第六節 出発前夜
私と祥子さんが発電所に来てから1年が過ぎた。全ての準備は計画通りに進み、明日はついに出航だ。
初夏の日差しが完成した平べったい卵型の宇宙船を照らしている。長径30メートル、短径20メートル、高さ10メートルくらいのずんぐり型。想像してたより結構でっかい。
色は灰色。材料になったキャストは白い筐体だったが、いくらなんでも目立ちすぎるだろう、と灰に塗られた。まあ特別な塗料でもないので宇宙でハゲそうだけど。
船に乗るメンバーは契約者と技術者だ。ナディムさんとライム、レラさんとヌプリ、祥子さんとクロ。イーシャさんとシェン。イーシャさんはもう契約者ではないが、フォージを一番理解してる者として参加。シェンも因子は失われたが、イーシャさんの傍を離れないから自動的に参加。そして私とミカン。
あと若手の技術者二名が船の運用担当として参加する。
船は数ヶ月前に完成し試験飛行も無事終わっていた。月まで行って帰ってきたそうだ。数年間は船内で生きられる資材も積み込まれている。エネルギー使いたい放題なのでリサイクルが楽なのが大きい。
船体は激戦地だった3・4号炉埋め立て地に発射施設が作られていてここに置かれている。ロケット噴射とかしないので、特段発射台などはない。転がってくのを防ぐための支柱があるだけだ。台風に飛ばされて、ころころ~海にボチャン、とか笑えない。
通信機も完成した。エンジンの発する空間の歪みに、猫の因子を乗せて送受信する。
ただし出力を上げて試すのは探知されるリスクが大きいので、本格的な超光速通信は太陽系の外に出てからぶっつけ本番での試験になる。なので使えない事を前提に行程は組まれている。うーん、それってどうなんだろう。
---
そうそう、詩織さんが敦賀に戻ってきた。種子島に寄って、試作品の宇宙服を借りてきてくれたのだった。これは割と必要だったが調達のあてが無くて困っていたので歓迎された。宇宙服は無ければ無いで障壁で真空中に出る事はできそうだったが、しかし空気はすぐになくなる。酸素ボンベも持参はするけど、なるべく酸素はリサイクルしたいから宇宙服の代わりにボンベ使うのは避けたかったのだ。
詩織さんは今回の探検には参加しない。水の因子は宇宙での戦闘には使えないし、悪魔のマリン君が水を浄化可能と言っても、それは船のリサイクラーにも可能だし。本人に言わせると、
「いいのよ。私、カニのいないところには行きたくないわ。敦賀には越前ガニがいるから我慢するけど」
だそうで。越前ガニってカニの王様じゃなかったけ? そんなに西表島のノコギリガザミって美味しいのかな。一回食べてみたい。
でも満永さんは二号機に詩織さんを放り込む気マンマンらしい。口止めされてるけど。
---
祥子さんは、大陸から来た契約者たちと炉の技術者とともに船に搭載する自動調理器を完成させてしまった。
同期している間は契約者同士の知識が組み合わさって個人個人ではなしえない思考ができる。大陸契約者の化学の知識、メカの知識、祥子さんの料理の知識、それを実現する技術者。3人の契約者の力を合わせると個人の3倍ではなく30倍くらいの思考力になっていた。そこに祥子さんの食への情熱。技術者たちのこだわり。
聞けばとんでもないものが出来上がったらしい。どろどろの培養液から3分でプリンが10個生成できるそうだ。え、宇宙でもプリン?普通のパンとかスープとかもできるんだよね? プリンだけってことは無いよね? 祥子さんだし不安だ。
このマッシーンは今後地上にも普及させて行く予定だとかなんとか。いやあ地上ではあんまり要らないんじゃないかなー。外洋に出る貨物船とかには良いかもだけど、普通は普通に料理したほうがいいよね。そもそも培養液って簡単に作れるの? というか何を培養してるんだろう。謎、というか少し怖い。あ、食品メーカーとかならいけるのか? 知らんけど。
---
ナディムさんは、今日もライムと一緒に敷地内をランニングしている。日課のトレーニング。
骨折が治るまで数ヶ月かかって体が貧弱になったのは、元々軍人だったナディムさんにはかなり辛かったらしい。ようやく退院してからは、もう筋トレとランニングの毎日。元の体力を取り戻すのに1年近くかかったそうだ。でも宇宙船内ではランニングできないし、そこが気になるとか。
