと鳴きすると振動波が急速に細く鋭く変化した。強度が10分の1でも、断面積を100分の1に収束すれば貫通力は10倍。いや、タマの振動波はチーズのそれの1000分の1にまで細くなっていた。収束された光が強く輝く。
ディフェンダーのど真ん中に穴が空く。貫通こそしなかったが、行動不能になった。体に空いた穴から、どろりとした赤黒い液体がこぼれてくる。タマの嗅覚が捉える血肉の焦げる匂い。え、こいつらってロボットとかじゃなかったの?
ユキの困惑を気にも留めずタマは次々に他のディフェンダーも仕留めていく。
全てが機能停止した所でユキは思い出す。「ゴン太!」
タマの地図が巌の位置を示している。西に向かって走る一人と一匹。
いた!巌がキャストに取り囲まれて攻撃されている。まだ障壁は残っているようだが、頼りなく明滅していて消滅は時間の問題のようだった。
「ゴン太あ!」
ユキが離れたところから振動波を一閃。サーチャーを一撃で撃墜する。
巌は目を丸くする。「どないなってんねん、なんでユキが」そして足元のタマに気づく。「タマ?復帰したんか婆ちゃん」
残りディフェンダー4体。巌から離れてユキに向かおうとするが、同期したタマの敵ではなかった。次々に穴を開けられて沈黙する。
「ゴン太、無事?」
巌はチーズとの同期を解除して、その場にへたり込む。
「だからゴン太ちゃうって何遍言うたら。あ、市役所に行ったキャストは大丈夫だったんか?」
「うん多分。白いの全部穴開けたで」
巌は目を剥く。すごいな。もう戦えない老猫だと思っていたが。
「ただ、タマそろそろ打ち止めみたい。元々の力が少ない上に、攻撃を細く絞るのも大変みたい」
「そうか。そしたら悪いんやけど一緒に駅に来てくれ。明夫が足止めしてるはずや。俺もちょっと休めたから、また戦える」
「でももうタマは」
「攻撃はせんでええ。お前足は早いやろ?囮として撹乱してくれたら、あとは俺が仕留める」
「乙女に囮やらせるとかひどない?」