幸い敦賀には魚が豊富でタンパク質摂取に苦労しないので助かったらしいが。これが故郷のバングラデシュだったらもっと大変だったんだろう。
---
レラさんは船のエンジンを再チェックしていた。宇宙ではヌプリの気象操作はたぶん役に立たない。でも今やレラさんはフォージのプログラム言語の第一人者だ。
便宜上「言語」と呼んでいるけど、実際は織物、と言った方が近いだろう。それも多次元の。それぞれの糸がDNAのような命令を含んでいて、それが縦横に組み立てられて作動する。こんなの人類の脳には理解できない。契約者だけが感じる事ができる。
いずれ地球の電力が完全に復活してAIがまた動き出したら解明されるようになるのかもしれないが、現時点でそれが可能なのは契約者だけだ。
6年前の決戦で代行者の力を浴びた契約者の能力の伸びは大きなものだったし、それが宇宙船の開発に最大に発揮された。でもそうではない契約者も力は伸びつつある。レラさんに付いてこられるペアも増えてきた。猫の因子が少しずつ変容してるという事なんだろう。フォージの言うイレギュラーが地球を先に進めている。なのでレラさんが旅立っても今後も地球での研究は問題なく続くだろう。
実際すでに船の二号機・三号機の設計が開始されている。一号機のように探索だけではなく、戦闘も考慮してるとか。キャストが衝撃波を投射するメカニズムを応用して大砲を作ってるらしい。
フォージの脅威が去っていない以上、船の建造は急務だ。これが一機あっただけでも6年前の決戦は楽になっていただろう。
船から出て、両腕を上げて伸びをする。朝なのに暑い。湿度が高い。北海道とは全然違う気候だが、案外レラさんは気に入っているらしい。それに気心知れた仲間がいる。小樽の山では一生得られなかっただろう宝物だ。
---
源三さんは相変わらず中央制御室だ。炉はオーバーホールこそ終わっているがまだ各部の試験中。本格稼働まで源三さんにはあまりやる事がない。なので宇宙船の動力設計と建造が主な仕事になっていた。今も船と接続して読み出しているデータをチェックしている。
出発時には、敦賀の火力発電所と美浜の原子力発電所から緊急送電を受けなければならない。そのやりくりは実は結構綱渡りだ。市街地への送電は、病院関係とか必要なインフラ以外は計画停電してもらう事になっている。
キャストの脅威は国民全員が知るところではあるが、喉元過ぎれば何とやら。電力が足りない事への不満は高まっている。そこに計画停電。インターネットも放送も復興しておらず、かろうじてAMラジオだけが放送を開始しているが、まだまだ敦賀発電所のやろうとしている事は理解されていない。
「フォージの次は人間が相手か。ままならねえもんだ」
船のエンジンも自分の子供みたいなもんだった。源三さんは船につながる制御盤を手の甲でたたく。
「行ってこい」
---
私とミカンは原子炉建屋の屋上に来ていた。源三さんには「屋上は日光浴の場所じゃねえぞ」と言われているが、だってここが一番見晴らしが良いんだから仕方ない。実は椅子とテーブルも持ち込んであったりする。すっかり私の私有地になっていた。
若狭湾の水平線を見る。日差しがまぶしい。気温もガンガン上がっている。ミカンはさっさと日陰に避難してしまった。うんまあ猫の毛皮には辛いかもね。
漁に出ている船が見える。世界では石油の流通が始まってるという話も伝わってきているが、まだ一般に行き渡るほどでは無いので手こぎの小さなものだ。
決戦の前も後も、ここにタマと来ていた。思い出の場所だが、今は日陰でミカンが腹を出してひっくり返っている。すべては過ぎゆく。
こっちに来てから毎月お母さんには手紙を書いていた。それまでは伝えていなかったが、先月最後の手紙には、宇宙に出かけてくるからしばらく手紙は出せない、と記しておいた。
先週お母さんから返信が来て、「いってらっしゃい。タマの墓は任せて」とだけ書いてあった。便箋には何度も消しゴムをかけた痕があった。親不孝な娘でごめんなさい。私は朝霧家の娘で良かったよ。




